章間 ブレイブの過去2

「……うぅ……ゲホッ、ゴホッ!」


 意識を取り戻すと同時に、僕は口から大量の水を吐き出した。苦しいが、何とか呼吸はできる。点滅する視界がもとに戻ると、僕と同じくずぶ濡れの師匠の顔が浮かんできた。


「よかった。気が付きましたか」

「し……師匠……」


 師匠は僕の声を聞いて安心したようだ。どうやら、落下した亀裂の底に水が溜まっていたらしい。うまく着水できた僕達は、落下死を免れたのだ。近くにいたネイサンを呼んで、僕の体調を確認してもらう。

  

「済まない、2人とも。僕の判断ミスで、こんなことに……」 

「見張り役のことですか? 大丈夫ですよ。次から気をつければいいだけのことです」


 僕はネイサンに診られながら、2人に謝った。気まずさのせいで、つい声が小さくなってしまう。師匠はそんな僕を気遣って、頭を撫でてくれた。だが、ネイサンの反応は真逆だ。

 

「甘いわよ、イサミちゃん。ブレイブちゃんのミスはパーティーを危険にさらしたのよ。それはとっても大変なことなんだからね」


 ネイサンが触診の手を止めず、僕のミスを責める。いつも明るい彼が、珍しく低い声色でゆっくり僕に話しかけてくる。彼の真剣な雰囲気を察し、師匠もそれ以上は僕をフォローせず黙っている。

 

「……そうか。ネイサンは、僕のことを見損なったんだね」

「もう。ブレイブちゃんにはそう見えちゃうの?」


 僕がそう言うと、ネイサンは意外そうに驚き、そして頬を膨らませた。屈強なボディから繰り出される可愛らしい仕草は、ネイサンのチャームポイントだ。

 

「見なくても分かるよ。絶対そうだ」

「ブレイブちゃん、思い込みはよくないわよ。相手が何を考えているかなんて、顔を見ればすぐにわかるでしょ?」


 ネイサンは高い背を屈めて、僕と同じ高さから真っ直ぐこちらを見つめていた。その表情は、決して誰かを見損なったときのものではない。彼のものを諭す表情はいつになく真剣で、教え子として僕に期待してくれていることがはっきりとわかる。


「……確かに、見損なった表情ではない、かも」

「うふふ。正確には、珍しく失敗したブレイブちゃんのしょぼん顔を堪能しているところよ」

「ブレ坊は、何時如何なる時もかわいいですねぇ」

「だ、だからこの流れはやめてくれないか?!」


 僕が両手を上げて反抗すると、2人の笑い声はより一層大きくなる。ついさっき命の危機に遭遇したとは思えないほどの明るさだ。もしかしたら、僕が必要以上に自分を責めないように、わざとそう振る舞っているのかもしれない。


「さて、気を取り直して、ここから脱出する方法を考えましょうか」

「それなんだけど、亀裂の中を進んだ先に、謎の扉があったの。あ、転移門ゲートじゃないわよ」

「扉?」


 ネイサンの案内に従って歩くと、確かに扉があった。人が通れるほどの大きさで、岩の内部に入れるようになっている。


「岩の中に空洞があったんだね。それにしても、どうして扉なんて付いてるんだろう?」

「そうなのよ。ここはダンジョンなのに、この扉は明らかに人工物なのよね」

「でも、転移門ゲートだってあるくらいですし、謎の扉の1つや2つあってもいいんじゃないですか?」

「師匠、適当すぎ……」


 そう言うと、師匠はゆっくりと扉の中に入っていった。中はひんやりしていて、外の暑さなんてなかったことのように快適だ。扉を閉めると、外の音や光は完全に遮断され、足元の赤い光だけが辺りを照らしている。


「何もかもが不思議な建物ですね。あ、奥に向かって廊下が続いているようですよ」

「うまくやれば、地上に戻る道が見つかるかもしれないわね。……もちろん、危険が待ち受けているかもしれないけど」


 僕は改めて建物の外に出て辺りを見回す。亀裂の高さは十数メートルはあるだろうし、壁面がツルツルだからよじ登ることはできない。さっき高台から観察した限りでは、抜け出せそうなルートも見当たらなかった。


「この扉に入るしかないのか……」


 僕は意を決して、謎の建物の探索を始めた。


 

