7章 洞窟からの救助・再

7-1 不安だらけの帰還計画

「……フィリスの言う通りだ。あの事件以来、僕は表情から他人の感情を読み取ることができない」


 フィリスの予想は正しかった。嘘のような話だが、俺はその話を信じざるを得なかった。


「ブレ坊、それは本当なのですか」

「……師匠には知られたくなかったんたけどね」

「なんと……」


 イサミさんはうなだれた。かつての自分の行いが、弟子にいまだ消えない心の傷を負わせてしまったのだ。今になって明らかになった事実に、彼がショックを受けるのは無理もない。


「ふむ。僕としては隠していたつもりだったんだが、どうしてバレてしまったのかな」

「すみません、ブレイブ。でも、行動から憶測すれば、原因は明らかなことなのです」


 俺は、かつて自分がブレイブに追放されたときのことを思い出していた。命乞いをする俺を、仲間は気の毒な顔で見ていた。だが、ブレイブは俺や仲間の気持ちなどまるで無視するかのように立ち去ったのだ。もし、ブレイブがその後も仲間の支持を得たいなら、俺に同情するふりだけでもするはずだ。


「はじめは利己的な性格なのかと思いました。しかし、明らかにあなたに不利益をもたらすような場面でも、あなたは他者の感情に鈍感に振る舞っていました」


 おそらく、俺が去った後もそういった出来事がたくさんあったのだろう。付き合いが最も浅いフィリスが言うのだから、相当な頻度だったはずだ。


「しかし、昔のあなたはそうではなかった。イサミさんの話の中では、あなたは人並みに相手の感情を読み取ることができています」


 ここまで丁寧に説明すれば真実は明らかだろう。これまでのブレイブの非人道的な振る舞いは、彼が相手の感情を読み取ることができなかったために起こったことなのだ。


「……ブレイブ、どうして俺達に相談してくれなかったんだ」


 俺は絞り出すような声でそういった。何度も考えた結果、俺はブレイブとは縁を切ると決めたはずだ。なのに、なぜか今は、彼に大切なことを打ち明けてもらえなかったことに苛立ちを感じている。


「その質問に何の意味があるのか、分からないな」

「俺にだって分からないさ。だが、俺には質問する権利があるはずだ!」

「やれやれ。君に分からなければ誰に分かるというんだ」


 俺がいくら苛立っても、名付けがたい感情を抱いていても、ブレイブは全くそれに気づかない。まるで石像に向かって話をしているかのようだ。


「……ブレイブ、わたくしが代わりにあなたの本心を答えて差し上げましょうか」


 またもや、フィリスが口を挟む。だが、今度は控えめなどではなく、毅然とした態度でだ。俺ですら息を呑むほどの厳かな口調は、まさに神の声を代弁する聖女にふさわしいものだった。


「あなたは自分の本性をさらすのが怖いのです。しかも、その結果周囲がどんな感情になるかを確認することができない。だからこそ、物事の責任を他人に求め、攻撃的な口調でコントロールしようとするのです」


 フィリスの言葉は厳しい。だが、彼女の表情は慈悲と悲しみに満ちていた。ブレイブの非を責めながらも、それが改められるのなら許そうとしているのだ。

 

「あなたはただの臆病者です、ブレイブ」


 俺とイサミさんは、ブレイブの方を見た。もしブレイブが許されるのだとしたら、今この時がフィリスがくれたチャンスだと思ったからだ。彼が自分の臆病さを克服する、千載一遇のチャンスなのだと。


 だが、今の彼は他人の言葉を文字通りにしか受け取る事ができない。

 

「コントロール、臆病者……、君は僕を怒らせようとでもしているのかな、フィリス」


 違う、フィリスはブレイブに悔い改めて欲しいからこそ、強い口調で欠点を指摘しているのだ。それは、彼の言葉に失望の表情を見せる彼女の表情を見れば明らかだ。


「無駄なことはやめるんだ。僕達はこれからダンジョンから抜け出さなければいけない。君はそのための重要な仲間だ。だから、僕達は友好関係を築けるよう努めなければならない」


 ブレイブはそう言うと、この話はもう終わりだというふうに目を閉じた。そんな彼の態度に、フィリスはなおも救いの手を差し伸べようとする。しかし、彼女を止めたのは、意外なことにイサミさんだった。


「今のあの子には、何を言ってもわからないでしょう。すこし、時間を与えてやって下さい」

「……そのようですね」


 そんな彼らの様子を見ながら、俺はずっと黙っていた。もの分かりの悪いブレイブに、俺が丁寧に状況を説明してやれば、こんな話の終わり方にはならなかったかもしれない。だが、今の俺には、彼に優しくしてやろうという気持ちは少しも湧いてこなかった。





