6-4 ヒイロとブレイブ、再会する
「ふむ、つまりヒイロは生きていた、というわけだね」
目を覚ましたブレイブは、状況を理解し、顔色ひとつ変えずにそういった。彼の周りには、俺、ウィズ、勇者パーティーの3人、イサミさんが勢ぞろいしている。
「では、下山の段取りについて話し合おうじゃないか。まず、ルートについては僕が……」
「ブ、ブレイブ。ヒイロに対して何か言うことはないのですか……?」
話を進めようとするブレイブをフィリスが遮るが、その声は蚊の鳴くようにか細い。それもそのはず、俺とブレイブの間の空気は最悪だった。
「僕がヒイロに? さて、何かあったかな?」
「何もないさ。今さら何を言われても、無駄だからな」
ウィズが、いけー、ヒイロ様ー! ……と小さな声で応援してくれるが、完全にイサミさんの後ろに隠れてしまっている。俺の態度がみんなに迷惑をかけているのは分かっているが、こればかりは我慢してもらうしかない。
「ふむ、もしかして、君が何故生きているのか……その理由を僕に話したい、ということかな?」
「おまえと別れたあと、ウィズと出会ったんだ。2人で協力してダンジョンから生還したんだよ」
「ウィズ……、そこの女魔術師だね。わかった、もう話は終わりだ」
「……」
俺は呆れて何も言えなかった。ブレイブの自己中心的で他人に興味がないところは相変わらずだ。彼に対して少しでも改心を求めた自分が間違っていたのかもしれない。
「……ブレイブ。ここ数ヶ月、おまえから距離をとっていて正解だったよ」
俺の生存をブレイブに隠していたのは、余計なトラブルを避けるためだ。だが、いざ再会してみてこんなに嫌な思いをさせられたのだから、精神苦痛を避ける意味でも正しい判断だったといえるだろう。
「ヒイロ、君のことはどうでもいいよ。今はダンジョンからの帰還について考えるのが最優先じゃないのか?」
「いいだろう。俺の仕事は遭難者の救助だ。おまえの謝罪を拝みに来たわけじゃないからな」
この会話をもって、俺はブレイブとの和解を完全に諦めた。今後、彼が俺や救助隊に干渉してくるつもりなら、全力で拒絶するつもりだ。幸い、フィリス達は俺の意見を尊重してくれているから、助けになってくれるはずだ。あまり使いたくないが、救助隊にはギルドの後ろ盾もある。
「さあ、みんな。この戦いでの成果をギルドに持ち帰ろう。全員で生きて帰るんだ」
ブレイブは全員にそう呼びかけた。俺達は渋々彼の話に耳を傾けるのだった。
*
「ふむ、転移門は2つある。つまり、帰還ルートも大きく分けて2つあるということだね」
「どういうことだ。来た道を戻るんじゃないのか?」
俺の言葉を聞いて、ブレイブは自分の荷物から地図を取り出した。これは、俺達が第4層を攻略しているときに、メイメイの魔法で作ったものだ。初めて見るウィズとイサミさんは、興味津々で地図を覗き込む。
「地図によると、この洞穴は2つの転移門の中間に位置していますね」
ウィズが指で地図をなぞりながら位置関係を整理する。確かに、直線距離ではどちらの転移門もここから同じくらい離れている。
「しかし、高さが違いますね。私たちがきた門は低い所に、もう一つの門は洞穴と同じくらいの高さにあります」
イサミさんが地図の標高線を指差す。標高はこれまでの階層にはない特徴だ。森、草原、砂漠のような平坦な地形とは違い、雪山は地図の読み方が複雑になる。
「えっと、ヒイロ様、どちらの道が楽なのでしょうか?」
「体力の消耗が少ないのは、同じ高さを目指す道だ。下り道は上り道よりも膝に負荷がかかることもあるくらいだからな」
「つまり、来た道を戻るよりも、もう一つの転移門を目指したほうがいい、ということですね」
ウィズがそう思うのも無理はない。だが、俺もブレイブも唸るだけで、結論は出せない。不思議そうな顔をしている彼女に、俺は問題点を説明する。
「いや、ダンジョンには地形効果やモンスターの脅威がある。それらも考慮して、安全なルートを決めなければならないんだ」
「あっ! そ、そうでしたね……」
「例えば、来た道を戻る場合、1度目の救助のように雪崩が起こる可能性がある。でも、何度も往復しているから、モンスターは少ないだろう」
