5-4 聖騎士パラディナとの再会
「これは……ひどいです……!」
3つ目の安全地帯に到着するや否や、ウィズが小さな悲鳴を上げる。そこには、これまでと変わらず簡素なかまくらが作られており、負傷者たちが休んでいた。しかし、その人数はこれまでの倍以上、しかも重傷者の割合が異常に多いのだ。
「3人とも、物資をすべて下ろしてくれ!」
俺の指示に、ウィズ、レンジ、マチェッタが緊張する。本来は、この先の救助のために温存しなければいけない物資だ。だが、そんな余裕がないくらい、冒険者達の状態は深刻だった。
「傷を見せてみろ。……これは、噛み跡?!」
失血と寒さでうなるだけの冒険者。その腕、足、胴体、顔面には、無数の噛み跡があった。牙によって皮膚が引き裂かれているだけではなく、嚙みついたまま振り回されたような傷もある。あごの大きさから、明らかに人間よりも大きな肉食獣であることは明らかだ。
「滑落やないで、モンスターにやられた傷や!」
「おいおい、こいつが例のスノウウルフの仕業じゃねえのか?」
さすがのレンジとマチェッタも、事の重大さに気づく。そう、群れで行動する大型肉食獣なんて、狼くらいしか思いつかない。先鋒部隊は、この付近でスノウウルフと戦闘したのだ。そして、甚大な被害を出しながらも進軍を強行し、今もスノウウルフたちを追い続けている。
「みんな、手を止めるな! 物資を下ろしたら、とにかく火をおこすんだ! 同時に、現状把握を……負傷者を軽・中・重症に分けて、それぞれ何人いるか教えてくれ!」
俺の号令の下、救助隊は一斉に仕事を始める。しかし、あまりに緊迫した状況に、ウィズ、レンジ、マチェッタはこれまで通りスムーズに仕事ができなくなってしまう。
「い、一体何から手を付ければいいんでしょう……?!」
「あわてるな、ウィズ。君はこれまで通り、燃料に火をつけて回ってくれ」
「重症度はどうやって判断すればいいんだ?」
「下山に支障がなければ軽傷、命に関わらなければ中傷、それ以上なら重症だ。任せたぞ、レンジ」
「もういややぁ……こんなん、絶対助けられへんわぁ……」
「へこたれるな、マチェッタ! 商人は足で稼ぐんじゃなかったのか!」
唯一の救いは、パニックになりながらもみんな俺に助けを求めることができているということだ。その分、指示を出す俺の負担は大きくなるが、何とか救助隊はチームとして崩壊せずに済んでいる。救助が軌道に乗るのが先か、それとも、俺達がキャパシティーオーバーをおこすのが先か……。
「だめだ、人手が足りない。せめて、現状把握だけでもできれば……」
藁にもすがる思いで、負傷者たちを見渡す。全員、雪を血で染めて、立ち上がることすら困難なように見える。彼らの中で救助活動を手助けできそうなものはいない。
このままではだめだと思った時、安全地帯の奥から凛々しい女性の声が聞こえた。
「ここにいる負傷者は、すべて私が把握している。軽傷2、中傷13、重傷24だ」
「この声は、もしかして……!」
俺は声のした方を見る。かまくらの奥は、まだ焚火が十分に行き渡っておらず暗い。その闇の中から、重厚な鎧が現れた。貴婦人を思わせる長い銀髪は血で汚れているが、黄金の瞳は輝きを失っていない。
「久しぶりだな、ヒイロ」
「パラディナ!」
*
「どうしてパラディナがこんなところに……?」
「ふっ。君に会うためにここで待っていた、と言ったら喜んでくれるか?」
俺が驚いていると、パラディナは軽口で場を和ませようとしてきた。だが、彼女の足取りはおぼつかず、鎧の下にたくさんの傷を抱えていることが容易に想像できた。間違いなく、彼女も重傷者の1人に含まれるだろう。
「ヒイロ様、あの、こちらの方は誰ですか?」
「紹介するよ、ウィズ。彼女は
「ゆ、勇者パーティー? どうしてそのメンバーがこんなところに?」
