5-5 パラディナ、雪上戦闘を話す
「まずは、第5層でのことを謝らないといけないな」
治療もほとんど終わり血色がよくなったパラディナは、真剣な顔で俺にそう言った。
「あの時、私達は君を囮にして自分だけ生き残ろうとして、すまなかった。一人取り残される君の気持ちをわかっていながら、君をパーティーから追放したんだ。……謝って許されることじゃないのはわかってるさ」
「パラディナ……」
深々と頭を下げるパラディナを見ながら、俺は追放された時のことを思い出す。俺の追放を宣言したのは、勇者ブレイブだ。他の仲間達は、とても正常な判断ができるような状態ではなかった。特にパラディナは、重傷で意識がもうろうとしていて、ブレイブから俺をかばうどころではなかったはずだ。
「そんな風に言うな。確かに、追放されたのはつらかった。でも、パラディナ、シン、メイメイ……そしてフィリスは、俺の気持ちをわかってくれた。それだけで十分だ」
「ヒイロ……? まさか、君は私達を許す、というのか?!」
「もちろんだ。それどころか、4人に対しては怒ってすらいないよ」
俺は少し笑いながらそう言った。そもそも、俺が追放されることは、パーティーが生き残るために必要なことだった。俺も冒険者のはしくれだから、そういうことに文句を言ったりはしない。むしろ、そんな状況でパラディナ、シン、メイメイ、フィリスの4人は俺を心配してくれたのだ。それだけで十分だ。
「……ヒイロの今の言葉、早くフィリス達にも聞かせてやりたいな」
「まあ、そのうちゆっくり話す時間があればな」
俺は、パラディナの肩の包帯をぎゅっと結んだ。
「……ありがとう、ヒイロ。おかげで傷はふさがったよ」
「無理はするなよ。それと、先鋒部隊で何があったかを聞かせてくれないか」
「わかった。良ければ私も救助に加わろう。話は手を動かしながらでもできるからな」
そういうと、パラディナは救助隊から支給されたMP回復薬を一気に飲み干した。
「助かるよ、パラディナ。2つ目の安全地帯を後にした先鋒部隊は、ルート変更を余儀なくされたんだろ。そのあとはどうなったんだ」
「部隊はクラストを避け、迂回路を進んだ。だが、スノウウルフがいる地点にたどり着くには、どうしても避けられない道があったのさ。ヒイロ、地図は頭に入っているか?」
「ああ。この先の危険ポイントと言えば……岩場か?」
「その通りだ。相変わらず、君の地形把握能力は大したものだよ」
岩場はクラストと同じくらい歩行に支障をきたす地形だ。降雪量が少なかったり、強風を受けるエリアに多く見られる。一見足場がしっかりして歩きやすいように思われがちだが、とある事情から滑落の可能性は積雪地帯やクラスト地帯よりも高くなってしまう。
「クラストを抜ける際、我々はアイゼンを装着した」
アイゼンとは、雪山用のスパイクだ。靴の上から装着するものが多く、足裏の鉄爪を雪や氷に突き刺すことができるため、転倒防止や斜面進軍に役立つのだ。
「さすがだ。入念な準備は、生存率を高めるからな」
「クラストの正確な位置までは把握していなかったが、どこかで遭遇するだろうと予測していたからな。だが、アイゼンは岩場では効果がなかった」
「そうだな。鉄爪は岩には突き刺さらない。それどころか、岩場ではかえって足元は不安定になる」
「我々はアイゼンを外すことを余儀なくされた。だが、クラストで滑落の恐怖を覚えた冒険者達の足取りは重くなり……そこをスノウウルフに襲われたんだ」
先鋒部隊は、再び足場の悪い中での戦闘を強いられる。しかも、今度の敵は大討伐の対象であるスノウウルフだ。その戦闘能力は、かつて勇者パーティーの一員として第4層を踏破した俺にとっても未知数だ。だが、この安全地帯の惨状を見る限り、俺の予想通り相当のレベルアップをしていることは明らかだろう。
「スノウウルフは8体いた。初めに、先鋒部隊の進行方向に2体。岩場での戦闘を避けるため、撤退しようとした冒険者を後方から襲った3体。そして、混乱した部隊に追い打ちをかけるよう、側面から現れた3体だ」
「たった8体のスノウウルフに、これだけの負傷者が出たのか?!」
「情けない話だ。だが、奴らはデザートウルフだったころとはまるで別のモンスターだった。体長2メートル以上の肉食獣が、爪と肉球を巧みに使って雪山を駆け回るのだからな」
パラディナは苦しそうに笑う。おそらく、彼女はその時の様子をリアルに思い出しているのだろう。そんな彼女を見ていると、遅れてやってきたはずの俺でさえ、まるで戦場を体験したかのような苦しさに襲われる。
「そんなピンチで、先鋒部隊はどうやって生き残ったんだ?」
「ブレイブの指揮さ」
パラディナは一瞬手を止めた。これまで気丈にふるまっていた彼女が、初めて無表情になった瞬間だった。彼女がブレイブの名前を口にしたとたん、俺と彼女の間の空気が凍り付いたように感じた。
「彼は、狼の戦い方を熟知していた。正面をふさがれると、すぐに撤退の指示を出した。当然、後方の3体と接触することになるが、突撃を命じたんだ」
「そんな……! だが、退路を確保するためには、仕方がなかったのか……?」
「結果的に、彼の判断は正しかった。後方の3体は陽動だった。つまり、弱い個体だったんだ。ブレイブは、その弱い個体を徹底的に攻撃するよう指示を出した」
俺はそれ以上深く聞くことができなかった。なぜなら、パラディナが聖騎士だからだ。聖騎士は前衛職だが、攻撃よりも防御に優れた職だ。おそらく彼女は、突撃役ではなく、残りの5体を足止めする役を任されたに違いない。正面には体格が優れたスノウウルフが5体、肉壁として倒れていく仲間の悲鳴……。
「スノウウルフは、仲間を助けると素早く逃げていった。助かった冒険者は、奴らを追いかけた。残されたのは、助からなかった冒険者だけだった……」
「そうか。……つらい話をさせて、すまない」
やはり、ブレイブの戦い方はあの時からちっとも変わっていない。あいつは躊躇なく最適解を選び続けている。だが、そこに仲間への……パラディナへの思いやりは一切ないのだ。あいつの非情さの前では、モンスター達の方が仲間思いだと思えるほどだ。
「変に気を遣うな、ヒイロ。それに、落ち込んでいたらかわいい顔が台無しだぞ?」
「ははは」
パラディナは、自分が一番の被害者にもかかわらず、俺のことを気遣ってくれる。そんな会話をしながら、彼女と一緒に重傷者の手当てを続け、救助にひと段落をつけることができた。
「ヒイロ様、焚火と食料配給が終わりました……」
「荷物がすっからかんや。これ以上先に進むのは無理やな」
ウィズとマチェッタが、お互いの背中にもたれながら、空っぽの荷車の横で休んでいた。だが、彼女達のおかげでかまくらの中は十分に温まり、負傷者達の顔に生気が戻っている。肉体的にも精神的にも追い込まれていた負傷者達にとっては、抜群の回復薬になったに違いない。
「さすがだな、ウィズ、マチェッタ!」
「へへへ……」
二人は満足そうに崩れ落ちると、お互いを枕にして眠ってしまった。雪山登山というのは、進軍だけで体力を激しく消耗するものだ。そんな状態で、安全地帯を整備し、負傷者を気遣いながら配給をするのは大変な仕事だったはずだ。山場を乗り切って、緊張の糸がほぐれたのだろう。
「全員、治療を受けたみたいだぜ。動けないやつがあと3人いるが、どうする?」
レンジもふらつきながら仕事をこなしている。彼には、負傷者を運んだり、かまくらを強化するなどの力仕事を頼んでいた。体力の限界はとうに超えているはずなのだが、それでも休まず働くのは女性達の前で格好つけたいからなのかもしれない。
「荷車に乗せて下山しよう。幸い、下山者の人数は多い。ラッセルには困らなさそうだ」
「ふ~っ、そりゃありがたいぜ」
「よくやってくれた、レンジ!」
「へへへ……」
彼は少しだけはにかむと、荷車のそばに歩いていき、ウィズ達と一緒に休憩を取ろうとした。途中、寝ぼけたウィズに蹴り飛ばされていたが、めげずに毛布を掛けてやり、彼自身もその隣で横になる。
「パラディナも休んでくれ。下山では、さらに君の力に頼ることになるだろう」
「そうさせてもらうよ。あっちで軽傷者達が炊き出しを始めたようだ。君達の分ももらってこよう」
パラディナはというと、俺以上に働きまわっていたのにまだピンピンしている。さっきまで彼女自身が重傷者だったのが嘘のようだ。伊達に勇者パーティーで壁役を任されてはいない。俺はパラディナに甘え、先に休ませてもらうことにした。
さて、治療はひと段落したが、救助のために考えることは山ほどある。これから、40人以上もいる下山隊を引率するのだ。班分け、役割分担、重傷者のケア、ルート決め、休憩ポイントの確保、日没までの時間配分……。体力も時間も限られている中で、無事転移門まで戻れるよう、きちんと下山計画を立てなければいけない。
「おや……ヒイロ……ふふ……寝顔……かわいいな……」
戻ってきたパラディナの声が遠ざかる。どうやら、俺の疲労も相当たまっていたらしい。出発まで、ほんの少しの間だけ仮眠を取ろう。あまり考えたくはないが、もしもの時に俺に体力がなければ、全員を巻き込む大事故になってしまうのだから
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