俺は雪崩に巻き込まれたときのことを思い出す。あの時俺とマチェッタが助かったのは、運が良かったからだ。もし、雪崩に埋もれたのが負傷者だったら……もし、マチェッタの救助が少しでも遅れたら……。次も助かる保証はない。
そのリスクはブレイブも理解しているようで、彼も方針の即決はしなかった。悩みながら、もう一方のルートについて吟味する。
「ふむ、もう一つの門を目指す場合、雪崩のリスクは低くなるね。なぜなら、尾根を伝って、隣の山を目指すルートだからだ」
「だが、モンスターの数は増えるだろうな。それに、尾根ルートは狭いから、荷車をおいていかなきゃならない」
俺はブレイブの言葉に自分の意見を繋げる。決して当てつけのつもりはなく、単に判断材料の洗い出しをしているだけだ。
「どちらを選んでも、リスクが伴うな……」
「ふむ……」
俺とブレイブは、2人並んで低く唸る。ブレイブの提案によって、雪崩を回避するという選択肢が生まれた。だが、そのルートが正しいのかは、誰にもわからない。
「ヒイロ様、どうしましょう……」
「わからない……。みんなの命がかかってるんだ。俺には選べない……」
俺はあまりのプレッシャーに頭を抱える。この感じは、パラディナが雪崩を発見した後、俺が部隊に指示を出していたときにも感じたものだ。俺の判断1つで部隊が全滅するかもしれない、そう思うと、思考が停止してしまいそうになる。
だが、いつまでも悩んでいるわけにはいかない。出発が遅れるほど、気力も食料消耗していくのだ。誰かが判断を下さなければいけない。
「ふむ、じゃあ、もう一つの門を目指すルートにしよう」
「ブレイブ……!」
沈黙を破ったのは、ブレイブだ。彼はそれだけいうと、話は終わったと言うように地図をたたみ、立ち上がろうとする。俺は慌ててそれを引き止めた。
「待て、ブレイブ! どうしてその判断をしたんだ? 何か、俺が気づかなかった判断材料があるのか?!」
「ああ、そんなものはないよ」
驚く俺に、ブレイブは事も無げにそういった。部隊の命運を左右する決断を下したとは思えないほど、動揺のない声色だ。
「強いて言うなら、雪崩よりもモンスターのほうが、負傷者達には対応しやすいと考えたからさ」
「それはそうだが……。本当に安全なのか……?」
「それはわからないと言ったのは、君自身だろう、ヒイロ」
「じゃあ、どうしてお前にはルート決定ができたんだ?!」
「それは、僕がリーダーだからだ」
ブレイブは立ち上がると、座ったままの俺を見下ろしてそう言った。
「リーダーは最適解を選び続けなければいけない。ヒイロ、この状況での最適解とはなんだと思う?」
「も、もちろん、安全な帰還ルートを選ぶことだ」
「ふむ、違うよ。なぜなら、その判断は手持ちの情報では不可能だからだ。だから、この状況での最適解は、速やかに決断することだ」
「……それは……いや、その通りだ」
ブレイブの言うとおりだ。体力と物資が有限である以上、俺達が決断に掛けらける時間は限られている。それに、決断が早ければ、行動にかけられる時間を増やせる。
「さて、早速準備に取り掛かろう。君と無駄話をしている時間はないんだよ」
「……わかった」
迷いながらも、俺はそう返事した。俺がブレイブの提案を受け入れたことで、他のメンバーもそれに従い準備を始める。やがて、先鋒部隊の出発の準備が整った。
俺には、これまでのブレイブの行動が奇妙に思えた。彼の判断は的確だ。普通の人間なら戸惑うような状況でも、彼は毅然と決断し、チームを導こうとする。だが、仲間思いでもない彼が、どうしてそこまでするのだろう。
「リーダーは最適解を選び続けなければいけない。メンバーはリーダーの指示に従わなければならない。なぜなら……」
「ブレイブ?」
出発の瞬間、ブレイブが独り事のようにつぶやく。隣にいる俺にではなく、自分自身に語りかけるような口調だ。
「僕には、そうしなければいけない理由があるんだ……」
俺からは、彼の目に迷いはないように見えた。だが、この瞬間だけは、そんな自分自身の感覚を疑わざるを得なかった。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます