5-3 負傷者救助と嫌な予感

 雪山を進み、俺たち救助隊は1つ目の安全地帯に到着した。


「見ろ、救助隊が来てくれたぞ!」

「寒くてもうだめかと思ったよ……」

「やったあ、雪山から帰れるんだ!」


 安全地帯には、岩と斜面を利用した即席のかまくらが作られていた。おそらく、先鋒部隊には雪山に詳しい冒険者がいるのだろう。中では十数人程度の傷ついた冒険者が体を横たえている。だが、内部は人の体温で温められてはいるものの、安心して休むには寒すぎる。

 

「まずは、この寒さを何とかしないと……。マチェッタは燃料を準備してくれ。ウィズは燃料に火をつけて、雪でお湯を作るんだ」


 俺は救助隊メンバーに指示を出す。ウィズとマチェッタは事前に役割を決めておいたおかげで、スムーズに救助を進められているようだ。

 

「俺様は何をしたらいいんだ? 索敵か?」

「いや、レンジは負傷者の中から聖職者を集めてくれ」


 手持ち無沙汰なレンジが俺に指示を仰ぐ。こうした状況で、できることを探そうとする姿勢はとてもありがたい。レンジは俺に言われた通り、安全地帯を歩き回って3人の聖職者を連れてきてくれた。


「よし、まずは君たちの治療から始めよう」

「私達の治療はあとでいいです。先に戦闘職のみなさんを……」


 俺が回復魔法を使おうとすると、聖職者の1人がそれを拒んだ。彼は負傷した腕をかばいながら一歩後ずさる。おそらく、味方の回復を優先して、自分を回復するMPがなくなってしまったのだろう。俺は、彼らの健気さを尊敬しながらも、厳しい態度で説得をする。


「いいか、俺達は救助隊だが、傷ついた冒険者全員を救助できるわけじゃない。だから、君達が自分で助かる方法を身につけないといけないんだ」

「な、なら、どうすればいいんですか?」

「これから君達には、この安全地帯での救助活動を手伝ってもらう。そのためには、まず君達が万全の状態じゃないといけない。だから、仲間を助けるために、回復魔法を受けるんだ」


 俺がきっぱりというと、聖職者達は自分たちの傷をおずおずと見せてきた。体中のいたるところを負傷しながらも、致命傷はしっかり避けている。きっと、仲間と助け合いながら敵の攻撃を凌いできたのだろう。


「……中回復ミドルヒール


 聖職者達の回復はあっという間に済んだ。俺は、彼らにMP回復薬を渡すと、負傷者の治療に向かうよう指示を出す。3人は、何度もお礼を言いながら、仲間たちのところに走っていった。


「重傷者の治療を優先してくれ! 聖職者がいないパーティーは救助隊に声をかけるように! 先鋒部隊のおかげで、帰路はモンスターが出現しないから、帰還に必要な治療以外は温存するんだ!」

 

 幸い、治療を受けた冒険者たちは全員自力で雪山を歩けるまで回復した。さすが、大討伐に参加するだけあって驚くほどタフだ。ウィズ達がお湯を配り終えたころには、安全地帯はすっかり活気づいていた。


「ありがとう、隻眼の兄ちゃん! どうする、あんたたちもいったん町に戻るかい?」

「いや、みんなのおかげで、まだ物資に余裕がある。次の安全地帯に進むよ」

「なら、足元に気を付けた方がいい。上から来た負傷者が、雪が固くて歩きづらいって言ったぞ」


 俺達は、冒険者達が安全地帯を後にするのを見送った。彼らは時折肩を貸しあいながら、ゆっくりと雪山を降りていく。やがてその姿は吹雪で見えなくなってしまったが、きっと転移門までたどり着けることだろう。


「みんな、よく頑張ってくれたな。この調子で、確実に救助を進めよう」

「はいっ!」

「ふーっ、ドキドキしたぜ」

「でも、なんかコツがわかってきたで!」


 他のメンバー達も、救助の手ごたえを感じているようだ。順調な滑り出しではないだろうか。


「よし、次の安全地帯まで進もう!」



 *



 さらに雪山を進み、俺たち救助隊は2つ目の安全地帯に到着した。ここでも風よけのためのかまくらが作られており、負傷者たちは何とか寒さをしのいでいた。


「みなさん、救助に来ましたよ!」


 ウィズがかまくらに入り、声を張り上げる。ここまでの険しい斜面と雪道のせいで、太ももがはちきれそうだ。特に、雪かきを担当しているレンジは、かまくらに到着するなり膝から崩れ落ちるほど疲弊していた。


