5-9 マチェッタ、救助される

「マチェッタが……いない……」


 雪崩から救助された俺の耳に、絶望した声が聞こえた。レンジだった。


「レンジ、無事だったのか!」


 見たところ、レンジ自身は無事なようだ。彼の服にはところどころ雪で汚れている部分がある。おそらく、彼は体の一部が雪に埋もれただけだったので、自力で抜け出すことができたのだろう。


「俺様のことはどうでもいい! マチェッタは……あいつはどこだ?!」

「お、落ち着け、レンジ……!」


 彼は周囲の雪をデタラメに掘りながら、マチェッタの名前を呼ぶ。だが、返事はなく、聞こえるのは風の音だけだ。


「今そっちに行く! ウィズ、付いてきてくれ」

「わ、わかりました!」


 俺とウィズは、雪をかき分けながらレンジに駆け寄った。雪の深さはウィズの腰よりも高い。小柄なマチェッタがどこに埋まっているかなんて、全くわからない。


「レンジ、索敵スキルを使うんだ!」

「さっきから使ってる! でも、広すぎて、居場所がわからない!」


 それはまずい。俺が助かったのは、ウィズに位置を伝えることができたからだ。だが、マチェッタにもそれができるとは限らない。今の俺達には、広大な雪から彼女を探し出す手段はない。なら、どうすれば……。


「……パラディナ隊だ」

「え?」

「彼女たちなら、後方から雪崩全体をを観察できた。マチェッタが流れ着いた場所を絞り込めるかもしれない」


 そうだ。もしもの時のために、俺達は2つの部隊に分かれたんだ。それが活きるのは、今だ。


「ウィズ、君はパラディナ隊だったよな。彼女達は雪崩が起きた時、何をしていた?」

「えっと、負傷者の皆さんは山を駆け上がって、私は救助のために山を駆け下りて……」

「パラディナは?」

「……あっ! 雪崩をじっと見つめていました!」


 間違いない。パラディナは流される俺たちの姿を目で追っていたのだ。埋もれてもすぐに見つけ出すために。


「ヒイロ、待たせたな!」

「パラディナ! 来てくれたか!」


 噂をしていると、パラディナが息を切らしながらやってきた。雪崩の最中に駆け出したウィズよりは遅くなったが、それでも早い到着だ。きっと急いで来てくれたのだろう。

 

「マチェッタが見つからない! 場所は分かるか、パラディナ?」

「マチェッタは荷車のそばにいるはずだ! 彼女は最後まで荷車を離さなかった!」

「みんな、いくぞ!」


 パラディナの返事と同時に、俺達は荷車へと殺到する。そこでは既に、ヒイロ隊によって重症者3人の救助が終わっていた。重傷者達は雪崩に流されたものの、マチェッタの操縦のお陰で埋まらずに済んだようだ。


幸運上昇ラックアップ! ……レンジ、索敵スキルだ! 範囲を荷車周辺に絞って、成功率を上げるんだ!」


 後はレンジ次第だ。彼が運よく索敵スキルを成功させることができたら、マチェッタの居場所がわかる。もし失敗したら……、大人数で手分けして探すしかない。


「……周囲の地形、雪崩の方向、荷車の状態。ここから推測できる操縦者の位置は……」


 レンジが念入りに状況を調べる。ただならぬ雰囲気に他の負傷者達が集まってくるが、レンジは集中力を全く切らさない。彼は今、いわゆるゾーンに入っている状態だ。


「……!」

「どうした、レンジ?!」


 レンジは何かに気づいた素振りを見せると、突然荷車の周囲の雪を掘り始めた。荷車に乗っていた重傷者は、全員救助されたはずだ。なのに、なぜ。


「下だ! 荷車の下! 下敷きになってるっ!」

「何だって?!」


 誰も状況がわかっていない中、レンジと俺だけが緊張する。マチェッタは荷車の下にいる。これがどれだけ危険な状態か、分からないのも無理はない。


「急いでレンジを手伝うんだ、早く!」

「あの、ヒイロ様。なにかまずいことでもあるんですか?」

「大アリだ! 例えば、ソリでブレーキをすると、真下の雪はどうなる?」

「思い切り踏み固められて……あっ!」


 ようやくウィズも気づいたようだ。雪崩の中で、荷車の車輪は完全に埋まり、腹で雪の上を滑るような状態になっている。つまり、マチェッタがいる荷車の下は、荷車と重傷者3人の重さで押し固められているということだ。


「生存は……絶望的だ。でも、やるしかないんだ……」


 俺はレンジに聞こえないよう、ウィズだけにそう言った。重い雪に押され、あらぬ方向に曲がる腕や足。空気がなくなり、苦しくなる呼吸。そして、徐々に奪われる体温……。はたして、こんな状況でマチェッタは生きているのだろうか。

 

「バチが当たったんだ……悪さばっかりするから……きっ……と……そう……なんだ……」


 荒い呼吸で、額からは汗すら流しながら、レンジは雪を掘り続けている。まるで、そうすることで厳しい現実から逃れようとしているかのようだ。その表情は、誰も声をかけられないほど追い詰められたものだった。


 だが、彼の隣で雪を掘る者が現れた。

 

