4-2 冒険者ギルドからの因縁

「救助隊の取り潰し?! 私達が何をしたっていうんですか!」


 ウィズが顔を真っ青にして叫ぶ。酒場には大勢の冒険者がいるが、全員が音も出さずにこちらを伺っている。救助隊を心配している者もいるだろうが、大半はギルドの目が自分たちに向けられるのを警戒している、という様子だ。少なくとも、俺達に加勢するような無鉄砲な人間はいなかった。


「あなた達が何をしたかですって? それはこれからわたくしが確かめることですわ」

「確かめる?」

「あなた達にできることはたった1つ、ギルドに仲介料を支払うこと。そうしたら、あなた達は何もしていない、ということにして差し上げますわ!」

「そんなの、横暴です……」


 これにはさすがの俺も言葉が出なかった。おおかた、最近金回りのいい俺達の噂を聞き付けたギルドが、小遣い稼ぎのつもりでちょっかいをかけてきたのだろう。いずれはもめ事が起こるだろうとは思っていたが、まさかこんな幼い少女を差し向けてくるとは、ギルドもなかなかあくどい。


「ヒイロ様も、なんとか言ってください!」

「そうだな。マナ、悪いがその提案は受け入れられない。道理は俺たちにある、君もそう思わないか?」

「……そんなの、わたくしが一番わかっていますわ」


 俺がキッパリと脅しを跳ね除けると、マナはうつむきながら小さく何かを呟いた。おそらく、俺の反応が予想外だったのだろう。だが、その表情が、自分の立場を苦々しく思っているように見えたのは、俺の気のせいだろうか?


「では、何かいい案がおありなのかしら? このままでは、ギルドが黙っていませんわよ?」


 マナが厳しい口調で畳み掛けてくる。理不尽ないいがかりとはいえ、この街でギルドに目をつけられれば、救助隊の存続はおろか、冒険者としてやっていけなくなる。なにか手を打たなければ。


「……確認なんだが、ギルドが救助活動に介入するのは、謝礼金の支払いが滞った時だけだよな?」

「そうですわね」

「じゃあ、謝礼金が滞りなく支払われていることが証明されたら、ギルドは救助活動に介入できなくなるんだよな」

「まあ、そうですわね」

「どういうことですか、ヒイロ様?」


 俺の基本的な質問に、マナは困惑しながらも律儀に答える。ウィズもまだ俺の考えが分からないようだ。ならば、こちらから畳みかけるチャンスは今しかない。


 俺には既に、この状況を打破するための第3の選択が思い浮かんでいた。


「じゃあ簡単だ。マナ、君を救助隊の1日隊員に任命する!」

「わたくしが? って、えええっ?!」


 俺の提案を聞いてマナが叫ぶ。

 さっきのウィズの叫び声にも負けないくらいの大声だ。


「ど、どうしてわたくしが救助隊に?!」

「そうすれば、仲介料が必要な時にその場でマナに支払える」

「ふざけないで! そもそも仲介料は救助者が支払いに来るものでしょう?!」

「ははは! それは、救助者がギルドに仲介を依頼した場合だろ。今回はギルドが救助隊に調査協力を依頼しているから、立場が逆だ。だろ?」


 俺は出来るだけ無邪気を装って、マナに提案した。だがこの提案は賭けだ。もし提案が通れば、ギルドは仲介料を請求するために俺達の全ての救助活動を把握しなければならなくなる。だが、そんなことは不可能だから、仲介料の取り立てを諦めるしかない。


 もちろん、これらは俺の詭弁に過ぎない。もちろん、こんな思惑が相手にバレれば更なる反感を買うに違いないだろう。ギルドと冒険者に明白な上下関係がある以上、相手のご機嫌次第で俺達の命運はどうにでもなってしまうのだ。


「救助隊を取り潰すにしても理由が必要だ。どの道、俺達を調査しなきゃいけないだろ」

「……そういう問題ではありませんのにっ」


 マナは苦しそうに考え込んでいる。ギルドは、権力を振りかざして俺の提案を却下することも出来るはずだ。だが、彼女はそうしなかった。俺の見込み通り、このマナという少女には、理不尽に救助隊を取り潰してはいけないという良心があるのだ。


「……わかりましたわ」


 マナの返事を聞き、俺は心の中でガッツポーズをした。彼女は俺の作戦に気がついていないようだ。ちなみにウィズは、その隣で豆鉄砲でも食らったかのように口を開けている。可哀想だが、彼女への説明はあとだ。ごめんな、ウィズ。


