4-3 マナの身勝手な行動
時間を少し遡り、俺たちが万全の準備で砂漠に向かったときのことを話そう。
「これから第3層……渇きの砂漠に入る。みんな、忘れ物はないな?」
「はい!」
俺は、転移門の前に揃ったウィズ、マナ、イサミさんの様子を見た。第3層での救助は、第1、2層と比べて過酷な環境での活動になるだろう。準備を怠れば、俺達自身も命を失うことになる。
「ウィズはいい感じだな。マナは……おっと、ストップだ」
俺は、意気揚々としているマナを呼び止めた。彼女の格好は、昨日酒場であったときと同じドレス姿だ。
「昨日言っただろ。そんな服装じゃ危ないって」
「でも、このドレスはれっきとした装備ですわ! とても強い防御力ですのよ?」
「そうかも知れないが、腕や肩がでているじゃないか」
マナのドレスは、戦闘装備としては一級品だ。モンスターの攻撃から身を守るにはとても役立つだろう。だが、直射日光から肌を守るには全く向いていない。
「砂漠の日差しはとても強いんだ。半日も浴びれば日焼け……いや、火傷になってしまうぞ」
「そ、そんなに大変なのですわね……イサミ!」
「はい、お嬢様」
マナが自分の肩を抱きしめながら呼ぶ。すると、彼女の傍に控えていたイサミさんが、薄手のケープを彼女の肩にかけた。
「よし、服装はオッケーだ。次に荷物だが、全員にこれを担いでもらう」
俺が取り出したのは、4人分の水タンクと厚手の布だ。木と縄を組んで、背負って歩けるようになっている。
「このタンクは、さっきヒイロ様が組み立てていたものですね。それにしても、随分大きいですね……」
「最大で10リットルの水が入る。自分の体力に合わせて、運ぶ水の量を決めてくれ」
「じゅ、10リットル?! そんな荷物を運ぶくらいなら、回復薬を増やしたほうがいいのではなくって?!」
マナが抗議の声を上げる。確かに、彼女の体格はウィズと同じくらいだから、水を減らさないと行軍は難しいだろう。だが、タンクをなくすという選択肢はない。
「砂漠では、脱水症状がモンスターと同じくらい危険なんだ。遭難者が回復役よりも水を必要としていることも多い」
「だったら、街やオアシスに戻ればいいでしょう。第3層は踏破済みの層だから、地図を見れば迷いませんわ」
「実はそうでもない。砂漠は森や平原よりも迷いやすいんだ。なぜなら、目印となる物が少なく、現在地を見失いやすいからだ」
第3層は、オアシスと一部の岩場を除けば一面の砂漠だ。砂丘は日々姿を変え、植物も稀にぽつんと生えているだけだ。そんなところを歩くわけだから、気づかず予定ルートを外れてしまうのだ。
「道に迷って、飲水もなくなって、体力ばかりを消耗していく……それって、すごく辛いことなんですよ」
「そ、それは確かに……」
真剣に考えるウィズ。きっと、迷いの森で遭難したモブリットのことを思い出しているのだろう。数日絶食した冒険者は、体型だけでなく人相まで変わってしまう。彼女の様子を見て、マナも砂漠遭難の過酷さを理解したようだ。
「それにしても、この布は何ですか?」
ウィズは俺が用意したもう一つの荷物、厚手の布を指さした。ペットシーツくらいの大きさだが、厚みがある。
「これも気候対策だ。例えば、休憩するときに屋根を作ったり、地面に敷いたりする」
「日陰を探せばいいのではなくって?」
「砂漠に休めるような日陰なんてほとんどない。実際に見たら、びっくりするぞ」
「……む」
あまりにも素直な質問をするマナに、俺はイタズラ心が湧いてきた。少し大げさに返事をすると、彼女は口を真一文字に結んで緊張を隠そうとする。本当に分かりやすい反応だ。
「荷物と……心の準備はいいな? それじゃあ、第3層、渇きの砂漠に行こう!」
俺の合図とともに全員が転移門をくぐった。途端に、全身を乾いた熱気が包み込む。砂漠の救助活動、スタートだ。
*
「はあ、はあ……あ、暑い……」
砂漠での救助活動を始めてから、およそ5時間が経過した。初めは低いところにあった太陽が、今はほとんど真上にある。気温はどんどん上がり続け、今や体温を追い越してしまった。
「マナさん、水を飲みましょう」
