5-7 救助隊、部隊を2つに分ける

 パラディナが雪崩を目撃したのは、雪山の峰付近だ。第4層はいくつもの山が連なったような地形をしており、峰がたくさんある。雪崩が起こったのは、不幸なことにすぐ近くの峰だった。


「パラディナさんによると、雪崩は小規模のものだったとか。それに、もしその峰から雪が落ちてきても、私達が巻き込まれることはないそうです」

「ああ。だが、近くで雪崩が起きているということは、俺達の真上でも発生する可能性があるということだ。気象条件が似ているからな」

「じゃあ、やっぱり早く逃げた方が……」

「そうしたいんだが、下山隊には負傷者がたくさんいる。これ以上速度を上げるのは無理だ」


 取れる選択肢は限られている。ならば、どれだけ早く行動できるかが、生存率を上げるカギとなるだろう。


「下山隊の全員に、雪崩のことを伝える。ウィズはレンジと一緒に、雪崩が起こった時の対処法をみんなに伝えてくれ」

「雪崩の対処法……確か、大討伐の前に教えてくださいましたよね」

「ちゃんと覚えてるなんて、偉いぞ。じゃあ、おさらいもかねて説明していこう」


 俺はあえて周囲に聞こえるように話を始める。パラディナは、パニックを防ぐために雪崩の話を隠すよう指示したようだが、みんなに周知すると決めた以上、もう隠す必要はない。それに、情報は繰り返し聞くことによって正確さを増すものだ。


「まず、下山隊を2つに分ける。そうすれば、どちらかが雪崩に巻き込まれても、もう一方が救助することができるからな」

「わかりました。どうやって分けますか?」

「とりあえず、前から20人をヒイロ隊、残りをパラディナ隊にしよう。荷車は俺の隊で受け持つ」


 荷車をヒイロ隊に入れたのは、重傷者3人をできるだけ早く雪崩のリスクから逃がすためだ。万が一雪崩から逃げることができなかった場合、軽傷者よりも重傷者の救助の方が圧倒的に難しくなる。

 

「次に、隊列の間隔を広く開ける。中傷者1人と重傷者2人の3人組が、3メートルずつ離れて行動するんだ。小さな雪崩なら、これで巻き込まれる人数を最小限にできるはずだ」

「あの、どうして3メートルなのですか?」

「……すまん、カンだ。雪崩の規模が予測できない以上、カンで間隔を決めるしかないんだ。かといって、離れすぎると吹雪でお互いを見失うからな」


 パラディナの目撃情報によると、雪崩はある一転から砂が崩れるように発生していたという。このタイプの雪崩は規模が小さい反面、速度が速く、障害物があっても減速しにくいという特徴がある。ならば、とるべき対策は逃げることではなく、リスクを分散することのはずだ。


「それとヒイロ様、もし雪崩に巻き込まれた時はどうすればいいんですか?」

「そ、それは……」


 俺は答えることができなかった。なぜなら、勇者パーティーメンバーとして雪山を探索したときは、雪崩に巻き込まれたことがなかったからだ。探索は常に万全の状態で挑んでいたため、今回のように雪崩を回避するための行動が制限されることがなかった。また、メンバー数が6人と小規模だったことに加え、全員が雪山探索のベテランだったことも理由だろう。


「俺にも経験がなくてわからないんだ」

「そんな……でも、そういうことなら仕方ないですよね」

「すまない。おそらくだが、雪崩の向きに垂直に逃げるとか……凍えないうちに引っ張り出すとか……そんなところだろうか?」

「そうですね。パラディナさんにも意見を聞いてみますが、今みたいに具体的にイメージすることは大切だと思います」


 こんな時にチームを導くのが、リーダーである俺の役割のはずだ。なのに、想像でいい加減なことしか言えない自分に、つい落ち込んでしまう。ウィズの真面目な姿勢だけが、そんな俺を励ましてくれた。


「じゃあウィズとレンジは、雪崩のことをみんなに知らせに行ってくれ。……いや待て、隊を2つにわけるなら、ウィズかレンジのどちらかはパラディナのところに残ってほしいんだが……」


 俺は出発しようとする二人を呼び止めた。パラディナを第2部隊のリーダーにするなら、それを補佐する人員が必要だ。正直、重傷者荷車を抱えるヒイロ隊にはできるだけたくさんの補佐が欲しいところだが、パラディナだけに20人近くの中・重傷者を任せるわけにはいかない。


「じゃあ、私がヒイロ様と……」

「俺様がヒイロ隊に残るぜ」


 思った通り、ウィズが俺のところに残りたがった。だが、それを遮って立候補したのは、レンジの方だった。


「意外だな、レンジ。美人のパラディナの方につきたがると思ったんだが」

「あの、私、ヒイロ様と一緒がいいんですけど……」


 俺とウィズが驚いていると、レンジは人差し指を立てながら話し出す。どうやら、俺達を説得するつもりのようだ。どうやら、よっぽど俺の部隊に残りたいらしく、彼はいかに自分がヒイロ隊に必要かをアピールし始めた。

