6-3 大聖女からの謝罪

「ヒイロ、少し話をしませんか?」

「フィリス! シンにメイメイも!」


 救助がひと段落ついたころ、フィリス達が俺に話しかけてきた。そばには、俺と一緒に作業をしていたウィズもいる。俺達は、残りの作業を仲間達に任せて、早めの休憩をとることにした。


「ヒイロ様、もしかして、あの人が……」

「ああ、勇者パーティーの大聖女プリーストフィリスだ。確か、ウィズには前にも話したよな」

「はい。フィリスさんのことを話すヒイロ様が、なぜか饒舌だったことを覚えています。ふんっ」


 やはり、勇者パーティーの話になると、ウィズの機嫌が悪くなる。それにしても、やはりフィリスの話をするときだけやけにご機嫌斜めだ。


「ヒイロ、こちらに座りましょう。……おや、その女の子は?」

「ウィズだよ。俺の相棒だ」

「よろしくおねがいしますね、ウィズ」

「……ぷい」

「あ、こら、ウィズ!」


 予想はしていたが、シンの時と同じように、ウィズはそっぽを向いてしまう。仕方がないので、俺の右側にウィズを座らせ、左側にフィリスに座ってもらうことにした。その向かいにシンとメイメイが座り、全員で1つの焚火を囲むような配置を取る。


「ヒイロ。積もる話もありますが、初めに謝らせてください。第5層であなたのことを見捨ててしまったことを」

「やっぱりその話か」


 フィリスがうつむき、十字架のペンダントを額に当てた。洞穴ではいくつも焚火が起こされており、その光はまるで彼女の暗い気持ちを表しているかのように揺らめく。


「落ち着いたら改めて謝罪しますが、本当にすみませんでした」

「本当にごめん、ヒイロ~っ!」

「すまなかった、ヒイロ……」


 フィリスが地面に手をついて丁寧に謝罪する。それに倣い、シンとメイメイも頭を下げる。事情を知らないものが見れば、何事かと驚いたことだろう。


「パラディナがここにいたら、きっと同じようにしたと思います。彼女も、ヒイロに謝りたいといい続けていましたから」

「ああ、彼女からは第3安全地帯で謝罪してもらったよ。みんな、頭を上げてくれないか」


 俺がそういうと、3人がゆっくり頭を上げる。全員が不安そうに俺を見ているので、俺はついパラディナに謝られた時のことを思い出してしまった。そういえば、パラディナも俺に許してもらえないと思っていたんだったか。


「俺は怒ってないから、安心して話を聞いてほしい。第5層で別れるとき、みんなが俺の心配をしてくれていたことは十分に伝わっていたよ。それに、俺も逆の立場だったら、同じことをしたかもしれない」

「えっと……、つ、つまり、ヒイロはわたくし達を許してくれる、というのですか?!」

「もちろんだ。そういえば、パラディナも同じような反応をしていたよ。な、ウィズ」


 俺は同意を求めるようにウィズを見る。すると、彼女はすっきりしない顔で俺を見つめ返してきた。


「ヒイロ様。第三者の私が言うのもなんですが……、あなたを見捨てた4人を、そんな簡単に許していいんですか?」


 ウィズは俺の腕をぎゅっとつかむと、勇者パーティーの3人を睨みつけた。彼女が俺のことを大切に思ってくれているのはよくわかる。それに、彼女もまた仲間に見捨てられた冒険者だから、俺が簡単に彼らを許すことに納得がいかないのだろう。彼女の意見に同調したのは、意外なことにフィリスだった。


「……わたくしも、ウィズのいう通りだと思います。それに、先ほどのヒイロは、ブレイブを治療するか迷っていました。やはり、わたくし達を恨んでいるということですよね?」


 フィリスの表情は真剣だ。彼女はこの件をうやむやにせず、きちんと罪を償うつもりでいるのだ。だからこそ、疑問に思ったことは隠さず質問してくるのだろう。ならば、俺は彼女に答えるため、俺は自分の気持ちと向き合わなければならない。

 

「君達のことは恨んでいない。俺が恨んでいるのは……ブレイブだけだ」

「ブレイブだけ? どうしてですか?」

「……あいつは、俺を追放した後、一度も振り返らなかった。俺を追放したことに何の罪悪感もないかのようだった。それが、辛くて許せないんだ……」


 俺にとって重要なのは、追放という事実ではなく、その時の心の動きだ。確かに勇者パーティーは俺を追放した。だが、フィリスをはじめ、ブレイブ以外の仲間達は、全員が俺の心配をしてくれた。だから、俺は彼らを許すことができるのだ。


「俺はもう勇者パーティーの一員じゃないけど、みんなのことは仲間だと思っている。だから、ブレイブが罪悪感もなく俺を追放したことを、裏切られたと感じたんだ」

「追放する者の、罪悪感……」


 そう呟くウィズの視線は遠い。恐らく、第5層での彼女の経験を思い出しているのだろう。


「私も、ヒイロ様と同じように仲間に追放されました。ですが、死んだのは私ではなく仲間の方でした。以来、私が思い出すのは追放の瞬間ではなく、彼らの死に顔です」

「ウィズ……辛いなら、俺に相談してくれればよかったのに」

「すみません。でも、私にも分からなかったんです。どうして、憎い相手が制裁されたのにスッキリしないのか」

 