「お疲れ、レンジ。あとは俺達に任せて、君は休むといい」

「な……なんであんたは……一緒に雪かきしてるのに……そんなに元気なんだよ……くそぅ」

「雪山は歩きなれてるんだよ、ははっ」

 

 1つ目の安全地帯と同じ手順で、ウィズとマチェッタが負傷者の体温回復に努める。だが、この安全地帯では明らかに1つ目の安全地帯よりも重傷者が多く、思うように救助活動が進まない。それに、明らかに負傷者たちが疲弊しているのだ。


「足を負傷している冒険者が多いな。どうしてだ?」


 俺は負傷者の足首に添え木を当てながらつぶやく。回復魔法だけでなく応急手当も併用することで、MPを節約しつつ傷の直りを早くしているのだ。ふとあたりを見渡すと、同じような処置を足に受けている冒険者がたくさんいることに気づく。そのうちの一人が、俺にその理由を教えてくれた。


「足場の雪が急に固くなったんだ。ちょうど草木がなくなったあたりからだな。そんなところでモンスターに襲われちまったから、みんな滑って転んじまったのさ」

「雪が固い……草木がない……そういうことか」


 俺は、かつてブレイブ達と第4層を探索していた時のことを思い出しながら、一つの結論に至った。仕事にひと段落をつけてきたウィズが、俺のもとに戻ってくる。


「ヒイロ様、何かわかったことがあるんですか?」

「クラストだ……森林限界をこえて……滑落の可能性が……」

「ヒ、ヒイロ様……、もっと簡単に説明してください……」

「……あえ? あ、ごめんな、ウィズ」


 気が付くと、ウィズが頭でお湯を沸かしそうなくらい困り果てていた。治療を受けている負傷者たちも、目を点にしている。しまった、ついブレイブ達と話をするときの感覚で、難しい説明をしてしまった。


「ええと、足場の雪が固くなったのは、高度が上がって寒くなったからなんだ。積もった雪が何年も解けずに残り、押し固められた氷をクラストというんだ」

「確かに、山は高いところに行くほど気温が下がりますからね。でも、突然足場の性質が変わるなんて、怖いですね」

「それを見極める目安の一つが、植物なんだ。負傷者たちは、草木がなくなった、といっていただろ。これは、大きな植物が育たなくなる低温の入り口……つまり、森林限界をこえたからだ」

「そうなんですね! つまり、先鋒部隊は森林限界を超えてクラスト区域に侵入してしまったということですか。あっ、だから皆さんは転んでしまったんですね」


 さすがウィズ。俺の説明を一度聞いただけですぐに理解し、さらに、けがの原因まで推理してしまった。何度も第4層に挑んだ俺でさえ、この自然現象を理解するまでにうんざりするほど滑って転ばされた。やはり、彼女の知的好奇心と学習能力は、ほかの冒険者にはない強大な才能だ。


 さて、二つ目の安全地域での救助も何とか完了した。多少治療に手間取ったものが何人かいたが、どれも戦闘ではなく滑落による足の負傷だった。回復魔法を受けてもぎこちなさが残る者たちは、剣や杖を松葉づえ替わりにして山を下っていく。

 

「途中に第1安全地域がある。かまくらの中には燃料が少しだけ残っているはずだ」

「ありがてぇ、使わせてもらうぜ。隻眼の兄ちゃんは先に進むのか?」

「ああ。だが、クラストの上を進むとなると、荷車はここに置いていかなきゃな」

「その必要はないぜ」


 救助した冒険者を見送っていると、そのうちの一人が俺に話しかけてきた。俺達が追う先鋒部隊は、先を進んでいったはずだ。なのに、クラストの上を進む必要がない、というのはどういうことだろうか。


「先鋒部隊に、あんたと同じようにクラストに気づいたやつがいたんだ。そいつの指示で、部隊は迂回路を取ったってわけさ」

「そうだったのか。教えてくれてありがとう。あやうくルートを誤るところだったよ」


 冒険者はそういうと、帰還隊の中に戻っていった。どうやら、先鋒部隊には相当優れた雪山先導者がいるらしい。クラストの存在に気づく観察力だけでなく、見通しの悪い雪山で的確にルート変更ができるだけの経験も持ち合わせているということだ。


「……まさか、な」


 俺はとっさにある人物の顔を思い浮かべていた。俺と同じく、第4層を踏破した冒険者だ。的確な指示、そして負傷者を容赦なく切り捨てる冷酷な判断……。


「ヒイロ様、出発の準備ができましたよ。レンジさんも、マチェッタさんも、待っています」

「……ああ、すぐ行くよ」


 俺は嫌な想像を振り払って、無理やり元気を出す。次の安全地帯でもたくさんの負傷者が待っているに違いない。ならば、今は悩んでいる暇などない、行動あるのみだ。





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