6-2 ヒイロ、ブレイブに復讐する

「えっ! この人が、勇者ブレイブ……?!」


 俺の隣でウィズが声を上げる。今のブレイブは生きているのも不思議なくらいの大怪我だ。勇者の威光など見る影もない。


 横たわった彼の隣では、イサミさんが必死で容態確認を行っている。


「意識はありませんが、息はあります。先鋒部隊の聖職者は、もう回復魔法を使えません。我々が救助をしなければ、彼は……!」


 ……俺は動けなかった。相手がブレイブでなければ、即座に回復に取り掛かっただろう。だが、心のなかにどす黒い葛藤が生まれる。


 こいつは、俺を見殺しにしたんだぞ。

 なら、俺にもこいつを見殺しにする権利があるんじゃないか。


「そんなやつ、助けるんじゃねえ! 俺の仲間は、岩場の戦闘でこいつに使い捨てられたんだぞ!」


 俺が黙っていると、冒険者の中から怒声が上がった。彼の声を皮切りに、そうだと同調する者が次々と現れる。だが、そこに割って入ったのがイサミさんだ。


「では、彼を見殺しにするのですか! 必要に迫られてではなく、単に復讐のために?!」


 それでも冒険者達の怒りは収まらない。彼らの仲間を想う気持ちが強いからこそ、ブレイブの指示で仲間を捨てていかなければいけないことが辛かったのだ。


「ヒイロ……」

「ヒイロ〜……」

「……」


 フィリス、メイメイ、シンが心配そうな表情をしている。だが、彼らが見ているのはブレイブではなく、俺だ。

 

「お、俺は……、どうすれば……!」


 俺はたまらずウィズを見た。彼女は俺と目が合うと一瞬驚いたが、肯定とも否定とも取り難い表情をする。彼女は、俺がどんな選択をしても受け入れる覚悟なのだろう。


「ヒイロ様……。どうか、あなたらしく、後悔のない復讐を……。何があっても、私は側にいますから……」

「……ウィズ……」

 

 その言葉のおかげで、俺は冷静を取り戻した。周りの人達の意見が遠のき、静かな心で考えることが出来るようになる。


 結論は出ない。


「……ウィズ、傷の具合を見るから、手伝ってくれ」

「ヒイロ様! ブレイブさんを治療するんですね!」

「分からない……っ! ……見るだけだ、まだ決心したわけじない!」

 

 俺はムシャクシャを振り払うように頭を振った。本当にこいつを助けていいのか。これが最初で最後の復讐のチャンスかも知れないのに。


「負傷はスノウウルフとの戦闘によるものだ。ダメージなら回復魔法で完治できる」

「でも、それ以外の体調不良は治せないんですよね。その場合は、ヒイロ様が選択するまでもなく……」


 だが、俺はブレイブの傷を観察して驚いた。確認できる傷は、魔法で回復できるものしかないのだ。普通にモンスターと戦った場合、こんなことは滅多に起こらない。


「……完治が可能だ」

「そ、そんなこと、あるんですか?!」

「きっと、わざとそうしたんだ。ブレイブは魔法で回復出来ない負傷を意図的に避けた。もちろん、その分戦闘ダメージを多く受けることになるが、戦闘にはすぐに復帰できる」

 

 それだけではない。俺が次に注目したのは、部分ごとの傷の数だ。明らかに、利き腕と軸足へのダメージが少ない反面、反対側の手足や胴体にダメージが多い。


「利き腕も軸足も、剣を正確に振るうには重要な部分だ。それらを守るために、他の部分にダメージを集中させたんだ」

「そ、そんなことをしたら、傷が重傷化してしまいます!」

「だが、これなら最後まで戦い続けられる」


 まさに、骨を切らせて肉を断つ戦法だ。勝利のための最適解を見つけ、躊躇なく実行するのがブレイブのやり方だ。だが、その方針が自分に対してであっても変わらないというところに、この男の真の恐ろしさが表れている気がする。


