7-2 転移門を見つけ出せ

「第5層を……攻略する……。あまりに無謀です……」


 俺とブレイブの案を聞いたフィリスが、信じられないという様子で呟く。今の俺たちには、十分な準備もなければ、パーティー編成だって即席だ。階層踏破などできるはずがない諦めるのは当然の反応だろう。


「俺達が第5層から帰還するには、それ以外に方法はないんだ」

「ヒイロの判断には、わたくしも同意です。でも……」

「でも?」


 フィリスは洞窟の奥を見る。彼女が魔法で作り出す光は、暗闇をどこまでも照らしてくれる。だが、その奥に潜む何かを見つめて、彼女は小さく震えた。


「……でも、また誰かが犠牲になるかもしれない……、わたくしの大切な人が……だから……」


 フィリスは俺の服の裾を小さく掴んだ。すがるような青い目は、涙をこぼすまいと必死にこらえている。彼女だって、頭では進むしかないと分かっているのだ。しかし、過去のトラウマを……俺が追放されたときのことを、つい思い出してしまうのだ。


「フィリス……。そんなに俺のことを心配してくれたんだな」

「当たり前です! シンからあなたの生還を聞いたとき、わたくしがどれほど救われたことか……」


 俺がフィリスの肩をさすろうとすると、彼女はその手をつかんで強く握った。そのまま、いつも十字架のペンダントにするように、俺の手を額に押し当てる。俯く彼女の瞳から大粒の涙がこぼれた。


「ごめんなさい……、泣く余裕なんてない時なのに……」

「無理するな。それに、俺は約束通り生きているじゃないか」

「そうですね……、そうですよね……」


 こんな時どうすればいいだろうと思い、ふと、フィリスがあの時してくれたことを思い出した。パーティーを追放され不安だらけの俺に、彼女は優しく声をかけ、手を握ってくれたのだ。


 俺はフィリスの手を、できるだけそっと握り返した。すると、彼女は少し驚いた後、俺の目を見つめて小さく頷いた。かつては震えながら手を繋いでいた俺達だが、今はともに試練に立ち向かうために手を取り合うのだ。


「ブレイブ」

「なんだい、ヒイロ」

「約束してほしい。今回のダンジョン探索では、必ず全員で生還することを」

「そうなるように努めるよ。これまでも、これからも」


 一度は諦めたこの命だが、たくさんの助けがあってここまで生きながらえてきた。失えば、悲しむ人がいることもよく分かった。俺はそんな誰かのために、命を無駄にしてはならない。


「覚悟を決めよう。生きて帰るまでが、ダンジョン探索だ」



 *



「ヒイロさん、私は第5層を探索した経験がありません。すみませんが、現在の踏破状況を教えてもらえませんか?」

「そうか。イサミさんは勇者パーティーのメンバーじゃないもんな」


 慎重に洞窟を進みながら、イサミさんが俺に話しかけてくる。一本道を歩くときは、先頭がブレイブ、次にフィリスと俺、最後尾をイサミさんが歩くことになっている。自然に俺はイサミさんと距離が近くなるのだ。

 

「実は、迷いの洞窟は勇者パーティーによって6割以上が既に踏破されているんだ。手元に地図はないが、俺とブレイブが覚えているから問題ない」

「それは大いに助かります。私など、昔から地図を覚えるのが苦手でして」


 ナビゲート能力には個人差があるものだ。一緒に洞窟探索をしていたフィリスだって、地図がなければほとんど道が分からなくなる。


「砂漠では苦労しましたが、洞窟も一癖ありますね。道がまるで血管のように入り組んでいる」 

「でも、悪いことばかりじゃない。その3次元構造を正確に把握することができれば、周辺のスペースにどんな道があるかを予測することができるんだ」

「へえ。なんだかパズルみたいですね」


 もちろん、パズルのように簡単には解けない難題だ。ダンジョン探索から帰るたびに、パーティー全員で頭を抱えながら地図の隙間を埋めていたのは、いい思い出だ。それだけ苦労しても、実際の道と違ったことなんて何度もあった。

 

「俺達の予測が正しければ、転移門の場所は3カ所にまで絞られる」


 そのどれもが、俺達が未だに攻略に手こずる難関エリアである。しかも、探索難易度が高い理由が、3つのエリア全てにおいて異なるのだ。

 

