間章 勇者ブレイブ、報いを受ける
僕は勇者ブレイブ。第4層を踏破した実力を見込まれ、今回の大討伐で先鋒部隊の指揮を任されることになった、優秀なリーダーだ。
大討伐もいよいよ大詰めだ。先鋒部隊は岩場でスノウウルフの奇襲を受けたが、僕の的確な指示により見事返り討ちにし、巣まで追いつめることに成功した。あとは、消耗したスノウウルフたちとの戦闘に勝利すればいいだけだ。
「ふむ、僕の予想では、追い詰められたスノウウルフは最後の力を振り絞って抵抗するだろう。だから、奴らの攻撃を受け止める盾役が必要になるはずだ」
僕はいつもの癖でパラディナの姿を探すが、途中で気づく。そういえば、彼女は第3安全地帯においてきたのだった。あの時彼女は、すでに戦闘不能の味方まで庇ったせいで、必要以上のダメージ負ってしまった。僕にとっては想定外の事態だったが、重傷の彼女は進軍の邪魔になるだけだから、置いていくのは最良の判断だったはずだ。
「まあ、前衛職なら誰でもいいさ。この中に盾役を引き受けようというものはいるかい?」
僕は先鋒部隊の冒険者たちに呼びかけた。リーダー権限でこちらから指名してもよかったのだが、メンバーたちの自主性を尊重したいと思ったのだ。だが、手を上げるものは一人もおらず、全員が嫌そうな顔で僕から目をそらした。
「ふむ、あまりに自分勝手じゃないか? 自分が痛い目にあいたくないからと言って、部隊全員を困らせるのはよくないな」
僕はメンバーを優しく叱った。ダンジョン探索はチームワークが大切だ。ほかの仲間の気持ちになって考えられないような冒険者は、部隊全体を破滅に導くのだ。だからこそ、僕は彼ら自身のためと思ってあえて叱咤したのだ。
「……あたしが前衛職なら、絶対に立候補しないけどね~」
「どういうことだ、メイメイ?」
「ふんふ~ん。知~らな~い」
僕は、メイメイの大きな独り言に疑問を返した。だが、彼女はそっぽを向いて口笛を吹きだす。最近の彼女は、こんなふうに意見を言ったかと思えば知らんぷりをすることが増えた。なぜそんなことをするかは知らないが、チームの雰囲気を悪くするのはやめてほしいものだ。
「ブレイブ、仕方がありませんよ」
「今度はフィリスか。どういうことか、説明してくれるかな」
「これまでわたくしたちは、負傷者を置き去りにしてきました。先鋒部隊のみなさんが、今度は自分が置き去りにされるんじゃないか、と思って、危険な役割を嫌がるのは無理もありません」
「ふむ、やはり、自分の身の安全だけが大切、というわけだね」
僕は改めてあきれてしまった。今回の大討伐には、ベテラン冒険者たちが呼び集められたと聞いていたが、これほどまで保身ばかり考えている連中とは思っていなかった。
「なら、ほかにどんな方法があるんだい? まさか、代案もないのにわがままばかり言っているわけじゃないだろうね」
「そ、それは……」
「ふむ、これ以上無駄なことを考えるのはやめるんだ、フィリス」
「そんな……。……いえ、わたくしはあきらめません。でなければ、ふもとで頑張っている……に顔向けできませんから」
意外な反応だった。これまでフィリスが僕に意見することはあったが、最終的にはいうことを聞いていた。今回のようにあきらめなかったのは初めてかもしれない。だとすれば、彼女はだんだん正常な判断ができなくなっているということだ。一体、誰の影響を受けてこんなふうになってしまったのだろうか。
「メ、メイメイ……なにかアイデアはありませんか?」
「う~ん、あたしは前衛職じゃないからわからないけど~、接近戦が始まる前に少しでもダメージを与えられたら、盾役の負担も減ると思うんだよね~」
「シ、シンも、思いついたことがあったら言ってください」
「そうだな。巣は奥行き20メートルくらいのほら穴だ。手前にいるスノウウルフになら、遠距離攻撃が届くだろう」
リーダーである僕をそっちのけで、フィリス、メイメイ、シンが話し合いを始める。だが、彼らの作戦だと、もしスノウウルフたちが巣の奥に退いたら攻撃が届かなくなってしまう。こうなれば、結局突入以外に方法はなくなる上、奇襲の有利を捨てることになってしまう。そんなリスクが大きすぎる作戦は、とても受け入れることはできない。