 これほどの冒険者を失って良いのだろうか。


「……中回復ミドルヒール


 俺はブレイブに回復魔法をかけた。俺の手がブレイブの傷に触れると、聖なる光が傷を包み込む。


「……ヒイロ、MP回復薬さえあれば、わたくしが治療を代わりましょうか?」

「ありがとう、フィリス。でも、俺がやるよ。こいつの怪我のクセはよく知ってるから」


 フィリスの申し出を断り、俺はブレイブの治療を続ける。彼の職は魔剣士だ。剣術と魔法を自在に使いこなし、敵を確実に追い詰めるのが彼の戦い方だった。


「ヒイロ様、MP回復薬です」

「ありがとう、ウィズ。そこに置いといてくれ……」


 つまり、ブレイブの戦い方は几帳面で段階的なのだ。彼が負傷覚悟で戦闘をしたなら、その傷自体も几帳面で段階的になるはずだ。


「傷の方向……筋肉の動きを邪魔しない絶妙な具合になっているはずだ。傷の深さ……一度に大きな深手を負うのは避けたはずだ」

「そんなことまでわかるんですね。さすがヒイロ様です」

「いや、分からない。多分こうかも、って適当に判断して治療してる」

「ええっ……」


 俺の返事を聞いて、不安そうに顔を青ざめさせるウィズ。だが、俺のカンは全て的中する。瀕死の重傷だったブレイブの体は、みるみるうちに元通りになった。破れた服と血の跡がなければ、まるで眠っているだけのように見えるだろう。


「すごいです……。ヒイロ様が言った通り、本当に完治してしまいました……!」

「ああ、俺も驚いてるよ……」


 もちろん、ここまで治療がうまくいったのは俺の実力によるものだけではない。ブレイブが戦闘中に上手く立ち回ったため、治しやすい傷ばかりだったのだ。おそらく、フィリスに治療して貰うつもりだったのだろうが、彼女はあいにくMP切れだった、というわけだ。


「よし、山場は乗り切ったぞ。救助隊は先鋒部隊の治療に取り掛かるんだ。軽傷者は物資の配給を手伝ってくれ!」


 俺は静まり返った洞穴の中で、声を張り上げる。すると、治療を見守っていた者たちは徐々に散らばっていき、各々ができる仕事を探し始める。だが、その中になかなか動き出せないものがいた。


「出発は明日だ。ブレイブを休ませたあとになるが、構わないな?」

「……ああ」


 彼は、ブレイブの治療に反対した冒険者だ。俺の判断に納得がいかないのか、それとも単にバツが悪いだけなのかは分からない。だが、しばらく思い悩んだあと、ゆっくりと仕事に手を付け始めた。


「悩んでいるんですね」

「ウィズにもそう見えたか?」

「……いえ、ヒイロ様が、です」


 ウィズが俺の顔を覗き込んだ。人助けをしたあとの彼女の顔は、いつも穏やかだ。だが、今はそれに加えて、何かに安心したような感情も読み取れる。


「……まあ……そりゃ……悩むさ。でも、ウィズのおかげで1つスッキリしたことがあるんだ」

「え? 私?」

「俺らしい復讐ってなんだろう、って考えたとき、昔のウィズの言葉を思い出してさ」

「……全然覚えてないです」


 ウィズは頭を抱えながら唸るが、思い当たる記憶がないらしい。本人にとっては何気ない言葉だったということだろう。


「救助隊を結成したときだよ。そのとき俺の本音をウィズに言ったよな?」

「もちろん覚えていますよ。オホン……アイツは弱いから自分のことで手一杯。でも俺には人を助ける力がある。だから、俺はアイツより強い。……そうやって、心のなかで復讐したいんだ……ですよね?」


 ウィズが精一杯カッコつけて、その時の俺の言葉を再現する。彼女には俺がこんなふうに見えていたのか……。彼女の中で思い出が美化されていることに慄きながら、話を続ける。


「その時、君はこう言ったんだ。オホン……人助けが復讐だなんて、優しいヒイロ様らしいです……って」

「ちょっと、ヒイロ様! 私、そんなに子どもっぽくないですよ!」


 俺がウィズのマネをすると、なぜか彼女は怒り出す。彼女の可愛らしさを頑張って表現したつもりだったのだが、だめだったらしい。やはり俺がやると気持ち悪かったか。


「とにかく! ウィズの言葉があったから、俺はブレイブを救助することを選べたんだ。君が側にいてくれたおかげだよ、ウィズ」

「そ、そんな……。きっと私のことだから、思ったことを素直に言っただけですよ」


 俺がウィズの目を見て感謝の気持を伝えると、彼女は照れてクネクネし始める。これだけ喜んでもらえれば、お礼を言った甲斐があるというものだ。


 ウィズが側にいるおかげで、俺は優しいヒイロ様でいられる。もし彼女との出会いがなければ、俺がブレイブをどうしていたかなんて……考えたくもない。


「わ、私、皆さんを手伝ってきますねっ! ヒイロ様は少し休んでいてくださいっ!」

「ああ、そうするよ」


 俺は顔を真っ赤にして走っていくウィズを見送り、眠っているブレイブの隣に残った。穏やかに寝息を立てる彼を見ながら、目を覚ましたら何から話そうかと考えるのだった。



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