 *



「嘘みたいに長い廊下ね。もう1時間も歩き通しだわ」


 謎の建物に入った僕達は、左右に伸びる廊下に直面した。つまり、扉は廊下に横付けされた出入り口だったというわけだ。


「最初の分かれ道で、左にすすんでいたらよかったのかな?」

「ふむ。しかし、廊下はわずかに右上に傾いていました。地上に戻りたいのなら、右を選ぶのは妥当な判断だったでしょう」


 一見水平に見える廊下だが、水を垂らしてみると、わずかに傾きがある事がわかったのだ。そのため、僕達は上を目指して右に進んだというわけだ。


「それにしても変な廊下ね。距離の長さもだけど、傾きもずっと一定で、曲がり角が一つもないなんて」

「もしかしたら、徒歩以外の利用目的があったのかもしれませんね。馬などに乗って長距離移動をするとか」


 だが、それにしては高さが低い。精々3メートル程の天井は、大柄なネイサンが馬に乗ったら頭をぶつけてしまうだろう。


「あと、両脇に高い通路があるのはどうしてかしら? 手すりにちょうどいい高さだから便利なんだけど」

「もしかして、トロッコの乗り場じゃないですか? ちょうど私達が歩いている通路にトロッコが走っていたら、高い通路からこちらに飛び乗れそうですよ」


 たしかに、2つの通路の高低差は1メートル程度で、乗り降りには便利だろう。だが、出入り口もない廊下にずっと乗り場が併設されているのは不自然だ。僕が乗り場を作るなら、乗降車の多いポイントに絞って駅を作る。


 絶妙な勾配、まっすぐで長い距離、中央がくぼんだ廊下……。


「……もしかして、水を輸送していたのか?」


 僕がそう呟くと、師匠とネイサンはハッとしたように辺りを見渡した。僕達の中で、これまで断片的だった情報がピッタリと繋がっていく。


「ふむ。私たちが歩いているのが水路で、高い通路が本来の歩道、というわけですか。だとすれば、この道の先には水源がある、ということでしょうか」

「でも、砂漠の水源って地下水でしょ? まさか、低いところから高いところに向かって水を流していた、なんて、おかしな話よ」


 師匠は納得したようだが、ネイサンは信じていないらしい。確かに彼の言う通り、この通路を使って水を運ぶためには、高いところに水源を作るか、水圧で水を押し上げる必要がある。だが、後者は、水路が密閉されていないことから考えづらい。


「だとすれば、一度地下水を組み上げる設備があるんじゃないかな。そうすれば、高低差を利用して水を運ぶことができる」

「貯水槽、というわけですか。なるほど、面白い発想ですね」

「なら、このまま歩いていけば、その貯水槽とやらに出られるってわけね。ま、行き止まりってことはないでしょ」 


 僕は歩きながら、建物の内部をよく観察した。かつての用途は不明だが、今は水も砂も見当たらない。壁は岩場で見たものと同じ材質のようで、おそらく自動修復能力があるのだろう。足元を照らす赤い光はずっと先まで続いており、動力が何なのかさえ分からない。


「一体、誰が、どうやって作ったんだ……?」

 

 僕の知る限り、ダンジョンの外にはこれほど高度な技術は存在しない。そもそも、なぜ砂漠の中にこれほど大掛かりな水道施設があるのだろうか。


「……ダンジョンにはかつて大勢の人が住んでいた、とか?」


 僕は突拍子もないことを思いついた。だが、信じられない話だ。そもそも、ダンジョンの中に人なんているはずがないし、見たこともない。もしそうだとしても、いなくなった彼らはどこに行ったというのか……。


「ブレ坊、ブレ坊!」

「……はっ! し、師匠!」


 思考に没頭していた僕は、師匠の呼びかけで現実に引き戻された。気が付くと、廊下のずっと奥から外の光が細く差し込み、砂漠特有の熱気が流れ込んでくる。


「出口だ! 地上に戻れたんだね!」

「ふふふ、そうですよ。残念ながら、通路が途中で壊れているせいで、貯水槽までたどり着けませんでしたがね」


 喜ぶ僕の後ろで、師匠とネイサンが地図を広げる。鉄砲水の岩場から随分歩いたせいで、予定ルートを大きく外れてしまったからだ。時刻や方角を確認しながら、地上に出たら何から始めようかと和やかに話し合う。


 だが、そんな僕達に最後の試練が待ち受けていた。




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