6章 雪山からの救助2
6-1 続・雪山からの救助
「救助隊の皆さーん! もうすぐ先鋒部隊に追いつきますよー!」
第2の雪山救助では、メンバーを変えることになった。まず、物資運搬担当のマチェッタが戦闘不能になったことで、新たな行商人が必要になった。
「よいしょ、ふう、重いなぁ」
「慣れない仕事を頼んで悪いな。君、いつもはギルドの受付をしてるんだろ」
「仕方ないさ。大討伐でギルドは人手不足なんだ。何だってやるよ」
さらに、第1の救助で大量の負傷者が確認されたため、救助隊の人数を倍に増やすことになった。そのうちの一人は、なんとイサミさんだ。
「増援の皆さんは、私にしっかりついてくるように。モンスターが出たら、私の後ろに隠れてください」
「助かるよ、イサミさん。戦闘だけじゃなく、サブリーダーまでやってくれるなんて」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
そして、増援部隊には4人の聖職者達が抜擢された。相変わらずギルドは人手不足なので、教会に依頼して人材を派遣してもらった。
「ダンジョンなんて初めてだ」
「ああ、フィリス大聖女様、無事かしら……」
「あれがヒイロさんか。思ったより普通だな」
「精一杯、頑張ります!」
合わせて8人。救助隊始まって以来の大所帯だ。だが、第3安全地帯での惨状を思うと、先鋒部隊の救助はこの人数でも厳しいくらいだ。
「イサミさん、先方部隊の現状について、ギルドが把握してることを教えてくれ」
「はい。彼らはスノウウルフの巣を見つけ、それを奇襲することになりました。指揮をとっているのは……とっていたのは、勇者ブレイブだそうです。しかし……」
「ブレイブ……」
「ヒイロさん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。続きを聞かせてくれ」
俺はブレイブの名前を聞いて、暗い気持ちになる。何度か知る機会はあったが、やはり大討伐にはあいつも参加していたのだ。本当なら接触は避けたいところだが、だからと言って救助活動を放り出すわけにもいかない。あいつとの再会は覚悟しておくべきだろう。
「しかし、指揮官については報告が曖昧でした。安全地帯から帰還した者は、ブレイブが指揮官だと言いました。一方で、奇襲直前まで同行していたものは、
「……えあ?! フ、フィリスが?!」
俺は意外な人物の登場に、つい変な声を出してしまった。ブレイブが指揮官を降りたことにも驚いたが、まさかその後任がフィリスとは。
「私も驚きました。確か彼女は、勇者パーティーが第4層を踏破した後に加入したはずです。つまり、彼女に雪山探索のノウハウはありません」
「ゆ、勇者パーティーについて詳しいんだな、イサミさん」
「ふふふ。あなたほどではありませんよ。……おっと、あなたの正体は知らないフリをしたほうが良かったですか?」
イサミさんが俺をからかうように笑う。俺が元勇者パーティーメンバーだということは言っていないはずだから、自力で調べたのだろう。さては、第4層で俺が彼……いや、彼女の正体を見破ったことを、根に持ってるな?
「その後、先方部隊から戻ってきた者はいません。考えられる事態としては、指揮系統の混乱による組織崩壊か、返り討ちによる全滅です」
「……どちらでもない気がする。ブレイブはそこまで無能じゃない」
「ふむ、奇遇ですね。私もそう思います」
やがて、救助隊は目的地に到着した。スノウウルフの巣は吹雪が届かない洞穴の中にあるという。だが、近づいても物音一つ聞こえてこない。その様子に、ウィズが不安そうに俺に身を寄せる。
「ヒイロ様、先鋒部隊は負けてしまったのでしょうか……?」
「分からない。確かめに行こう」
「それなら、私、行ってきます。ヒイロ様は隊員の皆さんを守ってあげてください」
「あっ、ウィズ……!」
「私が行きます。ヒイロさんは待っていてください」
「ありがとう、イサミさん。ウィズを頼んだ!」
どうしても気になるのか、ウィズは洞穴の方に行ってしまった。追いかけたいが、俺は隊員たちを放り出しすわけにもいかない。様子を見ていたイサミさんが、彼女の後を追ってくれた。
しばらくすると、吹雪のむこうから3人の人影がこちらに向かってきた。そのうちの2人は、ウィズとイサミさんだ。ということは、残る1人は先方部隊の冒険者だろう。
まさか、ブレイブか……?
