5-2 救助隊、ハイエナと手を組む

「よぉ、隻眼野郎! 俺様達を頼りにしてくれよな!」

「大討伐で働けば、無罪放免……あっ、なんでもあらへんよ」


 挨拶もそこそこに、ハイエナの二人が俺達に歩み寄ってくる。盗賊シーフレンジは、相変わらず自身の職を弓使いレンジャーに偽装するために背中に弓を担いでいる。行商人マーチャントマチェッタは、まるで反省の色もなく恨めしそうに手錠を睨んでいる。


「いやぁ、俺様としたことが、悪事がばれてギルドに捕まっちまったぜ」

「なんで捕まってるんですか? あの時は、私達もモブリットさん達も、お二人を見逃してあげたはずですよ」

「それとは別件で捕まったんや」

「もぉ~、君達は本当になんなんだよ……」


 どうやら、迷いの森で俺達にやりくるめられたにもかかわらず、まだつまらない悪事を繰り返していたらしい。イサミさんは、俺達が知り合いであることを確認すると、ハイエナ達の手錠を外してしまった。どうやら、彼らが救助隊の助っ人となることは、もう決定事項らしい。

 

 それにしても、どうしてこの二人が俺達の助っ人に抜擢されたのだろう。彼らがどんな悪事を働いたかは知らないが、普通は牢屋に閉じ込めたり罰金を支払わせることで罪を償わせるものなのだが。

 

「ということで、ヒイロさん。大討伐で忙しいギルドの代わりに、ハイエナ達のお世話をよろしくお願いしますね……ではなくて、ギルドからの助っ人をご活用くださいね」


 なるほど、本音はそういうことか。どうやら今回の大討伐で、ギルドのメンバーの大半が出払ってしまうらしい。ただでさえ人手が足りない時に、小悪党ごときに割く手間はないということだ。ついでに、二人を大討伐に送り込んで働かせれば、人員不足そのものを多少は解決できる。……ただし、その管理は俺がすることになるわけだが。


「ヒイロ様、どうしますか……?」

「どうするって……断るわけにもいかないしなぁ……」


 急に面倒ごとを押し付けられて腑に落ちないが、かといってこの二人を野放しにするという選択肢はない。かつて、死にかけのモブリットを前に、堂々と詐欺的交渉を持ち掛けてきたほどの図太さを持つ連中だ。大討伐ではチャンスとばかりに、傷ついた冒険者たちに治療費を吹っ掛けるに違いない。


「……わ、わかったよ。ただし、助っ人としてしっかりと働いてもらうからな」

「いや~、俺様達のことわかってるね~」

「安心と信頼のマチェッタさんにまかせとき!」


 俺が仕方なく承諾すると、途端に二人は調子に乗り出す。レンジはウィズの肩をもみ、マチェッタは俺の膝に乗ってくる始末だ。迷いの森での出来事など、まるでなかったかのような態度だ。

 

「それでは、ご活躍を期待していますよ。救助隊と助っ人の皆さん」


 イサミさんは満足そうにそういうと、酒場の冒険者たちから可愛がりを受けているマナを眺めながらお茶をすすった。前回、砂漠で話をはぐらかされたといい、イサミさんには手玉に取られてばかりだ。なんだかこの人にはかなう気がしない。

 

「仕方ないな……。それじゃあ、4人で一緒に。大討伐、張り切っていこう!」

「え、えいえいおー!」

「えいえいお~!」

「えいえいおー、やで!」


 予想外の同行者を迎え、救助隊は大討伐の救助活動に向かうのだった。



 *



 さて、大討伐当日。

 俺達が第4層に到着したのは、すでに先鋒部隊が出発した後だった。先鋒部隊は歴戦の冒険者パーティたちの最強連合軍となっている。そこには優秀な聖職者がたくさんいるはずだ。

 

「いいか、事前に決めた役割分担通りに行動するんだ。それぞれの役割は覚えているか?」


 俺は、ウィズ、レンジ、マチェッタの顔を順番に見る。第4層……凍てつく雪山は、万年雪の山脈からなるダンジョンだ。遮蔽物によって雪風の直撃を凌いでいても、3人とも歯を鳴らしながら震えている。


