4-10 ヒイロとマナ、ウィズ達と合流する

「うわあああああああああっっっ!!!」

「きゃあああああああああっっっ!!!」


 俺とマナは、激流の中をなすすべもなく押し流されていく。あいまいな視界の中で、建物の赤い非常灯が遠ざかっていくのが見えた。真っ暗な砂の中を進むと、向かう先にまばゆい光が見える。俺の先を行くマナの姿が、その光の中に消えていく……。


「太陽の光? 地上に出られたのか?!」


 次の瞬間、俺の体は宙を舞った。地下から噴き出した水の流れに押されて、地上に放り出されたのだ。その高さは、ざっと見積もって10メートルはあるだろう。


「このままでは、地面にたたきつけられて死んでしまいますわ! 早く次の案を……」

「ごめん、マナ。こんな状況は想定していなかった!」

「ヒ、ヒイロ~~~~~~~~~っっっ?!?!?!」


 マナの涙が風にあおられ飛んでいく。俺を信じてくれたマナには申し訳ないが、俺にはどうしようもないのだ。せめて、俺の防御魔法でマナだけでも助けられないだろうか。いや、着水ダメージならともかく、着地ダメージを軽減するのは難しいだろう。


 出来ることは全てやった。俺たちの命運は……ここまでか……。

 

「ヒイロ様、任せてくださいっ……小風刃!」


 その時、聞きなれた声と同時に、無数の風の刃が飛んできた。風は俺の体にまとわりつくと、皮膚を小さく切り刻む……だが、そのおかげで、着地直前に落下速度がほぼゼロにまで軽減される。これなら、無事に着地できる!

 

「……イテッ!」

「あっ、ごめんなさい! 風魔法は苦手なので……」


 相殺しきれなかった落下の勢いで、俺はしりもちをついてしまった。よろめきながら立ち上がる俺に、一人の女魔術師が駆け寄ってきた。……ウィズだ。


「ウィズ、ありがとう! 君がいなければ、死ぬところだったよ!」

「もう、いきなり砂漠に水柱が立った時は、びっくりしたんですからね! まさか、一緒に飛び出してくるなんて、思いもしなかったんですから……ぐすん」


 ウィズが鼻水を垂らしながら、俺をポカポカと殴ってくる。その腕力は貧弱なもので、水のジェットコースターでフラフラな俺でも笑って受け流せるくらいだ。しかし、俺達のことをよっぽど心配してくれていたことは十分に伝わった。


「そういえば、マナは? 彼女もウィズが助けてくれたのか?」

「いえ、マナさんの方には、イサミさんが……」


 そう言った俺たちのそばに、イサミさんがものすごい勢いで落下してきた。音もなく着地した彼の腕には、マナが抱えられていた。


「ふう。おかえりなさいませ、マナお嬢様」

「……ふえぇ」


 マナは、借りてきた猫のように固まり、謎のうめき声を漏らすだけだった。それもそうだ、かつて勇者パーティーにいた俺だって、今回以上に死を身近に感じたことはない。イサミさんに下ろされた後も、彼女の脚は生まれたての小鹿のように震えていた。


「マナも無事そうだな。一時はどうなるかと思ったが……とりあえず、合流できてよかった」

「はい、本当に良かったです。あの時、イサミさんの機転がなければ、ヒイロ様達は流砂におぼれていたかもしれませんもんね」


 ウィズに言われて、俺は地下迷宮に迷い込む直前のことを思い出す。マナを助けるため、俺は流砂に飛び込んでいった。そうして動けなくなった俺たちが助かったのは、イサミさんの強力なスキルが一時的に地形効果を無効化してくれたからだ。さらに、彼のはなった2撃目は、強化されたデザートモールを凌ぐ威力で地下迷宮に穴をあけたのだ。


「イサミさん、俺たちが助かったのはあなたのおかげだ。ありがとう」

「滅相もありません。マナお嬢様を救助して下さったのはヒイロさんです。ギルド長に代わってお礼を申し上げます。ほら、マナお嬢様も」


 イサミさんが俺に向かって丁寧にお辞儀をする。それを見たマナも、慌てて頭を下げた。


「わ、わたくしからも、無事に地上に連れ帰ってくれたことに感謝いたしますわ。それに、大事なことも教えてくれましたし……」

「大事なこと? ああ、貯水槽でのお説教のことか……」

「ヒ、ヒイロ! お願いだから、みんなには言わないで!」

「え、どうして……うぐっ!」


 俺がうっかり話してしまいそうになると、マナは動転して俺に体当たりをかましてきた。予想外の一撃に、俺はマナを巻き込んで砂の上を派手に転がる。話についていけないウィズは、俺を心配しながら質問攻めにし、少し離れたところにいるイサミさんは、相変わらず穏やかに笑うばかりだ。


「大事なこと? ヒイロ様、マナさんと二人っきりの地下迷宮で、一体何があったんですか?!」

「ふふふ。大人になられましたね、マナお嬢様」

 

 なぜかやきもちを焼くウィズには、帰ったらきちんと説明しなければならない。



 *



 さて、帰るまでがダンジョン探索だ。無事、地下迷宮を脱出できた俺とマナだが、まだ第3層から脱出できたわけではない。イサミさんという強力な前衛職がいるとはいえ、油断せず、かつ進軍速度を遅めず転移門までたどり着かなければならない。