 

「ヒイロ隊には荷車がある。ウィズちゃんよりも俺の方が力ステータスが高いから、後ろから押したり、雪にはまった時に持ち上げたりできるぜ」


 確かに、先行するヒイロ隊の方が、様々なトラブルに遭遇する可能性は高い。そんなとき、力ステータスか魔法のどちらが役に立つかはわからないが……彼には往路で雪かきをこなしてきたという実績がある。先行部隊が進路の確保という役割を持っていることを考えると、この実績は非常に大きい。


「わかった。じゃあ、俺の補佐はレンジに頼む。すまないが、ウィズにはパラディナの補佐を頼みたい」

「さすが、隻眼の兄ちゃんはわかってるねぇ!」

「……むぅ、分かりました」


 俺の判断を聞くと、二人は下山隊のみんなに雪崩のことを知らせに行った。思い通りにヒイロ隊に残ることができたレンジは、足場の悪さをものともせず走っていく。一方、明らかに納得していないウィズは、頬をめいっぱい膨らませながら大股で歩いて行った。

 

「マチェッタ、進路変更だ。これまでは障害物が少ないルートを歩いてきたが、これからは木を縫うようにして歩く」

「ええっ! そんなとこ、荷車が通りにくいやん!」

「木が育っているということは、これまで大きな雪崩が起こらなかったところだということだ。大変かもしれないが、第2安全地帯までの辛抱だ」

「……しゃーないなぁ。ほな、またレンジに押してもらおかな」


 とりあえず、できることはこのくらいだろう。改めて考えると、やはり雪崩のリスク事態はゼロにはできない。万が一雪崩に遭遇してしまったら、腹をくくるしかないだろう。とはいえ、下山隊40人以上の命が俺の判断にかかっていると思うと、リーダーというものの責任の重さを痛感させられる。


「パラディナの位置は、あそこか。ウィズとレンジが全員に情報を伝え終わったみたいだ。隊列の間隔も十分にあいているな」


 俺は、後方を振り返りながら、下山隊の状況をこまめに確認する。優秀な連絡役たちのおかげで、下山部隊の再編成はスムーズに進められた。


「もどったぜ~。聖騎士の姉ちゃんも、あんたみたいに怖い顔してたぜ。なあ、この状況ってやっぱりやばいのか?」

「おかえり、レンジ。君が思っている数倍は大変な状況だ。マチェッタを見たらわかると思うぞ」

「ぐぬぬぬぬぬ、重い! レンジ、うちが苦しんでるんが見えへんの? はよ手伝って!」

「わ、わかったよ……また後ろから押せばいいんだろ?」


 戻ってきたレンジをヒイロ隊に迎え入れる。そのころには、雪崩と聞いて動揺していた負傷者たちも、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。パラディナが遠くで雪崩を目撃して以来、周囲で何事もなかったことも影響しているのかもしれない。独特の緊張感は漂っているものの、このまま雪崩なんて起こらないだろう、という楽観的な雰囲気があった。


「第2安全地点までもうすぐだ! 到着すれば、もう雪崩におびえる必要はないぞ!」


 俺は、身も心も疲れ切った負傷者たちに、励ましの言葉をかけた。安全地点と聞いた彼らは、なけなしの体力を振り絞る。幸い、第2安全地点は風下の小さな尾根に作られており、雪崩に襲われるリスクは低い。おそらく先鋒部隊を指揮するブレイブの判断だろうが、こんな時に悔しいなんて言ってられない。


 あとすこし、あと少しで休める。


「……あ、雪玉や」


 ふと、荷車を引くマチェッタが声を上げた。俺達が歩く樹林帯は斜面の途中にあり、その雪玉は彼女の目の前を横切って転がり落ちていった。


「本当だ、野兎が坂を駆け下りてるみたいだな」


 今度の雪玉は、荷車を押すレンジの前を転がっていく。その大きさは、ウサギよりもやや小さく、ネズミと同じくらいだ。彼が気まぐれに足を前に出すと、やわらかい雪玉は粉になって散っていった。


「何かいるのか?」

 

 俺は斜面の上を見た。てっきりモンスターはいないと思い込んでいたが、先鋒部隊の攻撃から逃れたやつが隠れていてもおかしくない。だが、モンスターの姿は見えないし、索敵スキルを持っているレンジが全く警戒するそぶりを見せない。


 雪が……自重で落ちている……。


 俺がそう気づくのと、大量の雪に襲われるのはほとんど同時だった。前兆は全くなく、雪崩の最中でさえ音もなかった。もうもうと立ち込める雪煙に飲み込まれたかと思ったら、質量と速度をもった雪の塊が、俺達を押し流そうとする。

 

 雪崩だ。

 しかも最悪なことに、重傷者を積んだ荷車が直撃を受けたのだ。



 *



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