5-6 下山開始、天災の予兆

「これから全員で下山する。さっき伝えたとおりの隊列で並んでくれ」


 まだ疲れの残る冒険者たちをせっついて、俺達は下山の準備を始める。かまくらから出た負傷者たちは、重い体に鞭打ちながら、言われた通りの隊列を作った。


「まず、先頭には軽傷者2名が並んで歩く。体力のある彼らが雪を踏み固めることで、後ろの冒険者達が歩きやすくなるからだ。その後ろに、リーダーである俺が付き、ルート決定を行う」

 

 軽傷者たちがうなずく。職は弓使いと魔術師だ。どちらも前衛職ではないが、今回は特別に先頭に立ってもらうとしよう。彼らは緊張している様子だったが、みんなに期待されていることを嬉しく思っているようだ。

 

「次に、中央には重傷者3人を乗せた荷車と、それを引くマチェッタを配置した」


 雪山登山では、最も下山速度が遅くなるものを2番目に配置するのがふつうである。これは、速度が遅い登山者を置き去りにしないための工夫だ。また、先頭の軽傷者に2列陣形を取らせたのは、荷車の車幅に合わせて雪を踏み固めてもらうためだ。

 

「そして、後部には中~重傷者が並んで歩く。できるだけ知り合い同士を近くに配置したつもりだが、こんな時だからこそ見知らぬ者同士でも助け合ってほしい。さらに、保険として最後尾にサブリーダーであるパラディナを配置する」


 中~重傷者はお互いに顔を見合わせる。ここでは、21人の重傷者の間に13人の中傷者をバラバラに配置して、手助けできるように隊列を組んでもらった。ちょうど重傷者2人の後ろに中傷者1人が控え、3人組を作っているような状態だ。仲間全員が先鋒部隊に残ってしまった負傷者は、事前に周囲の負傷者に事情を説明してある。幸い、それを聞いて嫌な顔をする冒険者は一人もいなかった。

 

「最後に、ウィズとレンジには連絡係として隊列中を駆け回ってもらう。困ったことがあったら、彼らを通じて俺やパラディナに相談してくれ」


 40人の冒険者達を2列で並ばせれば、その長さは30メートル近くになる。吹雪で視界も悪い中、ウィズとレンジのサポートは必須だろう。


「次の目的地点は第2安全地域だ。俺達が残してきた燃料がある。みんな、頑張ってついてきてくれ!」


 こうして、救助隊の下山が始まった。



 *


「もどったぜ~。隊列に異常なしだ。疲れてるやつもいるが、何とかやってるみたいだ」

「ありがとうレンジ。それじゃあ、ウィズ、次は頼めるか?」

「はい、皆さんの様子を見てきますね」


 連絡係の二人は、交代で隊列の見回りをしている。先頭で1人が待機しているのは、俺からみんなに知らせたいことがあるときのためだ。レンジが戻ってきたのを見ると、ウィズは雪の中で立ち止まる。彼女は最後尾のパラディナと合流するまで、ここで隊列を見守るのだ。

 

「ここまで遅れずに進めるなんて、大討伐に参加する冒険者は本当にタフだな」

「何言ってんだよ。一番タフなのは、どう考えてもあんただよ……」

「疲れてないんやったら……うちを手伝ってよ……一人で荷車を引かされてるんやで……」


 俺とレンジが雑談をしていると、背後から呪詛のようなうなり声が聞こえた。ぎょっとして二人同時に振り返ると、泡を吹きながら荷車を引いているマチェッタがいた。


「わ、悪い……。道が安定してきたら手伝うから、もう少しだけ頑張ってくれ」

「鬼! 悪魔! 救助隊!」

「俺様が後ろから押してやるからさぁ~」


 レンジが機嫌を取るように荷車の後ろに回る。すると、マチェッタは彼に見えないところで舌を出して、なんと荷車から両手を離してしまった。疲れているのは本当のようだが、さっきのは大げさふるまっていただけだったようだ。まったく、相変わらずの強かさだ。


「これだけ頑張ったんや、追加で報酬貰わんと、やってられへんわ」

「なあ、隻眼の兄ちゃん。あんたからもギルドに口添えしといてくれよ」


 たしか、二人が救助隊の助っ人をしているのは、ギルドに悪事をとがめられ、その罰として働かされているからだったはずだ。俺達のようにギルドから依頼を受けたわけではないから、報酬をもらうこと自体、無理な話だ。

 