 

「イサミさん、1つ気になったことがあるんだけど」

「何でしょう、ヒイロさん」


 俺は、ウィズとマナが離れたタイミングを見計らって、イサミさんに話しかけた。彼は砂漠の暑さの中でも全く疲れを見せることなく、しっかりとした足取りで先頭を歩いている。ただの使用人なのに、砂漠を歩くことに慣れているかのような所作だ。


「俺とマナが流砂に呑まれた時、イサミさんはスキルを使って助けてくれたよな」

「ふむ、何のことやら?」

「……もしかして、聞かれたくないことだったか?」

「安心してください。本当に聞かれたくないことは、もっとうまくはぐらかしますよ」


 イサミさんは相変わらず穏やかな雰囲気を崩さないが、話したくない話題だったのだろうか。もしそうなら、無理に聞き出すことでもないから、ここで話を終わりにしてもよかった。だが、俺の心配を察知してか、彼はそれ以上抵抗することなく素直に話してくれた。


「私の職は大剣豪……つまり、剣使い職の上位職です。あの時のスキルは、上位職のみが習得可能なものです」

「そ、そうだったのか……」


 イサミさんの意外な実力に、俺は生唾を飲み込んだ。上位職になるには、1つ目の職でレベル75以上になるのが条件だ。つまり、彼の冒険者としての実力は、レベル60台の俺よりもはるかに上となる。何なら、俺の見立てでは、同じ剣使い職の上位職である暗殺者シンや聖騎士パラディナよりも格上ではないかと感じられるくらいだ。


「今の答えで、ヒイロさんの疑問を解決することは出来ましたか?」

「うーん、実はもっと踏み込んだことを聞きたかったんだけど……だめかな?」

「構いませんよ。あなたはお嬢様の命の恩人ですから、特別です」


 イサミさんが優しく微笑む。その表情からは、警戒心は伝わってこない。それなら、彼の譲歩に甘えて、素直に気になったことを聞いてみよう。


「あの時、イサミさんのスキルが的確すぎるように感じたんだ。まるで、流砂の下に地下迷宮があることを知っていたような……、その深さや、壁の強度を熟知していたような……」


 俺は慎重に本音を口にした。イサミさんが放った剣神の舞は周囲の流砂を根こそぎ吹き飛ばし、神速突きは轟音とともに足場を突き崩した。どちらも、俺達が流砂に呑まれるまでのわずかな時間の中で、的確に退路を確保する行動だった。

 

「イサミさん、あなたは第3層を熟知している。俺が知る限り、渇きの砂漠にこんなに詳しい冒険者はいない」


 流砂が出現したとき、誰よりも早く察知したのはイサミさんだった。流砂の情報は、冒険者の中にも知らないものが多い。現に、ベテラン冒険者である俺はその噂を知っていたが、ウィズは知らなかった。しかも、俺ですら自身の足が沈んでやっと気づいたくらいなのに、イサミさんは遠目で見ただけで判断したのだ。


 自慢じゃないが、勇者パーティーにいたころは、俺だって飽きるほど第3層でトレーニングを積んだ。景色の変わらない砂漠のどこにモンスターの巣があるかも暗記しているくらいだ。だが、イサミさんの知識量と経験量は、そんな俺をはるかに超えるものだ。


「イサミさん、あなたは本当にただの使用人なのか……いや、ただの冒険者にしたって不自然すぎる。これほど第3層に詳しい冒険者なんて、渇きの砂漠を踏破した第3勇者くらいしか……」

「ヒイロさん」


 イサミさんの声に、俺ははっとした。しまった、図星をついて困らせてしまったか。でも、ここまで推理をしたんだから、確かめずに終わらせるのは惜しい気がする。 ……しかし、俺はイサミさんの反応を見て、すべての思考を放棄させられる。


「しー、ですよ」


 これまで温厚な態度を崩さなかったイサミさんが、初めていたずらっぽく笑ったのだ。ウィズ達からは見えない角度で、俺に向かって人差し指を立てて見せる。その動作は、すさまじい剣技からは想像できないほど……女性的だ。


「え、まさか……?! え、ええっ?!」

「うふふ」


 イサミさんは、あっという間に元の温厚な表情に戻ると、謎の笑みを残して先に行ってしまった。いや、びっくりした俺が、膝から崩れ落ちたのだ。遠くで戯れていたウィズとマナが、何事かと俺に駆け寄る。


「ヒイロ様?! どうしたんですか?!」

「ま、まさか、また流砂に足を取られたんですの?!」


 右をウィズ、左をマナに支えられながら立ち上がろうとするが、腰が抜けて足に力が入らない。砂漠だというのに、氷の上に立っているかのようだ。ま、まさか、あんなに強くてかっこいいイサミさんが、お、女?!


「ちょっと、イサミ! 笑っていないで、あなたも手伝いなさいな!」

「はい、お嬢様」


 結局、イサミさんの強さの秘密ははぐらかされたまま、ダンジョンを抜けることになった。だが、代わりに彼の……いや、彼女のとんでもない正体を知ってしまったのだった。



 *


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