6-5 勇者パーティー、活躍する

「2時方向に敵! 陸に2、空に1!」


 帰還ルートでは何度かモンスターに遭遇した。降雪で視界が悪い雪山は、抜群の索敵能力を持つシンの独壇場だ。


「ふむ、陸のは僕が対処する。メイメイは空のを落とすんだ」

「了解〜! ヒイロ、手伝って〜」

「わかった。フィリスはブレイブの補助を頼む」

「わかりました!」


 俺達は二手に分かれてモンスターに立ち向かう。先に戦闘が始まったのは、俺とメイメイの方だ。


命中上昇ヒットアップ・中!」

中氷槍ミドルアイスランス〜!」


 俺の補助を受けて、メイメイの杖から氷の槍が発射される。槍は風に煽られることなく一直線に敵に飛んでいき、見事に串刺しにした。


 少し遅れて、ブレイブとフィリスも戦闘を始める。


攻撃上昇アタックアップ・大!」

「……雷鳴斬サンダーブレード!」


 フィリスの補助を受けたブレイブは、タイミングを見計らって大きく剣で薙ぎ払う。その一撃で同時に2体の敵の急所を抉り、再起不能にした。


「す、すごいです、ヒイロ様! それに、勇者パーティーの皆さんも!」

「さすが、勇者パーティーですね」

「ウィズはそればっかりだなぁ。イサミさんも、照れるからやめてくれよ」


 戦闘が終わると、その度にウィズとイサミさんが目を輝かせながら迎えに来てくれる。少し照れるが、彼らにかっこいいところを見てもらえるのは悪くない。ここにパラディナが加われば、さらにスマートに立ち回れるのだが。


「ありがと~、ヒイロ。ヒイロのサポートがあると、戦闘が楽しいんだよね〜」

「やめろよ、フィリスに悪いだろ。……それと、ブレイブから俺を引き離してくれて、ありがとな」

「何のことやら〜。ふひゅ~ひゅ~」


 メイメイも絶好調のようで、口笛を吹いてくるりと回ってみせる。気まぐれな彼女だが、妙なところで気が利くのだ。もちろん、それに気づかないほど、俺との彼女の付き合いは短くない。


 ひと仕事終えたブレイブとフィリスも、隊列に合流する。モンスターの脅威は去ったので、再び行軍開始だ。俺は、疲労の色が見え始めた負傷者達に励ましの声掛けをする。

 

転移門ゲートまであと少しだ。頑張ろうな!」


 後方からは、まばらに返事が聞こえてきた。彼らの疲労の原因は、大きな荷物だ。尾根ルートを選択し、荷車を捨てたため、背負って運搬しなければならなくなったのだ。だが、その分行軍速度は格段に上がっている。

 

「ふむ、そろそろスキルで確認できる距離のはずだ。シン、索敵スキルを」

「わかった。……千里眼クレアボヤンス!」


 ブレイブの指示で、シンがスキルを使用する。千里眼千里眼は視覚強化に特化した索敵スキルで、文字通り千里先をも見通すという。さらに、シンほどの使い手となれば、ある程度の遮蔽物なら無視することすらできる。


「あった。9時方向、距離1キロに転移門ゲートだ。地図通り、このまま尾根を伝って歩けば良い。……ん?」

「どうした、シン?」


 シンが索敵中に眉をしかめた。俺は何事かと思い、彼の横に並んで目を凝らすが、肉眼では何も確認できない。となれば、転移門に異変でもあったのだろうか。


転移門ゲート周辺の地形が変わっている」

「たしか、あそこは緩やかな盆地になってたはずだが……」

「いや、急な斜面……もはや崖になっている」

「ええっ?!」


 しばらく歩くと、その様子が俺達にも見えてきた。シンの言う通り、転移門は崖に囲まれた低い位置にあった。高低差は、最も少ないところでも10メートルはある。


「どうする、ブレイブ。今からでもこっちの転移門ゲートは諦めるか?」


 俺は咄嗟にブレイブに指示を求めた。ルートを決めたのがブレイブだから、というのが理由の半分だ。もう半分は、かつて同じパーティーと冒険していたときのクセのようなものだった。


「……降りよう。僕達の技術があれば、クライミングが可能だ。そのための道具もある」

「クライミング?」


 ウィズとフィリスが、聞き慣れない言葉に首を傾げる。そういえば、ウィズはもちろん、フィリスも今回が初めての雪山探索になるんだったか。


「文字通り、崖を上ることだ。今回は降りるわけだがな。すでに装着済みのアイゼンに加え、手に持ったアックスを使って、壁をよじ降りていくんだ」


 上るときとは異なり、降りるときは命綱を上から垂らすことができるのは非常にありがたい。一方で、上るときに真価を発揮するアックスの代わりに、降りるときはアイゼンに負荷がかかるため、高い技術が必要になる。


「後続の冒険者達が降りられるよう、降下ルートを開拓する必要がある。誰が行く?」

「ふむ、この場合は、体重が軽く、俊敏なシンが的確だろうね」

「わかった」


 ブレイブに指名されたシンは、短く返事をするとアックスを受け取る。かつて第4層を突破したときも、クライミングはシンの役目だった。彼が命綱をくくりつけるのを、ウィズが手伝いながら声を掛けている。


