5-10 エピローグ
「お疲れ様ですわ!」
「おふたりとも、大活躍でしたね」
ここはいつもの酒場……ではなく、ギルドの応接室だ。俺とウィズの向かいには、マナとイサミさんが座っている。
「ただいま。マナ、イサミさん」
「なんとか帰ってこられましたね。ふう」
雪崩からの救助の後、俺達は第2、1安全地帯を経由して転移門に戻ってくることができた。雪崩のせいで行軍が大きく遅れたものの、全員が無事生還することができたのだ。それが昨日のことである。
「みんなの姿を見た時は驚きましたわ。あんなに大勢の負傷者達がいるなんて、しかも、その状況で全員が生還できたなんて」
ギルドにとっても、今回の大討伐の難易度は予想外だったようだ。それは、スノウウルフの強さについても、第4層の地形効果についても、だ。彼らの見立てが甘かったというわけではないが、それを上回る被害が出たということに、改めてダンジョンの恐ろしさを思い知らされる。
「ヒイロ様の的確な判断と、諦めない心のおかげです」
「それだけじゃないさ。幸運と、仲間のおかげだ」
この言葉は決して謙遜なんかじゃない。雪の中から俺を助けてくれたのはウィズだ。荷そりの下からマチェッタを助け出したのはレンジ達だ。そして、名もなき重傷者達を雪崩から守ったのは、マチェッタだ。
「マチェッタを救助する時、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。リーダーの責任なんて放りだして、さ」
それができなかったのは、かつての自分とマチェッタを重ねていたからだろう。もし彼女を見捨てていたら、過去の俺は今の俺を決して許してくれなかったに違いない。
「そうだ。あれから、マチェッタの様子はどうだ?」
「ギルドの治療所で安静にしていますわ。応急処置が適切だったおかげで、後遺症はありませんわよ」
「よかった! マナさん、助かるんですね」
転移門のそばにはギルドの待機所が設置されており、たどり着いた負傷者達は速やかに治療を受けることができた。だが、中には傷が完治しない者もいた。決して少なくない数の冒険者が最前線を退いたのだ。
「大討伐でたくさんの冒険者が傷を負った。俺にもっと力があれば……」
「ヒイロ様……」
ウィズの前で、俺はつい後悔を口にしてしまう。この言葉は俺だけではなく、救助隊の一員である彼女の胸も刺すものだ。だが、彼女は決して嫌な顔はせず、むしろ心配するように俺の腕に触れる。その気持ちは、マナとイサミさんも同じのようだ。
「ヒイロ。救助された者達は、こんなに恐ろしい目にあっても、冒険者を続けたいと……続けたかったと言いましたわ。それ何よりの成果ではなくって?」
「マナ……」
冒険者たちはこう思ったのだろう。どんな窮地に取り残されようとも大丈夫だ。なぜなら、救助隊が助けに来てくれるから、と。救助隊は彼らの心を救うことができたのだ。
「ふふん、ようやくわかったようですわね。さあ、落ち込んでいる暇はなくてよ!」
「え?」
しんみりした空気を打ち払うように威勢よくそう言うと、マナは手を叩いて合図を出す。すると、それまで静かにしていたイサミさんが部屋の外に出ていき、大量の荷物を運び込んでくる。
「お嬢様、お待たせいたしました。登山装備一式を新調してきました。全てお二人にピッタリのサイズです」
「でかしたわ、イサミ! これで2度目もバッチリですわ!」
「え? え?」
あまりの勢いに、俺とウィズは目を回してしまう。なんだこれは。ついさっき雪山から戻ってきたばかりなのに、どうして俺達の前に新品の雪山装備が並べられていくんだ?
