章間 ブレイブの過去1
私はイサミ。
そして隣にいるのが、ブレイブ。私の弟子なのですが、かわいくて、優しくて、評判が良くて、非の打ちどころがなくて、若き剣の天才で、努力家で……。
*
「待って、師匠。僕が話すから、師匠は黙っていてくれないかな」
「おや、これから私とブレ坊の素晴らしい冒険譚をお話ししようと思っていたのに。残念です」
ブレイブの過去が聞けると思っていたら、違う人物の話だったようだ。……というのは冗談だ。だが、イサミさんが語った過去のブレイブの姿は、どう見ても今のブレイブからは想像もできない。
「話、長くなりそうだなぁ……」
「そうですね……」
俺とフィリスは手近な岩に腰かけた。先ほどまではブレイブが一方的にイサミさんを責め立てていたが、2人の仲はそれほど悪くないようでとりあえず安心した。
*
僕は剣使いブレイブ。冒険者としてそれなりに名を上げ、ようやく上位層に仲間入りした少年剣士だ。初めは頼れる人もおらず、なにをするにも苦労をしてきた。だが、今は違う。僕はとある冒険者達のパーティーに入れてもらうことができたのだ。
「師匠! イサミ師匠!」
「おや、ブレ坊。今日も元気いっぱいですね」
転移門で僕を待つ冒険者は、僕の姿を見かけると穏やかに微笑んだ。彼の名はイサミ。僕の憧れの冒険者で、ここ半年ほどパーティーを組んでくれている。僕と同じく剣を使って戦うのだが、背中の大剣二刀は
「師匠、すぐに出発する?」
「いいえ。もうすぐ彼が買い物から戻ってくるはずですから、それを待ちます。おや、噂をすれば」
師匠が指さす方を見ると、もうひとりのパーティーメンバーがこちらに歩いてくる。大柄な体躯に術士服をまとい、常人では持ち上げることすら困難な大杖を軽々と背負った男だ。まるで、聖職者と魔術師を足し合わせたような格好である。
「おまたっせぇ! ふたりとも、集合が早いわねぇ!」
「ネイサン、何を買ったんだい?」
「うふふ、回復薬を補充してきたのよ。イサミちゃんもブレイブちゃんも、けがばっかりするんだから」
「すみません、ネイ姐。いつもお世話になってます」
上機嫌で荷物を見せる男の名はネイサン。僕よりも前から師匠とパーティを組んでいる、ベテラン冒険者だ。彼の職は
「ホント、あんた達には手がかかるわ。そうだ、ブレイブちゃん。あんた、もうすぐレベル75でしょ。2つ目の職は
「えぇ、嫌だよ。僕は師匠みたいな
「ふふふ」「うふふ」
僕がはっきりそう言うと、師匠とネイサンはいつものように顔を見合わせて笑った。僕よりもネイサンの方が師匠との付き合いが長いせいで、こういうときはいつも僕だけ仲間外れだ。それとも単に僕を子ども扱いしているだけなのだろうか。
「……そうか。2人とも、僕のことを馬鹿にしてるんだ」
「ふむ。ブレ坊にはそう見えますか?」
僕がそう言うと、師匠は指を軽くあごに手を当てて一息つく。これは師匠の癖のようなもので、何かを考えるときに彼が必ず行う動作だ。
「見なくても分かるよ。絶対そうだ」
「ブレ坊、思い込みはよくありませんよ。相手が何を考えているかなんて、顔を見ればすぐにわかります」
「顔を見れば……?」
師匠はいつも通りの穏やかな顔で僕をのぞき込んでいた。その表情は、決して人を馬鹿にしたようなものではない。彼の視線はまっすぐ僕に向けられており、僕を対等な相手として見ていることがはっきりとわかる。
「……確かに、馬鹿している表情ではない、かも」
「ふむ。正確には、ブレ坊のかわいい反抗期をかみしめている表情ですね」
「ブレイブちゃんったら、かわいいわぁ」
「や、やっぱり馬鹿にしてるじゃないか!」
僕が両手を上げて反抗すると、2人の笑い声はより一層大きくなる。これから危険なダンジョンに向かうとは思えないほど、緊張感のない雰囲気だ。これでいくつもの修羅場を乗り越えてきているのだから、冒険者とは見た目で判断できないものだ。
「それでは、第3層に行きましょうか。なに、気負う必要はありません。ただし、我がパーティーの鉄の掟だけは破らないようにしてくださいね」
「掟……生きて帰るまでが、ダンジョン探索だ、だね」
「ブレ坊、よくできました。ネイ姐も、よろしく頼みますよ」
「こっちのセリフよ、リーダーさん」
僕達は3人で一緒に転移門をくぐった。目指すは、現在の最深層である渇きの砂漠の踏破だ。
*
砂漠の旅は、気温との勝負だ。灼熱の太陽が降り注ぐ真昼には、気温は40度近くまで上がる。一方で、夜間は地表面の熱を放射し続け、早朝にはマイナス20度近くまで気温が下がるのだ。
「師匠、そろそろ正午だよ。休憩場所を探さないと」
「そうですね。この辺りにはオアシスもないですし、即席の休憩所を作りましょうか」
滝のように流れる汗をぬぐいながら、僕と師匠はあたりを見回す。砂漠では体力を温存するため、気温の高い時間帯の活動は避けるものだ。だが、空に流れる雲はまばらで、とても太陽の光を遮るほどではない。となると、なにか日陰を作ってくれるものを探さなくてはならない。