ウィズにとっても意外な人物だったようだ。勇者パーティーと聞けば怪訝な顔をする彼女が、今回は戸惑うばかりである。
「私がここに残ることを志願したんだ。……まあ、私自身が負傷して進軍不可能になってしまった、という理由もあるが」
「ほ、本当ですね。大変なけがをされています……!」
ウィズはパラディナのけがに気づくと、慌てて介抱を始める。パラディナを雪の上に座らせ、防具をひとつづつ外すと、血で真っ赤に染まったシャツが現れた。さらに、シャツの下の美しい肌には、打撲跡が見え隠れする。防具性能を貫通するほどの強い攻撃を何度も受けたのだ。
「ほかの勇者パーティーの皆さんも、ここにいるのですか?」
「いや、安全地帯に残ったのは私だけだ。ほかのメンバーは、ブレイブとともに先へ進んだよ」
その名前を聞いて、俺は戦慄を覚えた。やはり、今回の大討伐にはブレイブが参加していたのだ。俺の嫌な予感は的中してしまった。
「ヒイロ様、パラディナさんに回復魔法を」
「……そうだな。とりあえず、彼女を最初に治療しよう」
「私のことは気にするな。ほかの冒険者達を先に……」
「はは、その言葉は何回も聞いたよ。でも、ここで救助活動を行うには、まず君から現状を聞かないといけない。治療はそのついでだと思ってくれたらいい」
「……そうだな。では、ありがたく治療を受けるとしよう」
俺とウィズに説得され、パラディナはやっと観念した。気丈にふるまっていた彼女だが、俺が回復のために傷に触れるたびに、呻き、滝のような汗を流す。彼女ほどの実力者がこれほど重症になるなんて、第5層で遭難したとき以外は見たことがなかった。きっと先鋒部隊の盾としてダメージを引き受けていたに違いない。
「パラディナ……俺が勇者パーティーにいたころも、君はけがが絶えなかったな」
「そのたびに君が回復をしてくれたな。私は幸せ者だ」
「どういうことだ?」
「だって、君のかわいい視線を独り占めできるじゃないか」
「ははは」
パラディナが俺に向かって柔らかく微笑む。その表情は美しい女性のものであるはずなのに、なぜか美青年のような魅力も兼ね備えている。しかも、その魅力は、これだけの負傷で疲れきっていても曇ることはなく……。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 何ですか、今の雰囲気は?!」
「ああ、気にしないでくれ。パラディナと話すと、みんなこうなるから」
慌てて割り込んできたウィズは顔が真っ赤だ。どうやら、俺とパラディナのやり取りを見て、勘違いをしてしまったらしい。そしていたって冷静に対応する俺。もちろん、俺にとってパラディナは大切な仲間の一人で、彼女をそういう目で見たことは一度もない。
「パラディナさん! そんな風にヒイロ様に話しかけないでください! 怒りますよ!」
「それなら、私はもっと不真面目な態度をとらなければいけないな」
「どういうことですか?」
「やきもちを焼いている君は、とてもかわいいってことさ」
「はわ……」
だめだ、ウィズが使い物にならなくなってしまった。そんなウィズをみて、パラディナが心配そうに声をかける。
「おや、どうして彼女は卒倒してしまったんだ?」
「……天然だから困るんだよなぁ、パラディナのそれ」
俺は回復魔法をかけ終えたパラディナに、手際よく応急処置を施す。そう、パラディナは口説き魔なのだ。しかも、老若男女問わず口説いてしまう。それだけでなく、本人はいたって真面目に相手を褒めているだけ、という天然っぷりなのである。
「ヒイロ様、ごめんなさい……私は浮気者です……でも、パラディナさん、カッコイイ……」
ふにゃふにゃに溶けるウィズを見守りながら、俺はこんな状況で苦笑してしまい、パラディナは相変わらず何が起こているのかわからない様子だった。
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