「先鋒部隊の様子は?」
「スノウウルフと交戦するようですね。負傷者の帰還には救助が必要です」
「問題ありませんわ。だって、わたくし達には優秀な救助隊が付いていますものね」
マナとイサミさんがウンウンと頷く。事態を理解していない俺たちはほったらかしだ。一通り準備と話が終わると、マナは改めて俺たちに向き直った。
「さて、後悔先に立たず、経験は活かしてこそ。2人とも、私達の話を聞いて、やるべきことはわかりましたわね」
「それって、もしかして……」
嫌な予感に、俺とウィズは青くなって抱き合う。
「雪山救助、おかわりですわーっ!」
「「えぇーーーっ?!」」
助けを求める声があれば、救助隊は必ず応えなければいけない。だが、俺たちの情けない悲鳴に応えてくれるものはいないようだ。
*
「レンジ、マチェッタの様子はどうだ?」
マナとの話が終わったあと、つかの間の休息に、俺達はギルドの治療所を訪ねた。そこでは、各安全地帯で救助した冒険者達が療養している。俺達は彼らに挨拶したあと、マチェッタのところに足を運んだ。
「よっ、隻眼の兄ちゃん。マチェッタなら薬を飲んで寝てるぜ」
ベッドの側で看病していたレンジが答える。彼自身は全くの無傷だ。一方、マチェッタは両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされ、うなされながら眠っている。だが、雪山にいたときよりも顔色はうんと良い。
「全部折れてたか」
「でも、全部つながるそうだ。女神像には足向けて寝られねえや。ちなみに、骨折のあとは熱が出るんだと」
なるほど、うなされているのは熱のせいか。確か、傷口の自己分解や損傷修復のために、体が自ら体温を上げるのだとか。だが、熱が下がれば完全に元通りらしい。まったく、彼女の幸運には驚かされる。
「よかったです。あの時、マチェッタさんを見失ったと聞いて、本当に肝が冷えました」
「ああ。ウィズちゃんがこいつを見つけてくれたおかげで助かったんだ。ありがとな〜」
調子に乗ったレンジがウィズの手を取ろうとするが、華麗に回避される。どうやら彼にも、ふざけることができるだけの余裕ができたようだ。元の軽薄な彼からは、雪山で決死の形相でマチェッタを救助していた彼など想像もできない。
「ところで、俺様達に何か用か? それとも、わざわざ見舞いに来てくれたのか?」
「もちろん、一番の目的は見舞いだが……」
「……私も同じ考えですよ、ヒイロ様」
「?」
俺が小さく笑うと、ウィスも釣られて笑う。俺達が訪れたもう一つの目的を知らないレンジは、ぽかんと口を開ける。
「実は、二度目の雪山救助に行くことになったんだが、そのメンバーとして君をスカウトしに来たんだ」
「に、二度目?! あんた、雪崩に直撃されたのに、よくそんな勇気があるな」
「ま、まあな」
レンジが信じられないものでも見るような目で俺を見る。わかるぞ、レンジ。だが、二度目の救助はギルドによって強引に決められたものだ。別に、俺が雪山に行きたくてウズウズしているわけじゃないんだ。
「でも、スカウトの話は忘れてくれ。君もその気じゃないみたいだし、俺もそのほうが良いと思う」
「そうですね。私もです」
「え? それは助かるが、どうしてだ?」
俺達がスカウトを諦めたのは、マチェッタの具合を見たからではない。彼女がしばらく再起不能な状態であることは、救助に立ち会った俺達が一番よく知っていた。ましてや、レンジが雪山を嫌がったからではない。
彼の装備は昨日雪山から生還したときのままだった。
また、彼の足元には泊まり込みでマチェッタを看病するための荷物が散らばっていた。
治療所にはギルドでも選りすぐりの技術を持った聖職者と医者がおり、マチェッタのような重傷人は特に手厚いケアを受けることができる。要するに、レンジがこの場にとどまっても、ほとんど役に立たないのだ。それが分かったうえで、俺達はレンジを連れ出すことをやめにしたのだ。
「まあ、理由なんてどうでもいいじゃないか。マチェッタによろしく伝えておいてくれ~。じゃ」
「いや、でも気にな……」
「マチェッタさん、早く良くなるといいですね~。では」
「お、おーい……」
「ははは」「むふふ」
俺達は良かれと思って理由を言わないでおいた。マチェッタのせいにするようで悪いし、二人は仲間だから、無理に引き離すようなことはしたくなかったからだ。
「それじゃあ家に、いや、ギルドに戻るか。黙って抜け出してきたから、マナ怒ってるだろうなぁ」
「仕方ないですよ。こうでもしなければマチェッタさん達に会えませんでしたから」
俺達は治療所をあとにした。ギルドからの支援物資が揃ったら、すぐにでも雪山に戻らなればいけない。救助を待つ遭難者がいる限り、俺達に休む暇はないのだ。
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