だが、冒険者達の反応は僕とは正反対だった。
「本当にうまくいくのか? もし、遠距離攻撃が外れたら……」
「でも、前衛職の負担を減らせるかも。彼らだけを犠牲にするのは嫌だよ」
「そうだよな。俺達は仲間だもんな!」
これまで寒さに震えていた冒険者達が、少しずつ熱気を取り戻していく。僕の指揮下では私語一つなく統率が取れていた部隊が、自分勝手に意思をもって暴走し始める。
「行きましょう、皆さん。全員で生き残るのです!」
フィリスの言葉に、メイメイとシンが力強くうなずく。周りの冒険者たちも、3人に同調するように笑顔で武器を構える。フィリスは部隊全員の意思を確認すると、改めて僕のほうに向きなおった。
「……そういうことです、ブレイブ。わたくしたちが決めた作戦に参加してもらえますね?」
「だめだ。僕はリーダーで、君たちはメンバーだ。勝手な行動は許さない」
「わたくしたちの考えは、あなたとは違います」
「でも、ここまで先鋒部隊を導いてきたのは僕だ。僕には、戦況を的確に分析する能力がある。最も効率的な方法を選択する能力がある。それは、メンバーの君達が一番よくわかっているだろう」
僕はゆっくりとした口調でフィリスたちを説得した。スノウウルフは強大なモンスターだ。誤った判断は部隊を全滅の危険にさらす可能性がある。それを避けるのが、リーダーである僕の仕事だ。だが、仲間たちの反応は冷たかった。
「ブレイブ~、あんたの指揮能力は本当にすごいと思うよ~。でも、ちょっとはあたしのことを認めてほしかったな~」
メイメイは、そう言って僕に背を向ける。
「ブレイブ、あんたの判断能力は高い。だが、仲間の価値は職やステータスといった数値だけではないことに気付くべきだ」
シンは、そう言って僕の前から姿を消す。
「ブレイブ、もっと仲間の気持ちを大切にしてください。あなたが他人の感情に鈍感なことや、思い込みが激しいことはわかっていました。でも、あの日から……わたくしはあなたを怖いと思うようになりました」
フィリスも、仲間とともに僕の前から立ち去ろうとする。その途中、一瞬だけ立ち止まって僕のほうを振り返る。だが、彼女が戻ってきて僕の手を取ることはなかった。
「……ふむ、理解できない。なぜ……なぜ、みんな僕のもとを去っていくんだ?」
残された僕は、戦闘の物音を遠くに聞きながら、冷静に自問自答する。先鋒部隊は彼らの独断により僕の指揮から離れた。ならば、もはや彼らの面倒を見てやる義理はないだろう。どうせ、大討伐のために即席で作られた寄せ集め部隊だ。解散した後は、僕は再び勇者パーティーのリーダーに戻るのだから。
「待て、彼らは本当に勇者パーティーに戻ってくるのか? フィリス、メイメイ、シン、そしてパラディナ……。まさか、パーティーを離脱するつもりなのか?」
ふと僕は、最悪の可能性に思い至った。突拍子もない発想だと思いつつも、彼らに背を向けられている状況なので完全に否定もできない。僕は冷静に……極めて冷静に、その可能性がどのくらいかを計算する。
「あり得ない。だって、僕というリーダーがいなければ、第5層の攻略は不可能だ。彼らも僕の実力は認めていたじゃないか。だからこそ、これまで彼らは僕についてきたんだ」
僕のリーダーとしての実力については、第4層を踏破したという事実が何よりの証明だ。それに、メンバーたちも僕に向かって否定的な意見を投げながら、指揮能力や判断能力については評価していたようだ。
でも……なぜ……。
「リーダーは最適解を選び続けなければいけない。メンバーはリーダーの指示に従わなければならない。なぜなら……」
僕は過去の自分に向かって問う。なぜ、僕がここまで最適解にこだわるのか、なぜ、リーダーシップにこだわるのか。
「僕には、そうしなければいけない理由があるんだ……!」
僕は、仲間の背中を目で追った。しかし、彼らは全員、一度も僕を振り返ることはなかった。やがて、その姿はやがて洞窟の闇の中に消えていった。
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