4-9 決死の脱出大作戦

「作戦は、さっき言ったとおりだ!」

「いつでもよろしくてよ!」


 あの後作戦会議を終えた俺たちは、各自持ち場につく。俺は外に通じる扉の前、マナは制御室だ。


「まずは、この扉を開かなきゃいけない。そのためには……小強化アタックゲイン!」


 俺が唱えた小強化は、味方の攻撃力を上げる補助魔法だ。扉が開かないなら、破壊してしまえばいい。イサミさんのスキルが建物を破壊できることは確認済みだ。


 だが、強化するのは俺自身でもマナでもない。どちらも攻撃ステータスが低く、強化しても扉を破壊できる攻撃を出せないからだ。


 だから、俺は扉の向こうにいるモンスターに補助魔法をかけた。


 ず……ずず……。


 扉の向こうで蠢いていたモンスターが激しく身を捩る。補助魔法の効果が現れたようだ。俺たち冒険者に襲いかかろうと扉を攻撃する。しかし……。


『非常扉に損傷発生。直ちに壁面の自動修復システムが作動します。繰り返します……』

「だめだ、扉の傷が塞がっていく。モンスターの攻撃力よりも建物の修復能力が上回っているんだ」

 

 この現象はイサミさんが貯水槽に穴を開けたときにも見たものだ。どうやらこの建物には、ダメージを受けると自動回復する機能が備わっているらしい。


「なら、仕方ないか……中強化ミドルアタックゲイン!」


 俺はより強い補助魔法をモンスターにかけなおした。敵を強化しすぎるのは怖いが、背に腹は代えられない。モンスターの動きは更に激しくなり、扉は回復が追いつかず徐々に壊れていく。

 

「よし。あとは、モンスターが何回か攻撃してくれれば、扉は壊れる」


 あとは、俺が制御室に戻り、モンスターが扉を破壊した頃を見計らって、マナが貯水槽に給水を始めるだけだ。すると、溢れ出した水が排出される勢いで、砂とモンスターが押し出される。無事、外に通じる道が完成するというわけだ。


「ヒイロ、早く制御室に入ってちょうだい」

「わかった! でも、最後に外の様子を伺って……うわっ?!」


 俺は扉に聞き耳を立てようとしたが、できなかった。扉がとんでもない勢いで吹き飛んだからだ。モンスターの攻撃があまりに激しすぎたため、扉の蝶番が弾け飛んでしまったのだ。


「ヒイロ、何がありましたの?!」

「モンスターが入ってきた! 敵を強化しすぎたんだ……」


 砂と一緒に勢いよく入ってきたモンスターは、俺の姿を見ると立ち上がり、ギロリと睨んでくる。人間と同じくらいの大きさをしたモグラ……デザートモールだ。このままでは俺はやられてしまうし、マナも襲われてしまう!


「マナ! 今すぐ制御室の扉を閉めて、貯水槽の水を流すんだ!」

「あなたはどうするんですの?!」

「……モタモタしていると、制御室の扉も壊されるぞ!」


 外への扉をやすやすと壊すほどの攻撃だ。制御室の扉も同じように壊されてもおかしくない。それに、制御室という安全地帯を失えば、水圧作戦の実行は出来なくなる。


「マナ、俺のことはいい、早くするんだ!」

「わたくし……」


 マナは俺の必死な姿を見て、迷っているようだった。だが、迷いは命取りになる……そのことを、これまでの冒険で彼女は嫌という程思い知らされているはずだ。


「ヒイロは……流砂に溺れるわたくしを見て、迷わず救助に来てくれましたわ」

「……マナ?」


 マナが迷ったのは一瞬だった。彼女は自分の言葉に納得したように、ぱっと顔を上げた。


「わたくしにも、できることがありますわ……っ!」


 マナはそう言うと、あろうことか制御室から飛び出してきた。彼女はなりふりかわまず俺の前まで走ってくると、大きく両手を広げる。デザートモールから俺を庇うような位置取りだ。


「な、何やってるんだ?!」

「ヒイロ! わたくしに防御魔法を!」


 マナが俺に向かって叫ぶ。その向こうで、デザートモールが大きく前足を振り上げた。まずい、まともに食らったら、大ダメージは確実だ。


「間に合えっ! 中障壁ミドルプロテクションっ!」


 俺がマナに補助魔法をかけ終わると同時に、デザートモールの攻撃が彼女を襲う。その前足は短いが丸太のように太く、砂をかき分けるための鋭い爪が付いている。果たして、レベル1の彼女に耐えられるのか……?!


 ガキンッ!