「ただし、条件がありますわ。今日の救助は第3層『乾きの砂漠』で行っていただきます」


 ほっとしたのもつかの間、マナはさらなる条件を提示してきた。『乾きの砂漠』といえば、先日救助隊が進軍をやめた高難易度層だ。襲撃で襲いかかっていたデザートウルフの他に、癖のあるモンスターが沢山いる厄介な層なのだ。

 

「第3層で? 出来ればいつも通りの第2層がいいんだが。聖職者と魔術師では、砂漠のモンスターに対抗できないからな」

「自分で言ったことをお忘れかしら? 今日はこのわたくしが救助隊の一員ですのよ?」


 マナはそう言うと、長斧とドレスを自慢げに見せびらかした。長斧などの重量武器を装備できるのは剣使い職だけだ。よく見ると、ドレスも要所に軽金属があしらわれており、高い防御性能を持つことが伺える。


「マナさんは前衛職なのですか?」

「ええ。長斧もドレスも特注品。いつでも頼りにしてくれてよろしくってよ?」


 ウィズの質問を賞賛の言葉と勘違いしたマナ。するとその態度は、トゲトゲしいものから優しいものに変化した。意外だ、高飛車なだけと思っていた彼女だが、尊敬を受ければ尊敬で返すことが出来る人物らしい。勘違いだが。


「確か、第3層の適正レベルは30ですよね。ヒイロ様のレベルは60以上、私のレベルは40です」

「ああ。前回はパーティーバランスのせいで断念したが、マナがいれば進軍できる」

「やったぁ」


 ウィズが嬉しそうにはしゃぐ。前回、第3層に行きたがったウィズを止めて引き返したのだが、どうやら彼女はあれからずっと機会を伺っていたらしい。確か、第2層に活動範囲を拡大したときも、ウィズの提案があったからだ。やはり、彼女は自分の努力の成果を発揮できる機会を望んでいるのだろう。


「それじゃあ、マナも一緒に。今日も張り切っていこう!」

「えいえいおー!」

「エ、エイエイオォ? ですわ!」


 とりあえず、救助隊の即時解散は免れた。後は、第3層での働きで俺達のことを認めてもらうしかない。俺達にできることは、マナと協力して実績を残し、救助隊の存続をギルドに認めてもらうことだけだ。



 *



「レベル1だなんて、聞いてないぞ?!」

「ふえぇ……助けてくださいぃ……ですわぁ……」


 普段温厚な俺も、さすがにキレた。

 あれだけ自信満々だったマナは、実はレベル1の新米冒険者だったのだ。


「ウィズの魔法がなかったら、さっきの戦闘で全滅していてもおかしくなかったんだからな!」

「わ、わたくしだって、怠けている訳ではありませんのよ!」

「言い訳は良くない!」

「ふえぇ」


 長斧を支えにして立っていたマナが、ヘナヘナと座り込む。彼女は文字通りの戦力外だ。それもそのはず、彼女の職は確かに剣使いだが、ほとんど戦闘経験がないのだった。

 

「あんたも、わかってたなら止めてくれよ!」

「ふふふ」


 俺はもう1人の同行者である使用人のイサミさんに向かって力無く叫ぶ。だが彼は、相変わらず穏やかに微笑むばかりだ。この人は自分の主人が危険な目にあってもいいのだろうか。


「で、でも、なんだかんだで第3層の中間地点まで来れましたわ。一安心してもいいのではなくって?」

「それって、入口からも出口からも遠いってことだろ!」

「た、確かに、ですわ……」


 楽観的なマナに、俺は渾身のツッコミを入れる。そもそも、こんなことになるまで事の重大さに気づけなかったのは、彼女が砂漠を無計画に突っ走ったからだ。モンスターと遭遇するたび派手に逃走し続けたことで、俺達の後ろには百鬼夜行のようなモンスターの群れが出来てしまった。


「ヒ、ヒイロ様……また魔力が切れました……タチュケテ」

「ごめんな、ウィズ。この回復薬でもうひと頑張りしてくれ」

「あーんしてください」

「冗談言ってないで、早く飲むんだ」

「ふえぇ」


 ウィズが干からびているように見えるのは、砂漠の暑さのせいだけではないだろう。彼女は俺から魔力回復薬を受け取ると、中身を一気に飲み干し、鼻息荒くモンスターの群れに向かっていった。


「わ、わたくしにも出来ることがあるはず……」

「こら! 勝手に敵に突っ込んでいこうとするな!」


 そんなウィズに続こうとするマナを、俺はすかさず止める。第3層のモンスターが相手となると、彼女の実力では歯が立たないだろう。彼女に挽回の機会を与えてやれないのはかわいそうだが、今の俺達にそんな余裕はない。


「あぁ~、もぉ~……」

 

 正直に言おう。俺達は砂漠のど真ん中で、最悪の遭難をしてしまった。



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