「ダンジョンから脱出する方法はただ1つ。転移門ゲートをくぐることだ」


 俺達は、やってきた転移門を背に話し合いを始めた。俺、ブレイブ、フィリス、イサミさんの4人で円陣を組むように向かい合う。


「でも、目の前の転移門ゲートは雪が詰まって使用不能です。しかも、この雪はイサミさんのスキルでも取り除くことができませんでした」

「いやはや、お役に立てず申し訳ありません」


 俺に続いて、フィリスとイサミさんが現状の整理をする。あれだけの雪崩に埋もれてしまったのだから、俺達がどんな手段を使っても雪を取り除くことは不可能だろう。


「第4層からの助けを待つのはどうでしょうか?」


 フィリスが早速提案をする。だが、彼女の案を採用するのは難しいだろう。


「第4層に残されたウィズ達は、既にもう一つの転移門ゲートを目指して下山を開始しているだろう。物資も限られている中で、遭難者達を犠牲にしてまで俺達の救助をしてくれているとは考えづらい」

「確かに……。でも、仕方ないことですよね」

「それに、万が一救助をしていたとしても、あれだけの雪から転移門ゲートを掘り起こすには、相当な時間がかかる。俺たちの生存は……絶望的だろうな」

「そうですか……。やはり、わたくし達が自力で帰還する方法を考えないといけないのですね」


 フィリスは落ち込みそうになるが、仲間の手前なんとか気力を持ち直す。だが、現実的に考えて、今回の帰還はこれまでのどんな救助よりも難易度が高いだろう。そのことは、この場にいる全員が理解していた。


「私にはできなくとも、皆さんのスキルや魔法を使って何とかできないでしょうか?」


 次に提案をしたのはイサミさんだ。だが、これも採用は難しい。代わりに答えたのはブレイブだ。


「ふむ、確かに僕の氷魔法やフィリスの大障壁グレートプロテクションで一時的に雪をせき止めるのは可能だ。でも、これだけの体積と質量を持った雪だ。転移門ゲートを制御する前にスキルが押しつぶされてしまうだろうね」

「ふむ、確かにそのとおりですね……」

「ふむ……」

「ふむ……」


 師弟が仲良く首を傾げる。顎に手を置く仕草まで同じなのは、実に微笑ましい光景だ。だが、今は和んでいる場合ではない。

  

「そもそも、本当に、この転移門ゲートから帰還するしか方法はないのか?」


 俺は目の前の転移門の復旧は不可能だと判断した。どんなスキルや魔法を使っても、この雪を取り除けるは思えない。なら、別の帰還方法を探すしかないのではないか。


「何を言ってるんだ、ヒイロ。帰還方法は転移門ゲートしかない、といったのは君だろう」

「うるさいぞ、ブレイブ。じゃあ、おまえはこの転移門ゲートを何とかできるのか?」

「それが無理だということは、ついさっき説明したはずだよ」

「あぁ~、もぉ~」


 ああ言えばこう言うブレイブのせいで、俺は変に集中力を削がれてしまう。彼はそんな俺の様子を、珍獣でも見るかのような不思議な目で見つめてきた。


転移門ゲートが雪で詰まるなんて、初めての経験だ。だが、制御不能になる事は、何度かあったはずだ」

「ふむ、最近では……襲撃レイドが当てはまるね。後は、今まさに第4層に取り残されている遭難者達も、ある意味僕達と同じ状態だ」

「そんな時、俺たちはどうした? 遭難者達はどうしている?」

「当然、もう一つの転移門ゲートを目指すだろうね。なぜなら、すべての階層には下位階層から来る転移門ゲートと、上位階層に行く転移門ゲートがあるから……あっ!」

「あっ!」


 俺とブレイブは同時に声を上げた。おそらく、こいつも俺と同じで、たった1つの帰還方法を思いついたのだろう。


「この方法なら、帰還できるだろう。でも……」

「今の僕達に、本当にできるのか……?」


 俺とブレイブはそろって難しい顔をする。なぜなら、この方法はかつて万全で挑んだ勇者パーティーですら失敗した方法だからだ。だが、考えれば考えるほど、この方法しかないように思えてくる。 


「あの、2人とも。一体何を思いついたのですか?」


 突然表情が変わったこと俺達に、フィリスが戸惑いながら声をかけてくる。この方法を伝えてもいいのだろうか。だが、実行にはこの場の全員の協力が必要だ。俺は意を決して、他の仲間に提案をした。


「第5層の未開放の転移門ゲートを目指す。……つまり、この4人で迷いの洞窟を攻略するんだ」



 *




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

目次ページの【フォロー】で、いつでも続きが楽しめます!

ページ下部の【★で称える】【♡応援する】が、作者の励みになります!

【レビュー】もお待ちしております!

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る