5章 雪山からの救助
5-1 ヒイロ、ギルドの依頼を受ける
「ギルドからの依頼?」
いつもの酒場で俺とウィズがまったりしていると、話しかけてくる人物がいた。前回、砂漠で一緒に救助活動をしたマナだ。後ろにはいつも通り、イサミさんが控えている。
「ええ。あなた達の実力を見込んで、ギルドから正式に救助の依頼がありますの」
「ありがとうございます。ヒイロ様、これってギルドが私達のことを認めてくれているってことですよね」
「ああ、そうだな」
前回の騒動で、俺達はギルドからの信頼を勝ち取り、救助隊の解散を免れることができた。これだけでも立派なことだが、まさか依頼までもらえるとは、ギルドはよほど俺達のことを気に入っているらしい。
「はあ、呑気ですわねぇ。依頼をするということは、救助が必要な危機的状況だ、ということですのよ」
ため息をつきながら、マナは俺に一枚の紙を差し出した。俺はウィズにも見えるように、机の真ん中に広げて大見出しを読み上げる。
「どれどれ。……第4層スノウウルフ大討伐……への参加?」
聞きなれない単語に、俺は思わずウィズを見る。だが、彼女もよく知らないようだ。そんな俺達の視線は、説明を求めるようにマナのほうに向けられる。すると彼女は、待っていましたと言わんばかりに嬉々として説明を始めた。
「説明しますわ! 大討伐とは、ギルド選りすぐりの冒険者が集い、特定の強力なモンスターを打ち倒す……いわゆるガチバトルなのですわ!」
「ギルド選りすぐりの冒険者が……とんでもないですね!」
ウィズが目をまんまるに見開く。確かに、ギルドに所属している冒険者の中には勇者パーティーを筆頭とした、凄腕の冒険者達も多い。マナの言う通りなら、大討伐はとんでもない戦いになるだろう。今気づいたが、俺たちよりも先に大討伐のうわさを聞きつけていた何人もの冒険者たちが、マナの話に興味津々で聞き耳を立てている。
「待ってくれ、どうして急にそんな戦いをすることになってるんだ?」
「それは、第4層に突如出現したモンスター……スノウウルフのせいですわ」
マナは真剣な表情で説明を続ける。スノウウルフ……聞いたことがないモンスターだ。確かに第4層は雪風が吹き荒れる高山ダンジョンだが、そこで狼型のモンスターなんて見たことがない。
「何かの間違いじゃないか? 第4層にスノウウルフなんてモンスターは存在しない」
「ヒイロ様、第4層に詳しいんですね」
「ああ。なんせ、かつて俺達が……第4勇者パーティーが踏破した階層だからな」
冒険者が勇者の称号を得るためには条件がある。それは、ダンジョンの階層を踏破することだ。未踏破階層の転移門を初めて見つけた者は、その功績を評価され勇者の称号を得る。俺がかつて所属していたブレイブのパーティーは、第4層の転移門を発見した。これにより、リーダーのブレイブが勇者になったのだ。
「……ん? 待ってちょうだい、ヒイロ。元勇者パーティーの聖職者って、あなたまさか……」
「わーっ! マナさん、それについてはあんまり考えちゃダメですーっ!」
俺の正体に気付きかけたマナを見て、ウィズが慌てて妨害する。そういえば、俺が元勇者パーティーのメンバーだったことは、周りにはあまり知られたくないことなんだった。まあこれは俺の都合だが、確かに話題が俺の過去話に逸れるのは良くない。
「話を戻すぞ。スノウウルフっていうのは、いったい何なんだ?」
「え、ええと……オホン。先日発生した
「
暴走した転移門から出てきたデザートウルフをウィズと一緒に食い止めた時のことは、まだはっきりと覚えている。あの時は、
「知っているなら話は早いですわ。暴走した転移門は一つではなかったの。第3層のデザートウルフが第4層にも移動したんですわ。しかも、新たな環境に適応し、レベルアップしてしまいましたの」
「つまり、新種のモンスターということか」
俺は腕を組んで唸る。階層内でモンスターが移動し、成長することは珍しくない。その場合、環境の変化が大きいほど移動成功率は下がるが、その分レベルアップは大きくなることが多い。様々な経験や学習を経て、たくさんの経験値を得ることができるからだ。
「モンスターのレベルアップって、そんなに恐ろしいものなのですか?」