「シンさん。危険を感じたら、無理せず合図してくださいね」

「おまえに心配されるほど間抜けじゃない」

「ギュッ!」

「痛ぁっ!」


 恨めしそうにウィズを睨みながら、シンは慣れた動作で崖から降りていった。崖の上からは、暗殺者の身軽さで次々に足場を打ち込んでいく彼の姿が見える。まるで翼でも生えているかのような身のこなしだ。


「すごいな、シン! もう半分も降りたぞ!」

「でも、途中で止まってしまいました」


 フィリスの指摘通り、残り5メートルの位置でシンがピタリと止まる。ここからは様子が見えないため心配していると、シンがこちらに呼びかけてきた。


「足場が遠い! 落ちるかもしれない!」

「ふむ、あの程度なら、メイメイの風魔法があれば、落下ダメージを無くせるだろう」

「シン! 俺たちを信じて、足場へ跳べ!」


 俺が指示すると、シンが頷くのが見えた。俺は命綱を握り直し、メイメイは魔法の準備をする。ブレイブは崖から身を乗り出して、救助のタイミングを見計らっているようだ。


「がんばれ、シン……!」


 シンが壁面を蹴り、足場めがけて思い切り跳ぶ。ネコのようなしなやかな動きで体を伸ばすと、足場との距離が一気に縮まり……、彼の手が壁の突起を掴む!


「やった! すごいです、シンさん!」

「だが、このままだとまずい……!」


 次の瞬間、シンが掴んだ突起が崩れた。彼の体重を支えきれなかったのだ。俺は思わず命綱を握る手に力を込めた。


「……いや、まだだっ!」


 だが、落下の瞬間、シンがもう一方の手で素早く壁に足場を浅く刺す。そのままくるりと身を翻すと、不安定な足場を思い切り蹴って、深く打ち込んだ。


「メイメイ、風魔法だ」

「わわ〜っ! 中風刃ミドルウインドカッター〜っ!」


 速やかにブレイブが指示を出すと、メイメイ慌ててが魔法を唱える。放たれた風は盆地の中で吹き溜まり、クッションになってシンの体を受け止めた。


「ふむ、これで足場は確保できたね。次は……」

「大丈夫か、シンー!」


 着々と作業を進めるブレイブの横から、俺は崖を覗きこんだ。下には、柔らかい雪の上で手を振るシンの姿が見えた。着地に成功したようで、怪我もなさそうだ。


 さて、次は部隊全体を崖の下に降ろさなければいけない。だが、降下可能なルートは、シンが作ってくれた1つしかない。つまり、降りる順番を決めなければならないのだ。

 

「崖を降りる順番はどうすべきか……」

「まず、体力がある俺、ブレイブで足場を増やししながら降りる。次にイサミさん、ウィズ、フィリスが安全確認も兼ねて降りる。その後、負傷者が降りる。メイメイは落下者救助のため、最後まで上に残ってもらいたい。これでどうだ?」

「悪くない。可能なら、僕とヒイロで降下ルートを増やしたいものだね」

「ああ、確かにそうだな」


 俺とブレイブが互いの提案に同意する。早速シンの命綱を引き上げて、ブレイブが崖の下に降りる。シンには及ばないものの、慎重かつ手早く足場を刺しながら、無事着地した。次に俺が降りる時、ブレイブの足場を深く押し込むことで足場を完成させていく。


「これで2人同時に降りられるようになったね」

「次の2人、慎重に降りてくれ!」

「む、無理ですっ!」

「た、高いです……」


 どうやら、次に降りるのはウィズとフィリスのようだ。2人とも、崖の下からでもわかるくらいカチコチに緊張している。


「ヒイロ様〜、一人じゃ無理ですよ〜!」 

「仕方ないなぁ。シンがサポートに行くから待ってろ」

「嫌ァ゛ッ! ヒイロ様がいいですッ!」

「……すまん、シン。ウィズを助けに行ってやってくれ」

「あいつもう落ちて良いんじゃないか?」


 そう言いながらも、シンは渋々ウィズを迎えに行ってくれる。シンが崖を登り合流するが、ウィズが相当がゴネているようで、なかなか降りてこない。

 

「ヒ、ヒイロ! わたくしも、一人では降りられません!」

「仕方ないなぁ。イサミさーん、フィリスを助けてやってくれー」

「ヒイロが来てくれるのではないのですか?!」

「いやあ、私ですいませんねぇ、フィリスさん」

  

 今度はフィリスが助けを求めてくるが、こちらも俺ではなくイサミさんに頼む。フィリスを抱えたイサミさんは、ほとんど垂直落下に近い勢いで崖を滑り降りてきた。未だに崖の上にいるウィズ達とは大違いだ。


 さて、現在崖の下には、俺、ブレイブ、フィリス、イサミさんが降りている。あとは、負傷者を降ろしさえすれば、目の前の転移門からダンジョンを抜け出すだけだ。


 だが、そう簡単にはいかないものである。




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