章間 ブレイブの過去3
『侵入分子を発見、直ちに排除します。繰り返します。侵入分子ヲ発見発見、直ちちちちに排除排除排除ははははは……』
突然、どこからともなく女性の声が響いた。姿が見えない上、通路全体に反響しているため居所が分からない。しかも、聞いたこともないような不自然な話し方だ。
「な、何だこの声は?!」
「ふむ。侵入因子とは、私たちのことでしょうか?」
「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ?!」
ただならぬ雰囲気に、全員が武器を構え、互いの背中を守り合う。だが、声の主は姿を現さない。代わりに、出口付近の壁が粘土のように歪み、そこから大きな塊が切り離される。
「……モンスターか?」
その塊は、蠢き、徐々に形を得ていく。クリスタルのように透明な胴体を、そこから生えた6本の足が持ち上げる。大きさは人間よりもやや小さいが、狭い廊下を塞ぐには十分だ。
「使い魔か魔道具でしょうか。もしそうなら、近くにその主がいるはずですが、姿が見えませんね」
「他の冒険者が僕達を狙ってるのかな?」
「そうとは限りません。もしかしたら、この建物を守るゴーレムのようなものかもしれませんし」
冒険者同士の小競り合いは珍しいことではない。ダンジョンの奥に潜ってモンスターと戦うよりも、人気のないところで冒険者を襲うほうが手っ取り早いからだ。しかし、師匠はその可能性を濁した。
「……アンタ達、喋ってないで、前見なさい!」
「!」
ネイサンの警告と同時に、六ツ足はこちらに向かって走り出した。6つの足が床や壁を巧みに蹴り、とてつもない速度でこちらに迫ってくる。
「ふむ。力比べですか。よろしい」
そんな中、師匠は呑気にモンスターを待ち構える。しかも2本ある大剣のうち1本だけを構え、もう1本は肩に担いだままだ。
「ふんっ」
六ツ足と接触する寸前、師匠は技も力もなく無造作に大剣を振る。すると、その峰が六ツ足の胴体に直撃し、頭が割れるような激突音とともに相手を弾き飛ばした。六ツ足は回転しながら十メートルは吹き飛び、床や壁にバウンドしながらやっと止まる。
「し、師匠、今日も絶好調だね……」
「やっぱりイサミちゃんって無茶苦茶よね……」
僕とネイサンは震えながら笑った。同じ剣使いである僕からみても、師匠の戦闘力は異常だ。術師のネイサンにとっては、もはやギャグのレベルなのかもしれない。
「そうでもないみたいですよ。相手はまだやる気みたいですし」
「え?」
師匠に促されるほうを見ると、廊下の奥で六ツ足が蠢いているのが見えた。あれだけの攻撃を受けながら、まだ動けるらしい。よく見ると、胴体に生じた無数のヒビが、溶けるように修復されていくのが見える。
「ちょっと、イサミちゃん! ちゃんと仕留めなきゃダメじゃない!」
「叩き割るつもりで殴ったのですがね。実際、手応えもありましたし」
師匠が不思議そうに首をかしげる。彼が全力ではなかったことは事実として、それでもモンスターを仕留めそこねるということはこれまでなかった。手応えがあったのならなおさらだ。
「物理攻撃が効きにくいのかしら……だったら、アタシの出番ね」
そう言うと、ネイサンは大杖を持ち上げる。彼がフッと息を吐くと、周囲の魔力が速やかに凝縮し、弾ける光の粒子になって大杖の先に集まってくる。その美しさは、見る者に瞬きすら許さない。
「……
ネイサンの号令とともに、稲妻が発射された。空気を切り裂くような轟音とともに六ツ足に飛んでいき、次の瞬間には着弾、爆発する。雷魔法は、彼が最も得意とする攻撃魔法だ。威力の高さはもちろんのこと、その詠唱の速さからは逃れられるものはない。だが……。
「……あら、魔法もダメみたいね。やるじゃない」
明らかに魔法の直撃を受けたはずの六ツ足は、しばらく動作を停止していたものの、すぐに体勢を立て直して起き上がる。それどころか、足の先端の鋭い刃をこちらに向けて鳴らし始めた。
「怒らせちゃったみたいね。どうする、イサミちゃん?」
「ふむ、倒すのは無理そうですね。困りました」
僕達が選べる道は、進む戻るかの2つだ。目の前に見える出口を諦めて、来た道を戻るという選択肢もある。だが、その考えを見透かしたかのように、第二の刺客が現れた。
『システムのレベルを1段階上げます。繰り返します。排除排除排除ははははは……』
再び先程の女性の声が聞こえたかと思うと、後方の壁から新たな六ツ足が出現した。前方の六ツ足と全く同じ見た目をしたそれは、全く同じ動作で僕達を威嚇する。
「挟まれた! どうする、師匠?!」
「これはちょっと……まずいんじゃない?」
僕とネイサンは師匠を見た。師匠はすでに2本の大剣を構えている。そうだ、どちらかの六ツ足を倒さなければ、僕達は往くも退くもできないのだ。しかし、肝心の倒す方法が見つからない。
「ふむ……。私が出口側の六ツ足をなんとかします。ブレ坊とネイ姐は後方の六ツ足を足止めしてください」
「し、師匠ひとりで?! そんなこと、できるはずが……」
「よそ見しない、ブレイブちゃん! 後ろのが来てるわよ!」
僕の心配をよそに、師匠は出口側の六ツ足に向かっていった。その姿を見送る暇もなく、後方の六ツ足が僕とネイサンめがけて迫ってくる。
「いくわよ、ブレイブちゃん!
