4-11 エピローグ

「救助隊の取り潰しが、中止になりましたわ!」

「やったぁ!」


 砂漠での救助活動から数日後。再び酒場を訪れたマナは、満面の笑みでそう言う。俺とウィズは手を取り合い、抱き合い、もみくちゃになって喜んだ。


「やりましたね、ヒイロ様! これでもう、ギルドから因縁をつけられることはありませんよ!」

「ああ、救助活動に専念できるぞ。仲介料のことも考えなくていい!」


 結果的に、俺たちの要望がすべて通ったことになる。一時は解散目前まで追い込まれていたことが嘘のようだ。特に、仲介料を無理やり払わなくてもいいという点に関しては、これまで通りのリーズナブルな料金で非救助者の負担を減らせることにつながるから、非常にありがたい。


「ありがとうな、マナ」

「何がですの?」

「マナがギルドの判断に口添えしてくれたんだろ。だって、君はギルド長の娘だからな」

「馬鹿にしないでちょうだい! わたくしは自分の立場をズルに使ったことはなくってよ!」

「え?」


 俺がこっそり礼を言おうとすると、マナが真っ赤になって怒る。どういうことだ、ギルド長の愛娘であるマナのわがままを通す、という形で、救助隊の解散が回避されたわけではないのか?

 

「わたくしは、第3層での出来事を正直に話しただけですわ。あなたの的確な指示でモンスターを倒したこと、流砂におぼれたわたくしを助けてくれたこと、地下迷宮から脱出できたこと……」


 マナは、砂漠での出来事を思い出しながら、しみじみと語る。第3層での冒険は、彼女にとってかけがえのない経験になったに違いない。本人は公平だと言い切ったが、マナ自身も気づいていないところで救助隊の肩を持つような言い方をしただろうことは想像に難くない。

 

「今回の決定は、それを聞いたお父様の判断ですわ。お父様があなたたち救助隊の実力を認めた、ということですのよ」

「そうだったのか……」


 俺はそれ以上は何も言わなかった。きっと、ギルド長……マナの父親の判断を後押ししたのは、成長した娘の姿だったのだろう。そう思えるほど、マナの姿は以前よりもたくましくなっていた。レベルやステータスでは表せない成長を感じるからこそ、その手助けとなった救助隊の実力も認められたのではないだろうか。


「じゃあ……やっぱりマナにお礼を言わないとな。君が救助隊の一員として頑張ってくれたから、俺達は誤解されずに済んだんだから」

「……まあ、そういうことなら、感謝されてあげますわ」


 俺が改まった態度でそういうと、マナは唇を尖らせながら照れ隠しをした。俺と打ち解けて少しは素直になったかと思ったが、やっぱり根は変わらないらしい。だが、初対面の時とは違って、印象はかなりいい。


「イサミさんも、ありがとう。ギルドは俺達の活躍として評価してくれたみたいだけど、やっぱりあなたがいなかったら無事に帰ってこられなかったよ」

「私はマナお嬢様の使用人です。先ほどのお嬢様へのお礼の言葉だけで十分ですよ。……ええ、本当に」


 イサミさんは相変わらずマナの後ろで穏やかに笑っている……だが、とんでもない感謝の気持ちを感じるのはなぜだろうか。もしかして、マナが危険な目にあった責任を、雇い主であるギルド長に相当問い詰められたのだろうか。だとすれば、マナの命の恩人である俺は、イサミさんの命の恩人でもあることになる。


「それにしてもお二人とも、わざわざそのことを知らせに来てくださったんですね。お忙しいでしょうに、引き留めてしまってすみません」


 そういえば、マナ達は俺達に解散を言い渡すときも、酒場まで足を運んでくれた。俺たちは救助隊を名乗ってはいるが、ギルドに登録された1パーティーに過ぎない。有事の際は、ギルドに呼び出されるのが普通だ。


「それは……ですわ……」

「え? 何ですか?」


 なぜか口ごもるマナ。ウィズは彼女に向かって耳を近づけるが、それでもよく聞こえないようだ。


「マナお嬢様、もっと大きな声で言わないと、皆さんに聞こえませんよ」

「わ、分かってるわよ、イサミ! ……でも、その……」


 イサミさんの後ろに隠れようとするマナだが、阻止され、背中を押されてしまう。しばらく呻いていた彼女だったが、意を決してこちらに向き直った。あまりに強い意志のせいで、もともと吊り目だったのがさらににらみつけるような目つきになってします。


「……ま、また、二人と一緒に冒険に行きたいんですの!」

「……え? 俺達と?」


 俺とウィズは思わず顔を見合わせて……イサミさんの顔を見て……イサミさんが何も言わないので、マナの顔を見た。


「わたくし、ほかにお友達がいなくて……でも、二人は対等に接してくれて……その、嬉しかったんですの」

「そうだったんですか……」


 マナは恥ずかしそうにそう言った。ただでさえ、冒険者の街にはマナのような少女は少ないため、同い年の友達を作るには苦労するはずだ。実際のところ、若い女性冒険者であるウィズだって、マナよりもひとまわりお姉さんだ。そのうえ、ギルド長の愛娘であるマナと対等に話せるような冒険者はいないだろう。

 

「ヒイロ様、いいですよね?」

「ああ、もちろんだ」


 ウィズがねだるように俺をじっと見つめる。俺は大きくうなずくと、マナに笑いかけた。マナやウィズに頼まれるまでもなく、彼女は既に一緒に救助活動をした仲間だ。

 

「じゃあ、マナを救助隊名誉隊員に任命する! これからもよろしくな!」

「よかったですね、マナさん!」

「め、名誉隊員ってなんですのよ! ……ふふ」


 これをきっかけに、マナはたまに酒場に遊びに来るようになった。そのたびに回復薬をしこたま買い込む羽目になるわけだが、俺のウィズも文句は言わなかった。



 *



 ここは冒険者ギルドの大会議室。


「と、いうことでだ。救助隊の解散は取りやめになった。異議は認めん、俺の決定だからな」

「……」


 上座に座るギルド長が満足そうにそう宣言すると、議員たちは安心して姿勢を崩した。だが、この議決に納得しないものが一人だけいた。そう、副ギルド長だ。


「本当によろしいのですか。救助隊を野放しにすれば、ほかの救助活動を行う冒険者たちの権利が……」

「実をいうとな、俺は仲介料システム自体に疑問があるんだよ。ハイエナを養うだけのあのシステムに、な」

「あれをなくすおつもりですか?!」

「そこまでは言ってねぇよ。実際、仲介料はギルド運営の重要な資金源になってる」


 ギルド長はそこまで言うと、うなりながら腕を組んだ。確かに、冒険者ギルドは冒険者達を助けるための互助組織だ。だがそれ以前に、冒険者たちが換金したドロップアイテムなどを外部と取引することで利益を得る営利組織でもあるのだ。つまり、組織維持のために金儲けのシステムが必要なのである。


「だが、仲介料システムが新米冒険者たちを食いつぶしてるのも事実だ。まあ、遅かれ早かれ、あのシステムにはメスを入れる必要がある、ってこったな」


 なおも言い返そうとする副ギルド長に、ギルド長がにらみを飛ばす。彼の殺気は、飛竜をも落とすと恐れられたほどだ。副ギルド長とて相当の実力者ではあるものの、ギルド長の凄みにはかなわず、言葉を失ってしまう。

 

「おい、イサミ! お前から見て、救助隊ってのはどうだった?」


 次にギルド長が話を振ったのは、席に座っているイサミだ。今、彼のそばにマナの姿はない。彼は使用人ではなく、議員としてこの場にいるのだ。

 

「善人、という感じでした。リーダーの頭はそれなりにキレますが、詐欺師には向かないでしょう」

「ガハハ、そういうやつが一番めんどくせぇんだよな!」


 そんな悪態をつきながらも、ギルド長の機嫌はすこぶる良い。どうやら、イサミの報告のおかげで救助隊は彼のお眼鏡にかなうことができたようだ。一方で、副ギルド長の機嫌はますます悪くなる。彼がイサミをにらみつけると、イサミはとぼけたように首をかしげて見せた。近くで見ていた者なら、副ギルド長による裏取引とイサミによる裏切りがあったことに気づいたかもしれない。

 

「お嬢様も、救助隊との冒険を楽しまれたようですよ」

「聞いたぜ。お前が付いていながら、マナは死にかけたそうじゃねぇか」

「……」

「マナは8歳で俺に武器をねだった。その時から、あいつは冒険者だ。命を懸けて冒険をする権利がある」

「……ほっ」

「それはそうと、イサミ。あとで訓練所に来い。俺が手合わせしてやる」

「……承知しました」

 

 常人にとっては死刑宣告に等しい約束だ。さすがのイサミも深くため息をつく。もし、ギルド長の機嫌が少しでも悪かったら……もっとコテンパンにされていたかもしれない。

 

「さて、次の議題が最後だ。先日、暗殺者シンと大魔道メイメイによって抑えられた襲撃レイドについてだが……」


 ギルドの会議は続く。議題はどれも、冒険者たちの命運を左右するような重要なものだ。それらと比べれば、救助隊の話題など、所詮は世間話に過ぎないのである。

 


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