「馬鹿言うな……。あんたら2人に、バチなんか当たるもんか……」


 レンジの隣には、荷車から投げ出された重傷者が横たわっていた。彼の腕には分厚い包帯が巻かれていた。だが、血がにじむのも構わず、彼はゆっくりと雪をかき続ける。

 

「嬢ちゃんは、俺達の身代わりになっちまったんだ……。最後まで荷車を離さないで……。とっとと逃げりゃよかったのにさ……」

「……!」


 レンジが彼の表情を見て息を呑む。彼は無表情だった。視線は手元に落ちているが、全く焦点が合っていなかった。

  

「俺が死ねばよかった……俺が死ねばよかった……俺が死ねばよかった……」


 地獄だ。

 でも、地獄には雪が降っていたなんて、俺は知らなかったんだ。


「そんな……。雪崩への備えは万全だったはずです。なのに……」


 ウィズが杖をぎゅっと握りしめる。その隣では、パラディナが悔しそうに目を伏せた。周りの冒険者たちも、それぞれ諦めの気持ちをあらわにする。


 ……そういえば、かつて同じようなことがあった。とあるパーティーが窮地に追いやられた時、彼らは一人の仲間を見捨てることで生還を果たした。


 そうか、あの時の彼らはこんな気持だったのか。


「……俺は逃げない」

「ヒイロ様?」

「だめかもしれない。でも、俺達はマチェッタにとって最後の希望なんだ」


 俺は雪の中から雪かき用のスコップを見つけ出し、レンジに投げる。彼は驚いたようだが、俺は気にせず荷車周辺の雪を掘り始める。すると、そこに加勢するものが現れた。パラディナだ。


「君の言う通りだ。ヒイロ、君に誓おう。私は二度と仲間を見捨てたりしない」


 パラディナは胸当てを脱ぎ、スコップ代わりにして雪を掘り始める。だが、荷車はまだまだ埋まったままだ。たった4人では、とても掘り起こすことなどできない。だから彼女は……ウィズはこう言った。

 

「みなさん! 一緒にマチェッタさんを助けてください! どうか……お願いします!」


 ウィズは一生懸命に頭を下げた。その姿を見た冒険者たちはざわめく。


「そんなこと、無意味に決まってる……」

「死んでるかもしれないんだぞ……」

「でも、もしかしたら生きてるかも……」

「そうだ、絶対に助けるんだ……俺達が!」


 はじめはマチェッタが死んでいると決めつけていた者たちも、徐々に希望を取り戻していく。根拠なんてどこにもないのに、必ず助かると信じて疑わなくなる。


「荷車を持ち上げよう! そのためには、車輪を掘り起こすんだ!」


 俺の号令に、負傷者達は手分けして4つの車輪を掘り始める。一組あたり5〜6人が集まり、雪を掘るものと退ける者で手分けして作業をする。


「ウィズ、君は荷車の側で待機してくれ」

「わ、私も掘ります!」

「いや、君には別の仕事を頼みたい。それは……」


 やがて、全ての車輪が掘り出され、荷車の大半が雪の中から現れた。完全に掘り出したいところだが、時間が惜しい。


「俺、レンジ、パラディナで、荷車の片側を持ち上げる。せーのっ!」

「うおおおぉぉぉおおおっっっ!!!」

「はあああぁぁぁあああっっっ!!!」


 3人がかりで荷車を下から持ち上げる。踏ん張りがきかない足場の中で、なんとかわずかに荷車が持ち上がる。しかし、50センチくらいの高さで急に止まってしまった。


「ウィズ! 荷車はどうなってる?!」

「車輪が雪に引っかかっています! 杭のように刺さって、荷車が傾くのを邪魔しています!」

「構わねぇ、このままへし折っちまえ!」


 俺の隣で荷車を持ち上げるレンジが、歯を剥き出しにしながら吠える。もし、ここて荷車を失えば、重傷者を背負っての下山となるだろう。そのことに気づいているパラディナが、俺の指示を待つ。


「ヒイロ、どうする?!」

「……押す!」


 3人の力が合わさると、荷車は一気に持ち上がった。同時に、車輪の留め具が弾ける音がするが、気にしている場合ではない。


「ウィズ、今だ! 打ち合わせ通りにやるんだ!」

「はいっ! みなさん、そのまま持ち上げていてくださいね!」


 ウィズは素早く荷車の下に潜り込むと、身の丈ほどある長い杖で雪を刺した。何度か地点を変えて刺し続けると、とある地点で何かにぶつかった。その瞬間、彼女の目が輝いた。


「……いました! ここ! ここにいます!」


 ウィズの言葉を合図に、負傷者が殺到した。無数の手が伸び、雪を掴んでは放りを繰り返す。彼らの体温で、荷車の底についた雪が溶けるほど暑くなる。


「顔が見えたぞーっ!」

「生きてるか?!」

「吸った! 息してる!」


 やがて、人の中からマチェッタの姿が現れた。彼女の体は冷え切っていたが、冒険者たちの外套が何重にも着せられ、その中で小さく胸が上下していた。彼女の命は、気力だけで保たれていたといっても過言ではなかった。


「なんや。最初に見る顔はレンジかと思ったら、知らんおっさんやったわ」


 号泣するレンジの腕の中で、マチェッタは弱々しく笑った。彼女はレンジが自分を助けてくれると信じていたのだ。



 *



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