 ウィズの視線が俺に焦点を合わせる。自分の中で結論が出たようで、彼女の意識が現在に戻って来る。


「罰を受けてほしいわけじゃなかったんです。命を預け合う仲間として認めてほしかったんです」


 その場の全員が、ウィズの言葉を聞いて納得した。俺が言いたいことは、彼女がほとんど言ってくれたようなものだ。俺達は、命を落とすことよりも、仲間に否定されたことのほうが辛かったのだ。


「……そうだったのですね」


 フィリスが深い溜め息をついた。どうやら、俺が彼女達を責めていないことが伝わったようだ。彼女の表情が少しやわらかくなったのを見ると、俺と話をして肩の荷が少し下りたのだと思う。


「ありがとうございます、ヒイロ。出来れば、あなたを再びパーティーに迎え入れて、償いをさせてほしい。でも、そのつもりはないのですよね?」

「ああ。シン達には言ったが、俺は救助隊としてこれからもやっていくつもりだ」

「……そうですか。では、私達にできることは、あなたに謝罪の気持ちを持ち続けることだけです。いつまでも……」


 そう言うと、フィリスは胸の十字架を握り、悲しそうに笑った。だが、俺が彼女にしてやれるのはここまでだ。むしろ、罰を与えず許したことのほうが残酷だったかもしれない。それでも、俺は彼らを責めるつもりはなかった。


 さて、暗い雰囲気はこれ以上必要ない。俺は湿った空気を和ませるために、世間話でも始める。

 

「せっかくだから、お互いに近況報告でもしよう。そうだ、俺がパーティーを去ってから、フィリス達はどうやって帰還したんだ?」

「はい。ヒイロと別れたあとも、私はあなたに守られていました。震えるわたくしを見て、あなたは優しく包みこんでくれましたよね」

「ん?」


 フィリスは顔を赤らめながら、第5層での出来事を語る。世間知らずな彼女の視点は新鮮で、いつも俺達を和ませてくれた。だが、今回は話に違和感がある。


「それから、帰還するまでずっとわたくし達はずっと抱きしめ合っていました。その後も、そして今もそう……」

「ま、待て。それは俺がいない時の話だよな? それに、今だって君を抱きしめてなんかいないぞ?」


 フィリスの話は誰がどう考えてもメチャクチャだ。ウィズもメイメイも、眉間にシワを寄せている。そんな中、シンがふと思い出したように呟いた。


「そういえば、ヒイロからもらったマフラー、どこにやったっけ……?」

 

 全員が一斉にフィリスを見た。彼女の首にはマフラーなんて巻かれていない。そう、首には……。


「……フィリスさん、失礼しますね」

「はっ! ウィズ、わたくしのヒイロに何をするのです?!」


 何かに気づいたウィズが、フィリスの服の襟に手をかける。俺が不思議そうにそれを見ていると、いきなりメイメイに目を塞がれた。


「な、何するんだ、メイメイ?」

「ヒイロは見ちゃだめかも〜」

「あ、ありました! こんなところにマフラーが!」

「やめてください、ウィズっ! わたくしとヒイロの愛を引き裂かないでーっ!」


 真っ暗な視界の中、聞いたこともない女性の金切り声が聞こえる。それは、ウィズのものでも、メイメイのものでもない……。俺が困惑していると、メイメイがやっと手を離してくれた。彼女は無言だった。


「はあ、はあ……。すみません、シンさん。マフラーを取り返せませんでした……」

「……いや、もういい……」


 シンは何か恐ろしいものでも見たかのような表情で、首を横に振った。そんな彼に、ウィズが同情の視線を送る。仲が悪い2人にしては妙に気が合っているが、何があったのだろう。だが、そんな事よりも気になるのはフィリスだ。


「ううっ、またヒイロの手を離してしまうところでした。……早く、償いをしないと」

「償い?」

 

 そう言うと、次にフィリスは袖のボタンを外し始めた。何事かと俺が覗き込むと、彼女の手首には、なんと無数の切り傷があった。そして、反対の手には鈍く光るナイフが……。


「フ、フィリス! なんだこの傷は?!」

「わたくしの愛を刻み込んでいるのです。こんな風に深く、そして燃えるように赤く……うふふ……」

「わーっ! やめろやめろーっ!」


 俺はとっさにフィリスの両手をつかみあげる。万歳のポーズになった彼女の手からナイフが滑り落ちて、俺の足のすぐ近くの雪に突き刺さった。


「はっ! だ、大胆ですね、ヒイロ。みんなが見ている前で、なんて強引な……」

「こ、怖い! 会話が通じない!」


 フィリスの顔が真っ赤になるのを見て、俺の顔は真っ青になった。彼女が熱っぽく俺の目を見つめるが、明らかに焦点が合っていない。


「確認なのですが、ヒイロ様はフィリスさんのことをどう思っているんですか?」

「どうって、ただの仲間だよ! さっきから愛とかいってるけど、何一つ身に覚えがない!」

「ヒイロ様は、私が守護らねば……」


 俺が嘆くように答えると、ウィズは胸の前で杖を固く握りしめた。シンは無言で俺の服の裾を握りしめた。今度新しいマフラーを買ってやろう。メイメイは飽きて寝た。



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