いや、ちがう。あれは……!
「ヒイロ! わたくしです、フィリスです!」
「フィリス?! 無事だったのか!」
俺は思わず駆け出した。フィリスの金髪は乱れ、純白の術士服はあちこち擦り切れている。だが、彼女の青い瞳は、再会を誓ったあの日と同じように希望に輝いている。
「ああ、ヒイロ! 本当に来てくれたのですね!」
「遅くなってすまない。第3安全地帯で一度引き返したんだ。それで……」
「いいのです。あなたに会えたことが、どれほど嬉しいことか……!」
フィリスは弾けるような笑顔で俺を迎えてくれた。だが、ほんの少し話しただけで顔がクシャクシャになり、最後には大粒の涙を流しはじめてしまった。
「罪深いことです。わたくし達はあなたを見捨てたのに、今度はあなたに助けを求めているなんて」
「フィリス……」
俺はフィリスの涙の理由に驚いた。まさか、自身の命が脅かされているにも関わらず、過去の行いを懺悔されるとは思わなかったからだ。それだけ、彼女は俺を救えなかったことを悔いていたのだ。
「な、泣くなよ。それに、今はそれどころじゃないだろ。先鋒部隊はどうなったんだ?」
「ええ……それが……。ついてきてください」
フィリスの顔が曇る。俺はてっきり、部隊が壊滅的な被害を受けたのかと思った。だが、どうやら違うようだ。彼女は俺を洞穴に連れて行こうとする。俺は救助隊員に声をかけ、一緒に彼女についていく。
「ほとんどの冒険者は無事です。怪我のせいで下山は難しいですが、救助を受ければすぐに回復するでしょう」
「ほとんど? やはり、中には重傷者もいるのか?」
「ええ、その重傷者というのが……」
先程から、フィリスは言葉を濁し続ける。俺に言いづらいことでもあるのだろうか。
「ヒイロ、あなたには選択する権利があります。彼を助けるか、それとも見捨てるか……」
フィリスはそれだけ言うと、歩調を速めて俺の返事を遮った。一瞬だけ見えた彼女の表情は、聖女とは思えないほど厳しく、苦痛に歪んでいた。
「ヒイロ様っ! 重傷者1名、急いでくださいっ!」
「ヒイロさん、早く!」
洞穴に到着した俺をウィズとイサミさんが血相を変えて迎える。第3安全地帯と比べて、重傷者の数が圧倒的に少ない。先鋒部隊は、スノウウルフ相手にうまく立ち回ったのだろう。
「お待たせ、みんな。ウィズ、重傷者はどこだ?」
「あ、あの人です! 応急処置は施されていますが……すごい怪我です!」
俺は無事な冒険者たちの間を縫って、ウィズの後を追いかける。だが、不自然なことに気づいた。冒険者たちは、救助隊の到着を喜びながらも、やけに暗い表情をしているのだ。
「ヒイロ〜……」
「ヒイロ……」
「メイメイ、シン! 良かった、君達も無事だったんだな!」
途中で勇者パーティーのメンバーの顔を見かける。彼らもボロボロになりながらも目立った大怪我はない。だが、なんというか、2人ともが俺を見るなり目をそらすのだ。
「ああ、ヒイロさん! ここです、早く!」
先を歩くイサミさんが手招きをする。彼があんなに切羽詰まった表情をするのは見たことがない。俺は道をあける冒険者達の間を駆け抜け、なんとかそこに辿り着く。
「……!」
俺は重傷者を見て絶句した。乾いた地面に寝かされているが、胴体の損傷がひどすぎて動かすことすらできない。手足はどれも皮だけで繋がっているような有り様だ。何より、体中の傷口からは未だに血が噴き出し続けている。
だが、俺が驚いたのには別の理由がある。
「……ブレイブ」
唯一の重傷者とは、かつて俺を追放した勇者ブレイブだったのだ。
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