「追加報酬は保証できないけど……二人は本当によく働いてくれているよ。ありがとな」


 そういうと、二人はきょとんとした顔をした。俺の言葉が意外だったらしい。もしかして、本気で追加報酬がもらえるとでも思っていたのだろうか。


「いや、なんか……そんな風にお礼を言われるなんて、思ってへんかったから……」

「そうそう。俺様達、恨まれることはあっても、ほめられることなんてなかったからさ」


 マチェッタは戸惑いながら。レンジはぼんやりとそう言った。どうやら、俺がありがとうと言ったのが信じられなかったようだ。


「君達の素行は……この際突っ込まないことにしよう。でも、雪山で一生懸命救助をしてくれたおかげで、たくさんの冒険者達を助けることができた。君達は、彼らからお礼の言葉を受け取らなかったのか?」


 レンジとマチェッタは、ギルドに目を付けられるほど派手に悪行を重ねてきた。冒険者の界隈は広いようで狭いから、負傷者の中には彼らの噂を知っている者もいたはずだ。だが、少なくとも俺は、安全地帯で2人の悪口を言う負傷者を見かけなかった。それは、負傷者たちが、体を張って自分たちを救助に来てくれた2人に感謝をしていたからだ。


「そういえば、魔術師のじっちゃんにお礼言われたで。壊れた杖を、手持ちのアイテムで直したったんや。嬉しそうやったなぁ!」

「俺も! かまくらを直したら、剣使いの姉ちゃんからお礼を言われたぜ。しかも、そのあと手伝ってくれたんだ」


 2人の顔が自然と上を向く。吹雪はちっとも収まっていないのに、さっきまでの疲れなど吹き飛んでしまったかのようだ。

 

 ……もし、彼らが改心するなら、今がそのチャンスなのではないか?

 

「余計なお世話かもしれないけど、これをきっかけにまともな仕事を始めたらどうだ? 君達の力があれば、まともな冒険稼業でも、第2の救助隊でも、きっとうまくいくはずだぞ」


 俺はそれとなく、だがはっきりと提案してみた。ハイエナと呼ばれる人間であっても、誰かにお礼を言われて嬉しいと思う気持ちはあるのだ。今回の救助を通じてそれに気づけたのなら、悪事で金をかき集める以外の生き方ができるかもしれない。また、冒険者達からの評判が上がっている今なら、また仲間として受け入れてもらえるかもしれない。


「それは~……考えとくわ」

「悪いね~、俺様達、悪事に一途なのよな」

「な、なんでだよ?! 今のは改心する流れだろ?!」

 

 レンジとマチェッタの返答に、俺はずっこけた。前方を歩く冒険者達が、何事かと振り返る。安心してほしい、俺が転倒したのは、岩肌のせいでも、クラストのせいでもないのだ。


「もぉ〜、頼むよ~! じゃないと、君達が捕まるたびに、俺達が面倒を見させられかねないんだぞ!」

「あ、ギルドにうちらが知り合いやってバレてしもたもんね」

「心配すんな。次からはうまくやるからさぁ」


 あきれたやつらだ。この救助が無事終わったら、彼らとはしばらく関わらないでおこう……俺はそう誓った。どうせ、また関わるはめになるだろうから。その時までには、せめてもう少し徳を積めるようになっておいてほしいものだ。

 

「はあ。君達は今回の救助で何を学んだんだよ……まったく」

「これからは貧乏そうな新米冒険者を狙うのはやめる! 金持ち冒険者を狙って、お金も感謝もイタダキや!」

「おっ、偉いぞ! 我らがマチェッタ様!」

 

 そんな風に俺達が全く無駄な時間を過ごしていると、後方からウィズが戻ってくるのが見えた。ずいぶん長い間話し込んでしまったらしい。道のりは相変わらず急斜面だが、2つ目の安全地帯まではあと15分ほどでたどり着ける。


「ヒイロ様! 最後尾のパラディナさんから伝言があります!」

「おかえり、ウィズ! 伝言って何だ?」

「あの、耳を貸してほしいのですが……」


 先頭メンバーがウィズを温かく迎えるが、彼女は何かに焦っているようだ。しかも、その原因と思われるパラディナからの伝言は、他の者に聞かれてはいけない内容らしい。おそらく、パラディナの指示だろう。


「実は、パラディナさんが……を見たそうです」

「な?! ……何だって……!」


 俺は叫びそうになるのを何とかこらえた。レンジ達は不審そうな目でこちらを見てくるが、果たしてこの内容をみんなに伝えてもいいものか、俺にも判断ができない。


 パラディナが、峰付近で雪崩の発生を目撃したそうだ。





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