「上位の階層に移動したモンスター、しかも、砂漠から雪山に適応できたモンスターがどれだけレベルアップしたかなんて、考えたくもないな」
思わず俺がシビアな意見を漏らすと、それを鵜呑みにしたウィズが緊張で体を縮める。だが、俺の予想はそれほど間違ってはいないはずだ。現に、スノウウルフを脅威と判断したギルドが、早々に大討伐を決行しているではないか。
「なるほど、話の全体が見えてきた。そこで俺達は、大討伐で傷ついた冒険者達を救助すればいいわけだな」
「その通りですわ。話が速くて助かりますわね」
改めて、依頼を受けるかどうかを考える。普通の冒険者パーティーなら、ギルドからの直接依頼を断る理由はない。冒険者として箔がつくし、確実に高報酬が手に入る。それに、下手に断れば、ギルドとの不和がどれだけ大きなハンデになるかは言うまでもない。
だが、今回の大討伐は危険な戦いになる。救助隊は箔なんていらないし、報酬にも困っていない。ギルドとの不和なんて、すでに経験済みだ。リスクを冒してまで、ギルドの期待に応える必要があるのだろうか。
「第4層……凍てつく雪山の適正レベルは60だ。俺のレベルはおよそ70、ウィズのレベルは51。ギルドの支援があったとしても、救助活動は常に危険と隣り合わせだ。それでも、頑張れるか?」
「ヒイロ様。私達救助隊は、冒険者達を助けるために存在します。例え、どんなに過酷な環境でも、どんなに強い敵でも、救助隊は負けるわけにはいきません!」
ウィズは、俺の心配を吹き飛ばすほど強く宣言した。彼女の強い意志に、俺は気付かされた……、弱気になっていたのはウィズではなく、俺のほうだったのだ。
「どうやら、決まったようですわね」
「……ああ。救助隊はギルドの依頼を受ける。大討伐で救助活動をする!」
俺がそう宣言すると、周りの冒険者たちが沸き上がった。
「あの救助隊が参加するってよ。心強いぜ」
「隻眼の
「救助隊だけに手柄を取らせるわけにはいかねぇ!」
救助隊の参加を聞いて、酒場が一気に活気づく。どうやら、俺達の活躍はここにいるほとんどの冒険者たちに知られていたようだ。活動を始めたころは、ハイエナとして蔑まれることも多かったが、今やこんなに信頼されるようになっていたとは、気付かなかった。
「ちょっとあなた達! 大討伐の人事係はこのわたくしよ! ヒイロばっかり担ぎ上げないでちょうだい!」
マナが悔しそうに吠えると、たちまち屈強な冒険者たちに取り囲まれてしまう。いい気になった冒険者たちは、彼女がギルドの使者であることなど忘れて肩まで叩いてくる。
「嬢ちゃん、第3層で大活躍だったんだって? ヒイロから聞いたぜ?」
「ギルド長の娘ってだけじゃなくって、度胸もあるらしいじゃないか」
「まだまだレベルは低いようだな。頑張ってくれよ~」
マナはもみくちゃにされて身動きが取れなくなっているが、まあ、なんか、仲良くやってるみたいだしいいだろう。イサミさんもいつも通り穏やかに微笑みながら静観しているし、きっと大丈夫だ。俺とウィズはほっこりしながらその様子を見守った。よかったよかった。
ひと段落ついた俺達に、これまでマナの後ろに控えているだけだったイサミさんが話しかけてきた。
「ところで、ヒイロさん。今回の大討伐では、大変危険な救助をお願いすることになります。そこで、ギルドから助っ人を用意いたしました。なんでも、お二人とお知り合いだとか」
「助っ人?」
おそらく、マナがあんな状態なので、代わりに仕事を進めてくれているのだろう。それにしても、助っ人なんていったい誰だろう。俺達は救助活動を任されているわけだから、きっと戦闘以外のスキルを持った冒険者を紹介してもらえるのだろうが……。それにしても、そんな知り合いがいただろうか?
「なぁ~、ごめんて~。ウチら、ちょ~っとだけ謝礼金をたくさん受け取っただけや~ん」
「だから俺様はやめようって言っただろ……。迷いの森は、もうこりごりだぜ……」
奥から紐につながれて出てきたのは、確かに知り合いだった。
そう、迷いの森で俺達をだまそうとしたハイエナの二人、盗賊レンジと行商人マチェッタだった。
*
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