「モンスターの爪が……折れた……!」


 マナのドレスに触れた瞬間、デザートモールの爪が折れた。まるで、硬い岩に叩きつけられたように、根元からポッキリと、だ。


「わ……わたくしのドレスは、お父様が長斧と一緒に揃えてくださった特注品ですわ!」


 マナが威勢よく叫ぶ。思わぬダメージを受けたデザートモールは、悲鳴を上げながらのたうち回った。まさか、マナのドレスがこれほど高い防御力を備えているとは思わなかったのだろう。俺だってそうだ。


「マナ、大丈夫か?!」

「え、ええ。ご、ご覧の通り、け、怪我ひとつなくってよ」

「敵が怯んでいる今がチャンスだ。制御室に戻るぞ」

 

 俺とマナは、デザートモールに背を向けて、一目散に制御室に駆け込んだ。扉を閉め、急いで光る板を操作すると、貯水槽から水があふれるとが聞こえてきた。これで、なんとか計画を軌道修正することができた。


「ありがとう、マナ。君の装備のお陰で助かったよ。それにしても、どうして防具のことを先に教えてくれなかったんだ?」

「……ふえぇ」

「マナ? どうした……、わっ、泣いてるのか?!」


 俺がマナに話しかけると、彼女は緊張の糸が切れたかのように一気に泣き出した。まさか、俺が何か泣かせるようなことを言ったのだろうか……。


「怖かったですわ……モンスターが目の前にいて……こんな怖いのは初めてで……」


 マナは震える自分の体を抱きしめていた。そうだ、彼女の言う通りだ。いくら強い防具を身に着けていても、彼女は新米冒険者だ。自分よりも大きなモンスターの攻撃を受け止めるのは、相当怖かっただろう。


「マナ……ごめ……、いや、ありがとう。君が勇気を出してくれたから、俺は助かったんだ」


 俺はマナの背中を優しくさすった。すると、ひとりで震えていた彼女は、俺の胸に飛び込んできた。泣きじゃくる彼女の姿は、年相応の女の子に見えた。


「砂が完全に押し流されるまで、まだ時間がある。好きなだけ泣いていいんだそ」

「ううっ……ひっく……」


 俺は腕の中でマナを休ませながら、扉の外に聞き耳を立てた。排水が始まってすぐに、廊下が水で満たされる。しばらくすると、栓がぬけたように水がスムーズに排水されるようになった。どうやら、脱出経路が確保されたようだ。


「マナ、落ち着いたか?」

「ええ……。おかげで立ち直れましたわ」

「じゃあ、貯水槽の水を止めて、外に出よう。うまく地上に出られるといいんだけど」


 俺は扉の前を離れて、光る板の操作に向かおうとした。だがその時、不穏な気配に気づいたのだ。


「もしかして……、扉が軋んでいないか?」

「えっ?」


 俺はすぐに、制御室の扉を確認した。外開きの扉は、水圧のおかげで固く閉ざされ、この部屋を守っている。だが、蝶番の部分をよく見ると、今にも弾け飛びそうになっているではないか。


「まさか、さっきのモンスターがまだいるんですの?!」

「いや、やつはとっくに排水に押し流されているはずだ。もしかして、水圧に耐えきれなかったのか?!」


 考えられる理由としては、本来速やかに外扉から排出される水が、廊下に押し留められたせいで水圧を増し、制御室の扉に想定外の負荷を与えていた、といったところか。


「まずい、早く水を止めるんだ!」

「わかりましたわ、今すぐ……っ」


 マナが言い終える前に、制御室の扉が吹き飛んだ。同時にものすごい勢いの水が流れ込んでくる。水を止めるのが間に合わなかったのだ。


「大丈夫か、マナ!」

「問題ありませんわ! でも、光る板が……」


 マナの視線の先で光る板が濁流に呑まれる。水の中であちこちにぶつかった板は、故障しかているのか不規則に点滅している。


「今なら間に合いますわ……」

「でも、もう膝の高さまで水位がある!」

「このくらいの深さ、大したこと……」

「だめだ! この流れだと、転んだら起き上がれない。十分に溺れ死ぬ深さだ!」


 溺れる、と聞いて、流砂で溺れかけたことを思い出したのか、マナは大人しくなった。俺はマナを支えながら、水流の直撃を避けるため出入り口のすぐ横に移動する。遠くで光が消えるのがみえた。おそらく板はもう使えない。


「早くここから出ないと……!」

「水が流れ込んでいるうちは、外に出られない! だから、水位が出入口と同じ高さになるまで待つんだ!」


 あっという間に水位は上がり、俺の足が床から浮かび上がる。俺はマナが流されないように捕まえながら、出入り口付近の突起にしがみついた。ここからは……時間との勝負だ。


「最後に残った空気を吸って、部屋から出るぞ!」


 その言葉を最後に、俺は浮力に抗いマナを引き寄せ、なんとか廊下に押し込む。すると、彼女の体は猛スピードの排水に乗って、外へと押し流されていった。


 残された俺も、最後の力を振り絞って部屋を出る。たちまち、抗えない濁流に体の自由を奪われ、めちゃくちゃに弄ばれる。


 辿り着く先がまた流砂でなければいいのだが、それだけを願いながら俺は流れに身を任せた。



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