「まずは、ウィズ!」

「はいっ! 私は魔術で皆さんを護衛するのが仕事です。あと、炎魔法が得意なので、寒さで苦しんでいる人がいたら助けることができます!」

「頼りにしてるぞ、ウィズ!」


 この寒さの中でも、ウィズは元気いっぱいだ。大討伐というイベントに張り切っているのだろう。基本的に先鋒部隊を追いながらの進軍なので、敵と遭遇する可能性は低い。だが、足場の悪い雪山では、遠距離攻撃が得意なウィズが柔軟に動いてくれることで、救助隊の生還率は格段に上がるはずだ。

 

「次は、マチェッタ!」

「は~い! うちの役割は運搬スキルを活かした物資の運搬・管理や。護衛と進路確保、頼んだで!」

「ちなみに物資はギルドからの支給品だ。盗んじゃだめだぞ!」


 そういう彼女の後ろには、荷車が用意されており、回復アイテムだけでなく、食料や燃料が山のように積み込まれていた。また、荷物を下ろせば、けが人を5人までなら運搬できる。これだけの大きな荷車を雪山で操れるのは、行商人であるマチェッタだけだ。

 

「じゃ、レンジ!」

「おうっ! 俺様は得意の索敵スキルで負傷者や遭難者を発見するぜ。ついでに進路確保のための雪かきもな!」

「どっちかっていうと、雪かきの方が主任務になるが……頑張ろうな!」


 いわゆるラッセルという作業だ。こちらもある程度は先鋒部隊の恩恵が期待できる。しかし、徒歩の冒険者と違って、俺達は救援物資を運搬するため、より安定した通路を確保しなければならない。雪の深さはくるぶしが埋まる程度だが、荷車が脱輪しないように雪かきをする必要がある。


「最後に、俺!」

「はいっ! ヒイロ様は、マッピングと進路決定が担当です。あと、平時はレンジさんと一緒に雪かきを、負傷者がいれば治療をお願いします!」

「任せてくれ。第4層は……まあ、いろいろあって……詳しいからな!」


 代わりに俺の役割を確認してくれるウィズ。ちなみに、レンジとマチェッタには、俺が元勇者パーティーのメンバーだということは内緒にしてある。間違いなく、教えても良いことは一つもないからだ。

 

「さて、俺達はこれから、先鋒部隊を追跡しながら、負傷者を救助する」

「どうやってですか?」

「計画では、先鋒部隊は負傷者をパーティー離脱させ、安全地帯で待機させることで、進軍し続けるそうだ。俺達は、安全地帯の負傷者が自力で転移門まで戻れるよう治療を施しながら、可能な限り進軍を続ける」

「なるほど。安全地帯とはいえ、負傷者はダンジョンに取り残されている、ということですね」


 ウィズの顔が曇る。おそらく、これまでの冒険で自分が取り残された時のことを思い出しているのだろう。仲間のために置き去りにされることがどれだけ心細いかは、俺にもよくわかる。


「元気出せよ、ウィズちゃん。そいつらを今から助けに行くんだろ? 君がそんな暗い顔じゃあ、負傷者も不安になっちまうぜ?」

「ほんまや。杞憂は一円の儲けにもならへんからな。商売は足で稼ぐもんや。行動あるのみ、やで?」


 そんなウィズの様子を見たレンジとマチェッタが、彼女に明るく声をかける。ウィズの事情を知らない二人には、彼女が少し心配性なだけの少女に見えたことだろう。だが、彼らの能天気な励ましが、逆にウィズの気持ちを紛らわせたようだ。


「……そうですよね。うん、きっとそうです。私、頑張らなくっちゃ!」

「……よし、心の準備はできたか?」


 俺はそんなウィズ達の様子を見て、ひそかに元気をもらっていた。ウィズは、救助隊の活動を通じて、自分のつらい過去を克服しようとしている。俺と同じ苦しみを分かち合うだけではなく、新たな出会いをバネに前に進もうとしているのだ。そんな彼女を見ていると、俺もあの日のつらい気持ちを乗り越えることができるんじゃないかと思えてくるのだ。


「君たちを連れてきて、正解だったかもしれないな」

「ん?」

「へ?」

「……なんでもない」


 思ったことが、つい口に出てしまったようだ。いけない、このハイエナ達に感謝を述べようものなら、末代までたかられるに決まっている。運よく聞き逃してくれた二人に対し、俺は話をはぐらかす。雪かき用のスコップと地図を抱えて、みんなの先頭に立った。


「よし、それじゃあ救助を始めよう!」



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