「やるしかないか……
ネイサンの魔力を受けて、僕の剣が雷を帯びる。そのまま六ツ足めがけて振り下ろすと、落雷が直撃したような凄まじい衝撃が、相手の胴体を直撃した。
「スタンしてそう?」
「してない! 状態異常耐性があるのかもしれない!」
「なら、これでいきましょ……
「分かった! ……
ネイサンは即座に状況を把握し、的確に支援魔法を使い分ける。今度の一撃は、ダメージこそ少ないものの、ヒットした瞬間、暴風を巻き起こして六ツ足を大きく吹き飛ばした。
「ブレイブちゃん、カッコイイーっ! 抱いてーっ!」
「気が散るからやめてくれないか!」
おどけてみせるネイサンだが、支援魔法は途切れさせない。あえて余裕な態度を取ることで、心に余裕を作っているのだ。それにしても、これほど緊張した場面で精神を乱さず詠唱を続けられるのだから、大したものだ。
一方、師匠も負けてはいない。大剣を軽々と扱い、敵の六本の足を巧みに払いのけている。
「まずは、1本ですね」
そう言った師匠は、右の大剣を振り下ろし、左の大剣を振り上げた。2本の大剣に同時に切りつけられた足は、ハサミで糸を切るのと同じ要領で完全に本体から切り離される。
「2本、3本」
体勢を崩した六ツ足に、師匠が続けざまに上段から斬り下ろす。狙いはどちらも足だ。刃が床に叩きつけられるのと同時に、2本の足がねじ切られた。
「だめよ、イサミちゃん! コイツには物理攻撃は効かないわ!」
「……待って、ネイサン。切り離された足が再生しないよ!」
僕は師匠と対峙する六ツ足をよく観察した。やつは、師匠の打撃にも耐え、ネイサンの魔法をものともしない耐久量を披露した。だが、完全に切断された部位を再生する能力はないようだ。
「さて、三ツ足さん。通せんぼは終わりにしませんか?」
師匠が再び大剣を構えるが、六ツ足……いや、三ツ足は動かない。もしかしたら、胴体を支えるので精一杯なのかもしれない。立体は3つの支点があって初めて安定するからだ。
やはり、師匠は強い。このまま僕達が時間を稼ぎさえすれば、師匠が何とかしてくれる。しかし、僕の考えは甘かった。
『システム損傷。排除プラン『プレス』に移行します。一時的に水路が遮断されます』
再び廊下に女性の声が響くと、前後の六ツ足たちが背をこちら側に見せるように前転する。その胴体がみるみる形を変えて、通路をピッタリと塞ぐ壁になってしまった。
「プレスって、まさか……」
これにはさすがの師匠も顔色を変えた。全員の予想通り、前後の六ツ足達は同時にこちらに向かってくる。おそらく、胴体でダメージを無効化しつつ、僕達を押しつぶすつもりなのだろう。
「し、師匠……!」
「どうするの、イサミちゃん?!」
「ふむ。……強行突破します。2人とも、腹をくくってください」
今思い出しても、この師匠の判断は的確だった。前から僕、師匠、ネイサンの順に並んで、出口側の三ツ足に向かって走る
「
「
僕とネイサンの合体技で、三ツ足を大きく押し返す。だが、出口まではまだ遠い。通路の気密性が高いせいで、三ツ足の後退と同時に気圧が下がり、ひどい耳鳴りに襲われる。
「神速突き!」
畳み掛けるように、師匠のスキルが炸裂する。一瞬のうちに師匠が僕を追い越し、その剣先が三ツ足に達する。質量を伴った衝突が一点に集中し、スキルによってエネルギーを何倍にも増幅させ、三ツ足の胴体を襲う。
そして、ついに耐えきれなくなった三ツ足の胴体は、固体としての性質を保てなくなり、飛沫になって飛び散った。
「走り抜けてください!」
直後の出来事は、あまりに早すぎたので覚えていない。
師匠の背中を追う僕。突如意思を持って飛来する3本の足。後方で発動するネイサンの支援魔法。かわせたはずなのに、そのうちの2本を剣で受け止める師匠。
「くっ……」
師匠の苦しそうな声。防御をかいくぐり、僕の耳をかすめる1本の足。後ろから聞こえるネイサンの悲鳴。
「ネイサン!?」
「ブレイブちゃん……振り返っちゃ……だめよ……」
僕と師匠は長い廊下を脱出した。驚くべきことに、目の前には太陽に照らされる転移門があった。
同時に、後ろからものすごい衝突音が聞こえる。その衝撃は大地を揺らし、先程まで僕達がいた廊下を砂で覆い隠してしまった。無事に地上に戻った僕達の後ろに、ネイサンの姿はなかった。
*
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
目次ページの【フォロー】で、いつでも続きが楽しめます!
ページ下部の【★で称える】【♡応援する】が、作者の励みになります!
【レビュー】もお待ちしております!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます