4-7 マナ、本音を打ち明ける

「……ロ……ヒイロ……!」

「ん……あれ、俺なんで水の中にいるんだっけ?」


 気が付くと、俺はマナと一緒に穏やかな水面に浮かんでいた。隣でマナが必死に俺の頭を支えてくれている。そのおかげで、俺はかろうじて息ができる姿勢を保っているのだった。


「重い……早く自力で壁につかまってちょうだい……」

「す、すまない! 壁……これか?」


 俺は暗闇の中で、自分の前にある硬いものに触れた。壁は垂直にそびえ立っており、凹凸が一切ない。手のひらの摩擦でかろうじて体勢を維持することができるが、登るのは無理そうだ。


「流砂の下にこんな空間があったなんて……。それにしても、暗くて何も見えないぞ」


 俺はつかれたマナを休ませながら、手探りで周囲の様子を把握しようとする。だが、手に触れるのは水と硬い壁だけだ。これでは探索のしようがない。


 すると、俺の動きに反応したかのように、謎の女性の声が鳴り響いた。


『予備電源を作動します。水質汚染の原因になるため、水槽から速やかに退出してください。繰り返します……』


 同時に、天井から光が降り注ぐ。上を見上げると、日光ではなく、無数の灯りが天井に埋め込まれているのが見えた。


「きゃっ! 急に何ですの?!」

「魔法か? 女性の声が聞こえたが……高位の魔術師がいるのか?」


 突然の出来事に、俺とマナは驚く。明かりのお陰でこの空間の隅々まで見渡せるようになったが、声の主の姿は見えない。どこかに隠れているのだろうか。


「ヒイロ、あそこにハシゴがありますわ! 水から出られるんじゃないかしら?」

「本当だ。とりあえず、行ってみよう」


 俺達はハシゴまで泳いで行き、上に登った。はじめに俺が通路にでて様子をうかがう。どうやら、この部屋自体が大きな水槽になっていて、その四辺を通路が囲んでいるようだった。モンスターはおろか、人の姿すらない。


「安全みたいだな。マナ、上がってきても大丈夫だぞ」

「う、腕が……引き上げてちょうだい」

「よし、せーのっ!」


 気絶した俺を支えていたせいで、腕が疲れ切っているらしい。俺はマナの腕を掴むと、一気に引っぱった。彼女の体は思っていたよりも軽く、すんなりと引き上げることができた。


「……あれ? マナ、砂漠で使っていた長斧はどうした?」


 俺はふと違和感に気づく。よく見ると、マナは何も武器を装備していない。だから、水から軽々と引き上げるのができたのだ。


「……捨てましたわ。水の中に」

「どうしてだ? あんなに立派な武器だったのに」

「……命には代えられませんわ。それに、あなたを見捨てるなんてできませんもの」


 マナは寂しそうに呟いた。確かに、あんなに重い装備を担ぎながら泳ぐのは不可能だ。さらに、気絶した俺を支えるためには、余計な荷物なんて持っている余裕はない。


「俺を助けるために、長斧を捨ててくれたのか……すまない」

「あなたこそ、補助魔法をわたくしにかけたせいで、あなた自身のことが疎かになってしまったのでしょう。お陰でわたくしは着水のダメージを軽減できましたけど……」


 マナはドレスの裾を絞って水を落とす。そうか、俺よりもひ弱なマナが気絶せずに済んだのは、ドレスの高い防御性能に加え、俺の中障壁に守られていたからだ。まさかこんな形で成果が得られるとは思っていなかった。


「そうだったのか。じゃあ、お互い様だな」

「ええ、貸し借りなしですわよ」


 俺とマナは、拳を軽くぶつけ合って笑った。互いを思いやったからこそ、2人とも助かることができたのだ。先の見えない状況だが、マナが一緒にいてくれるおかげで俺は少し気が楽になった。


「よし、地上に戻る道を探そう。何とかして、ウィズたちと合流するんだ」

「そんなことできるのかしら。こんな得体のしれない空間……真上には流砂が流れているし……」

「安心しろ、君のことは絶対に助ける。俺は救助隊だからな」


 俺が明るく振る舞うと、マナは一瞬きょとんとした後、くすくす笑った。


「ふふっ、あなただって今は遭難者でしょう。なのに、私を救助するだなんて」

「わ、笑うなよ! でも、確かに今のは恩着せがましかったかな?」

「そうじゃなくって。自分のことより被救助者のことを心配するなんて、思っていた通りのお人好しですのね」

「思っていた通り? どういう意味だ?」

「あっ!」


 マナは、まるで俺たちのことを前から知っていたかのようにそう言った。俺が気になって聞き返すと、マナはハッとしたように口を押さえた。もしかして、何か隠し事をしているのだろうか?


「マナ、もしかして俺達に黙っていることがあるんじゃないか?」

「な、何のことですの? そ、そんな事ありませんわ」

「酒場で時折独り言を言っていたこと、急に第3層に行こうと言ったこと、イサミさんの協力を拒んだこと……。俺には、君か何かを独りで抱え込んでいるように見えるんだ」


 誤魔化そうとするマナに、俺はできるだけ優しく、本音で語りかけた。マナに言う気がないならこの話は終わりだ。だが、ウィズもイサミさんもいないこの状況なら、俺に本音を明かしてもらえるかもしれないと思ったのだ。


「……わかりましたわ。なんだかあなたを見ていると、強がる気になれませんわね」


 マナは緊張が解けたように一つため息をついた。どうやら、俺の問いに答えてくれる気になったようだ。


「わたくしがギルドの遣いで救助隊に声をかけたことは、すでに話したわね。でも、本当はわたくしの出番なんてないはずだったの」

「どういうことだ?」

「救助隊の解散は決定事項だったのですわ。ギルドの事務員が解散を命じて終わり、そのはずだったの」

「ええっ?!」


 マナの口からとんでもない事実が明かされる。確か酒場でのマナの説明では、仲介料を支払えば救助隊解散は取りやめにできるはずだった。だからこそ、俺はその裏をかいてマナを救助活動に同行させたのだ。

 

「じゃあ、どうしてマナは俺達の調査なんてしているんだ? 解散が決定しているなら、調査の必要なんてないだろ?」

「……全て、わたくしの独断ですわ」


 マナは気まずそうに俺から目を逸らしながらそう言った。うつむく彼女は、唇を噛みながら悔しそうな表情をしている。

 

「救助隊の噂は以前から耳にしていました。本気で冒険者たちを助けたい気持ちが伝わってきましたわ。それを取り潰すなんて……それで、わたくしは初めてお父様に文句を言いましたの」


 マナの父親といえば、冒険者ギルドのギルド長だ。俺のような一介の冒険者には意見すらできないような大きな権力を持つ人物だ。親子とはいえ、彼女はそんな相手から俺達救助隊をかばってくれていたのだ。


「わたくしはこう思いましたわ。救助隊が仲介料を支払えば、解散は取りやめになると。それがだめなら、救助隊の活躍をギルドに認めさせればいいと」

「つまり君はずっと、救助隊を解散させないために行動していた、というわけか……!」


 それなら、マナがイサミさんの力を借りることを渋っていたのにも説明がつく。彼の力に頼ってしまえば、救助隊の実力として認めてもらえなくなるからだ。

 

「そうだったのか。てっきり俺は、君が救助隊を解散させたがっているのかと思っていたよ」

「そんな訳ありませんわ! ……でも、誤解が生じたのは、経緯を話さなかったわたくしのせいですものね」

「責めるつもりはないが……、最初に事情を打ち明けてくれればよかったじゃないか。そうすれば、君がひとりで悩むこともなかっただろう」


 そもそも、マナは温情で救助隊を庇っているだけの部外者だ。そんな彼女が問題を抱え込まなければいけない理由なんてないはずだ。

 

「……笑わない?」

「え? ああ? 笑わないぞ?」


 マナは言い淀んだあと、上目遣いで俺の方を見た。笑うようなことを言うつもりなのだろうか。あまりに健気な態度だったので、彼女のプライドを傷つけないために、俺は真面目な表情をするよう心がけた。


「……何でも一人でできると思いましたの。お父様を言い負かして、あなた達にも感謝されて、戦闘でも大活躍して……」

「……」

「でも、何一つダメでしたわ。ギルドから飛び出して、酒場であなたに丸め込まれて、戦闘では役立たず……」

「ぷっ!」


 俺は耐えきれずに吹き出した。真剣な顔をしたマナが何を言い出すかと思ったら、ただの年相応の悩みだったからだ。


「わ、笑わないって約束しましたわよね?!」

「あははっ! 悪い、なんだか気が抜けちゃって!」

「怒りませんの?」

「じゃあ、説教だ。マナ、君は弱い。だから、誰かに助けを求めていいんだ」


 俺は目尻を拭いながらマナに言った。多分、今回いろんなことを経験した彼女には、言うまでもない言葉だろう。だが、不幸なことに、今までの彼女には、この言葉を言ってくれる友達がいなかったのだ。


 マナは静かに目を閉じて、胸に手を当てた。しばらく俺の言葉を繰り返した後、心を決めたように目を開いた。


「わたくし、お父様のところに帰りたい。だから、わたくしを助けてちょうだい、ヒイロ!」



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