「1つ目は、洞窟の中心よりやや下にある、ガスエリアだ。俺の知る限りでは、可燃性のガスと有毒ガスが発生している」


 前者は引火による爆発ダメージが、後者は毒による状態異常ダメージが発生する。また、どちらのガスも目には見えず、事前の察知が困難なのである。

 

「幸い、ガスは他のエリアには広がらないようだが、エリア内の移動や戦闘には細心の注意が必要になるな」

「うーん、これは私の苦手分野ですね」

「索敵スキルや回復スキルが必須だな。ちなみに可燃性ガスは、炎魔法で燃やし尽くせる場合もある」


 俺が挙げたスキルは、剣使い職のイサミさんには習得できないものばかりだ。圧倒的戦闘力は頼りになるが、ダンジョン探索においてはそれが全てではないということである。

 

「2つ目は、中心部にあるモンスターエリアだ。最近まで俺達が調査していたところだな」

「それはもしかして……詳しい話を聞いても大丈夫ですか?」

「もちろんだ。変な気を遣うのはよしてくれ」


 イサミさんが察している通り、そこは俺がパーティーを追放されたエリアだ。俺にとっては因縁の場所だが、情報共有のためにはそうも言っていられない。


「このエリアのモンスターは、万全の勇者パーティーですら手こずるほどだ。奥に進もうとするほど難易度は上がる。だが、戻る分には苦労は比較的少ない」


 現に、俺とウィズや、瀕死の勇者パーティーが帰還に成功している。ともあれ、行くも戻るも命がけであることには変わりないが。

 

「3つ目は、最下層部にある浸水エリアだ。ここは地下水よりも低いから、通路が水で塞がれているんだ」

「では、どうやって先に進むのですか?」

「どうやら、地下水には周期的な満ち引きがあるみたいなんだ。もしこのエリアを探索するなら、水がなくなるタイミングを狙うしかない」


 俺の話を聞いたイサミさんは懐から時計を取り出した。シンプルで丈夫そうなデザインの懐中時計だ。お嬢様のお目付け役というのは、案外待遇の良い仕事なのかもしれない。


「今はちょうど午後4時ですね」

「水か引くのは午後9時からのおよそ5時間だ。つまり、あと5時間は探索できないってことだな」


 さて、いくつの目的地を提示したところで、今の俺達が取るべき行動について考えていく。


「ブレイブ。最小限の探索で転移門ゲートを見つけるには、どうすればいいと思う?」

「今ある情報だけでは、全くわからないな」

「そうだよな。俺もさっぱりだ」


 転移門の位置については、踏破エリアが広がるたびに散々話し合ってきたことだ。だが、結局候補を一つに絞ることはできずにいた。


「なら、発想を変えようじゃないか。リスクを抑えつつ、できるだけ多くのエリアを探索するにはどうすればいいんだろうね?」


 ブレイブの問いに考え込む俺。これはつまり、3つのエリアをリスクの少ない順に探索する、という提案である。しかし、どのエリアも探索は命がけだ。単純に危険度を比較できるようなものではない。


「……とりあえず、浸水エリアは後回しだ。今行っても、水に沈んで入れないからな」

「当然の判断だね。なら、あと5時間は他のエリアが探索できる。ガスエリアか、モンスターエリアか……」


 ブレイブも決めかねているようで、そのまま黙って考え込んでしまった。俺の判断でも、どちらも同じくらい危険なエリアだ。


「ふむ、パーティー編成から判断しよう。僕、ヒイロ、フィリスは、どちらのエリアでも能力を発揮できる。でも、戦闘スキルが中心の師匠は、ガスエリアでは能力を発揮できない」

「つまり、先にモンスターエリアを探索するってことか」


 こういうときのブレイブの判断は迅速だ。彼は必要最低限のリスクを取らなければいけない時、普通の人なら感じるプレッシャーに全く物怖じしない。たが、彼の過去を知った今では、それが師匠との決別によって背負うことになった呪いでもあることがよくわかる。


「……いいだろう。おまえの判断に従おう、ブレイブ」

「そうしてくれなければ困るよ。リーダーは僕で、君達はメンバーなんだから」


 ブレイブは分かれ道に到着すると、ガスエリアに通じる下り坂をチラッと見た。だが、彼が選んだのは、モンスターエリアに続く平坦な道だ。


「ヒイロ……」

「ヒイロさん……」

「2人とも、心配するなよ。俺は平気だし、今回も生きて帰れるさ」


 俺達もブレイブに続いて進んだ。かつて俺が追放された、モンスターエリアの探索が始まったのだった。


 *




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