4-8 人工迷宮の探索
「任せろ、俺が必ずマナを連れて帰ってやる。帰るまでがダンジョン探索だ!」
俺が手を差し出すと、マナが笑顔で握り返してくる。2人で謎の地下空間を脱出するんだ……そんな勇気が湧いてきた。
「まずは状況確認だ。……と言っても、この空間が何なのか、さっぱりわからないぞ」
「ええっと……第3層の、砂漠の、流砂の、下の、穴の、中の……」
マナが呪文を唱え始める。ここに来る時は、流砂の下にある謎の構造物に穴を開けて飛び込んだ。つまり、真上には強固な天井と、恐ろしい流砂があることになる。
「来た道を戻ることはできないか。別の出口を探すしかない」
「そんなぁ……」
「でも、穴の中は砂漠と違って涼しいし、長時間の探索も問題なさそうだ。あ、そういえば」
俺は、部屋に明かりがついたときの事を思い出した。確か、どこからともなく女性の声が聞こえてきたのだ。もしかして、この部屋の何処かに声の主がいるのではないだろうか。
「おーい、さっきの声! 助けてくれ!」
『エラー。本システムは、対話機能を持ちません。係員に直接お尋ねください』
「ここから出る方法を知りたいんだ! 俺たちに敵意はない!」
『エラー。本システムは、対話機能を持ちません。係員に直接お尋ねください』
俺の呼びかけに、謎の声が反応した。しかし、同じフレーズを繰り返すだけで、まともな会話にならない。
「だめですわね。一体何を考えているのかしら」
「もしかしたら、ただの使い魔のようなものかもな」
理屈は全く分からないが、声の主に力を借りることは出来なさそうだ。あきらめて、俺は広い部屋をぐるりと見回す。下には貯水槽があるだけだ。今いる通路の先には……扉がある。珍しく、部屋の外に開くタイプの扉だ。
「あの扉、きっと外に繋がっているに違いありませんわ!」
「わからないが、他に進める道はなさそうだな。俺が先頭を歩くから、マナは後方の警戒を頼む」
「わかりましたわ。でも、もし敵が出たら……!」
「今の俺たちには、逃げることしかできない。扉を開けるぞ……」
俺はダメージ技を持たないし、マナは武器がない。この貯水槽ではモンスターに出くわさなかったが、この先にいるとしたら……考えたくもない。意を決して扉をわずかに押し、隙間から向こうの様子を覗く。
「ねえねえ、扉の向こうには何がありましたの?」
「暗い空間だが、足元に真っ赤な灯りがいくつもある……下り階段があるが、砂に埋れて進めないな。他に、横に向かう扉がある……。モンスターは見当たらない」
俺はゆっくり扉の外に出た。モンスターが襲ってくる様子も、罠が作動する様子もない。先が気になって仕方ない様子のマナをこちらに呼び寄せ、扉を閉める。
「壁も明かりも、明らかに人工物ですわ。誰がダンジョンにこんなものを作ったのでしょう……?」
「素材も工法もわからないな。どうやって作ったんだ……?」
俺は階段の前を素通りして、扉を押し開けた。今度は長い廊下が現れる。突き当たりに大きな外開きの扉があるが、廊下の途中にも小さな外開きの扉がある。
「どっちの扉から手を付けたものか」
「モンスターがいないのは安心ですけれど、不気味ですわね」
「小さい扉は物音はしないな。大きい扉は……待て、扉の向こうに何かいるぞ」
「えっ……?!」
俺は扉に聞き耳を立てながら、マナに静かにするよう身振りで伝えた。彼女はは真っ青な顔で、俺と同じように扉に耳を当てる。
ず……ずず……、ずす……。
「中型のモンスターって感じですわね。でも、なんだか音がこもっていますわ」
「おそらく、扉の向こうは砂に埋もれているんだろう。扉が外開きだから、砂の重さで扉が閉まっているんだ」
「なら、このままでは先に進めませんわね……」
「だが、外に通じているということでもある。この建物は密室ではないってことがわかった」
俺は大きい扉から離れて、小さい扉を開けた。
「……光る……板?」
扉の先は小さな部屋になっており、中央には机があった。そこに、長さ1メートルほどの板が立っていたのだ。板は一面だけが光っており、図形のような模様が浮かんでいた。
「こんなに強く光る魔道具は見たことがありませんわ。一体何で出来ているんですの?」
「あっ、触らない方が……」
興味津々のマナが、不用意に箱に触る。正体不明の魔道具は爆発……なんてことはなく、俺は一安心する。本人は気をつけているつもりなのだろうが、彼女の警戒心のなさにはヒヤヒヤさせられる。
「見て下さいな、ヒイロ! わたくしが触れたところが赤く光りましたわ!」
「本当だ。それにこの図形は……もしかして、この建物の地図か?」
俺はマナの隣から光る板を覗き込んだ。地図によると、このフロアにはは大部屋、小部屋、外階段への出口が描かれていた。砂が詰まっていた下り階段には「lost」と表示されており、下の階は地図自体がない。
「大部屋は俺たちが落ちてきた貯水槽、小部屋はこの部屋だろう」
「ではやはり、砂が詰まった大扉は外に通じているのですわね」
「そうだな。階段の「lost」ってなんだろう?」
「もう一度、指でつついてみれば……キャッ!」
またもやマナが不用心に板に触る。すると、今度は触れた部分が赤く光るだけでなく「close」に変化したのだ。思わぬ反応に驚いたマナは、跳び上がって俺にしがみついてくる。
「こら! 触るときはせめて俺に相談してから……ん?」
「……と、遠くから、音が聞こえますわ」
俺とマナは、光る板の前でみっともなく身を寄せ合う。謎の音は2か所から聞こえた。1つは俺たちが素通りしてきた下り階段、もう1つは貯水槽からだ。まさか、モンスターが潜んでいたのだろうか。
「確かめに行こう。もし音の正体がモンスターなら、戦闘以外の対策が必要だからな」
「そ、そんなぁ……ですわぁ……」
だが、俺の心配は杞憂に終わった。まず、下り階段のあった場所に戻ってみると、さっきまではなかった壁と同じ材質のシャッターが出現しており、通路を塞いでいたのだ。
「こ、こんな壁、さっきはありませんでしたわ!」
「建物自体が変形するのか。頑丈で全く隙間がない……防水仕様か?」
次に、貯水槽を確認する。こちらは階段と違い、低い音が鳴り続けていた。音の正体は、配管から降り注ぐ大量の水だった。そのすさまじい量は、巨大な貯水槽の水面がぐんぐん上昇するほどで、俺たちが立っている通路は浸水しはじめている。
『貯水限界を超えました。速やかに制御室で給水を停止してください』
「……こ、このままだと、どうなるんですの?」
「……貯水槽が破裂するか……この建物が水没するか……」
「た、大変ですわ! そうですわ、さっきの光る板を叩けば元に戻るかも……」
「おい! だから勝手に動き回るんじゃ……もぉ~!!!」
一目散に小さな部屋へと戻るマナを、愚痴をこぼしながら追いかける俺。俺が追いついた頃には、彼女はすでに光る板を操作しているところだった。彼女が板に触れるたびに、貯水槽が唸り、階段の扉が自動開閉する音が聞こえる。
「やっぱり! 地図を触ると、水が増えたり止まったり……扉が開いたり閉まったりしますわ!」
「色々発見してくれるのは嬉しいけど……マナは本当に命知らずだなぁ……」
これまでウィズのことをお転婆だと思っていたが、マナに比べたら大したことはない。どうやら、考えを改めなければいけないかもしれない。
「どうやら、給水と階段の閉鎖は連動しているようですわ。一体どうして?」
「おそらくだが……貯水槽から水が溢れたときの対策だろう。マナは、これまでの扉の開き方で気づいたことはないか?」
「え? 水が溢れることと、扉の開き方が、関係ありますの?」
マナは首を傾げる。そういえば、後ろに控えていた彼女は、一度も扉に触ることがなかったのだ。気づかないのも無理はない。
「貯水槽の扉は外開き、つまり、溢れた水の水圧で開く。廊下への扉や外への扉も外開き、つまり水圧で開く」
「貯水槽から外までの水の流れが出来ましたわ!」
「一方で、階段の扉は防水シャッター、この制御室も……ほら、外開きになってるから、外から水圧がかかれば開かなくなる」
「溢れた水は、下のフロアや制御室には行かず、外に排出される仕組みになっているのですわね」
おそらく、事故などを想定してこんな作りになっているのだろう。俺の仮説に、マナが手を打って納得する。
「でも今は、肝心の外への扉は砂で開きませんわ。やはり、急いで水を止めて正解でしたわね」
「……いや、この仕組みを利用すれば、俺たちは外に脱出できるかもしれない」
「だ、脱出?!」
俺の意外な言葉にマナが驚く。俺にはとある脱出計画が思い浮かんでいた。だが、この計画はリスクの大きいものだ。しかも、実行中にあんなハプニングが起こるなんて……今の俺には予想すらできなかった。
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