「イサミちゃん、あっちに岩場みたいなものがあるわよ」
「ほう、望遠鏡ですか。いいものを持っていますね」
ネイサンが何かを見つけたようで、望遠鏡をのぞきながら前方を指さした。肉眼でははっきり見えないが、蜃気楼に何らかの構造物が揺らいでいるのが分かる。
「運が良ければ、水を補給できるかもしれません。行きましょう」
僕達は師匠の判断に従い岩場を目指した。だが、着いてみるとその場所は、岩場と呼ぶには奇妙な地形をしていたのだ。
「すごく高いね。5メートルくらいはあるかな?」
「表面がつるつるしていますね。石の材質によっては、割れた面が平らになることもあるといいますが……」
「そもそもこれ、岩なのかしら? まるで人工物のようだわ」
ネイサンが杖で岩を削るが、平らな表面には傷一つつかない。試しに僕が剣で切ってみると、わずかに表面が欠ける。しかし驚いたことに、その傷はみるみるうちにふさがってしまったのだ。
「き、傷がふさがった?!」
「ふむ。もしかしたら、この岩自体が巨大なドロップアイテムなのかもしれませんね。そうでなくとも、未知の素材というのは、それだけで大きな価値を持ちます」
「アンタ達ねぇ……、これどうやって持って帰るのよ……」
ダンジョンにはまだまだ未発見の真実が眠っている。特に、未踏破の第3層なら、どんな新発見があってもおかしくはない。僕達の目的は第3層の踏破だが、そのついでに新たな素材を発見したのなら、成果としては十分だろう。
「それに、見てください。ここに水の跡があります。おそらく、雨水が流れたのでしょう」
「本当だ。でも、それがどうかしたの?」
「甘いわね、ブレイブちゃん。水が流れたということは、この辺りは水がしみこみにくいってこと。つまり、近くに水が溜まっている可能性、大ってことよ」
「では、水を見つけたらそこで休憩にしましょうか。低いところを探したいですが、鉄砲水が怖いので、高いところに見張りを置きましょう」
ということで、僕達は二手に分かれて岩場の探索を始めた。肝心の役割分担だが、身軽な僕が高いところに上り、師匠とネイサンが二人で低いところを探すことになった。移動系のスキルを持たない僕でも、時間をかければ3メートルくらいの高さまでは上ることができ、そこからは岩場の半分以上を見渡すことができた。
「ブレ坊、そこから水は見つけられますか?」
「ここからじゃよく見えないけど、進行方向に大きなくぼみがあるみたいだ。あと、師匠達のすぐ近くに大きな亀裂がある。落ちないように注意して」
水は低いところに流れていく。くぼみにたまっていたらラッキーだが、全て亀裂の中に落ちてしまったのかもしれない。しかし、その亀裂は中を探索するにはあまりに深そうだ。
「わかりました。私とネイ姐は先に進みますので、ブレ坊も並走してください」
岩場は砂上よりも歩きやすく、影も多いため、体力の消耗は少ない。足取りは軽く、どんどん目的地に近づいていく。すると、くぼみの周辺で新たなものを見つけた。
「あっ、向こうに水が流れているぞ」
僕は岩場をゆるやかに流れる水の流れを発見した。乾いた岩場を這うように、水が岩の表面をゆっくり潤していく。場所は、師匠達が向かっているくぼみよりもさらに先だ。おそらく、まさにくぼみに水がたまる瞬間を目にした、ということだろう。
「師匠、水を見つけた! くぼみまで行けば手に入りそうだ!」
「本当ですか。ここからは全く見えませんが……ブレ坊、お手柄ですよ」
僕の知らせを聞いた師匠達が歩みを早める。この灼熱の砂漠で水にありつけることに興奮しているのだろう。しかし、僕は自分が重大な伝え間違いをしていることに気づいていなかった。
「くぼみには、どのくらい水が溜まってますか?」
「いや、まだ溜まってないよ。ちょうど、向こうから水が流れてきているんだ」
「……え?」
師匠と話していると、ちょうど流水がくぼみに到達した。みるみるうちにくぼみは水て満たされ……それどころか、溢れてこちら側に流れてくる!
「鉄砲水です! 全員、岩壁の水の跡より高いところに避難してください!」
「だめよ、水の方が早いわ!」
後で聞いた話なのだが、砂漠の岩場ではよく鉄砲水による不慮の事故が発生するらしい。水がしみこみにくいうえ、岩が形成する立体構造が水の勢いを集中させやすくするためだ。逃げ場がなくなった水は、たとえ少量であってもとてつもない勢いで襲い掛かってくるため、中の人間はまともに立ってはいられなくなってしまう。
「師匠、ネイサン! 僕の手に掴まって!」
咄嗟に伸ばした僕の手に師匠が掴まり、ネイサンは師匠の手に掴まる。バランスえ崩さなければ、浅水のうちに避難することができるはずだ。だが、水の勢いは思った以上に強く、僕達3人をやすやすと押し流してしまう。
「しまった、この方向には、亀裂が……!」
僕達はたった50センチにも満たない深さの水に流され、亀裂の遥か底に落とされてしまったのだった。
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