「救助者のための大切な水ですわ。なのに……」
「マナ、無理はするな」
すかさず、イサミさんがマナのタンクから水を出し、彼女に飲ませる。小さなコップにほんの少しだけの量だ。大量に飲ませると体が吸収しきれず、無駄に排出してしまうからだ。
「ぷは! 頭がはっきりしてきましたわ」
「気分が悪くなったら言うんだぞ。頭痛、めまい、吐き気があるときは、熱中症かもしれないからな」
「そ、そんな心配は必要ありませんわ! 私はギルド長の娘、そこまでヤワじゃなくってよ!」
俺の心配に反発するマナ。過保護にしすぎたのが、かえって良くなかったらしい。構えば構うほど喜んでくれるウィズとは正反対だ。
「ご、ごめんって……」
「さあ、遭難者がいないか探しますわよ。イサミ、望遠鏡をちょうだい!」
「はい、お嬢様」
水分補給をして元気になったマナは、イサミさんから望遠鏡を受け取ると、砂丘のてっぺんにに走っていく。俺達は、少しでも熱を避けるために砂丘の日陰を歩いていた。だが、辺りを見回すには、高いところのほうがよく見える。
「マナ、何か見えるか?」
「うーん、地面がもやもやしてよく分かりませんわ」
「蜃気楼のせいだな。地面の熱気が景色を歪ませているんだ」
「待って……あ、あそこに誰か倒れていますわ!」
「えっ?!」
俺がマナを日陰に呼び戻そうとしたとき、突然彼女が大声を上げた。彼女は望遠鏡で一点を見つめている。俺達は、急いでマナのもとに駆け寄った。
「あそこに……!」
「本当か?! 肉眼では何も見えないが……」
「もし遭難者なら、早く助けに行かないと……!」
マナが指差す先に目を凝らすが、遠すぎて俺には何も見えない。だが、ウィズの言う通り、こでモタモタしているわけにはいかない。
「ふむ、お嬢様、望遠鏡を貸していただけますか?」
そんなところに、イサミさんがひょっこりと首を突っ込んできて、マナから望遠鏡を受け取る。彼は望遠鏡を覗くと、あっという間に物陰を見つけ出す。
「人が倒れていますね。……確かに、人です」
イサミさんは遭難者の姿を見つけたあとも、立ったり座ったりしながら何度も確認をしている。彼のおかげで見間違いではないとわかったが、一体何をしているのだろう。
「あの、イサミさん。どうして何度も確認をしているんですか?」
「ああ、よく気づきましたね、ウィズさん。視線の高さを変えて、蜃気楼による見間違いを防いでいるんですよ」
「そうなんですね。……あ、確かに、しゃがむと望遠鏡の景色が変わります!」
イサミさんから望遠鏡を受け取ったウィズが、景色の変化を確認している。そうか、蜃気楼は光のの角度が歪んでできる幻影だから、見る角度を変えれば見破ることができるのか。
「すごいな、イサミさん。そんなことまで知っているのか」
「いえ。それに、遭難者を発見したのはマナお嬢様ですから」
「そうですね、マナさんもお手柄ですよ!」
「ふふん! 当然ですわ!」
俺達の素直な称賛に、イサミさんは謙虚に、マナは得意げになる。特に、救助活動で大きな手柄を上げることができたマナは、随分機嫌がいい。
「では、急いで救助に向かいますわよ。わたくしについていらして!」
「ま、待ってください、マナさん! 走ると危ないですよ!」
「たくさんの遭難者達が、わたくしを待っているのよ。もうっ、そんなノロマじゃ置いていきますわよ!」
勢いよく砂丘を駆け下りるマナと、滑り落ちていくウィズ。俺とイサミさんも、苦笑しながら走り出す。俺達が追いついた頃には、すでにマナが遭難者に水を飲ませ終わり、布で日陰を作っているところだった。
「もっと……もっと助けなきゃ……!」
このときのマナの、達成の喜びと謎の焦りが入り混じったような表情がやけに印象的だった。救助が成功したことは喜ばしいことだが、一体何に焦っているのだろう。
この救助をきっかけに、マナは軽率な判断を繰り返すことになる。初めは俺達がなんとかフォローしていたが、だんだん苦しい状況に追い込まれていく。そしてついに、俺達自身が遭難者になってしまったわけだ。
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