4-4 ヒイロ、作戦を練る
砂漠の中心で途方に暮れる俺達。しかし、いつまでもウィズに任せきりではダメだ。初めに建設的な提案をしたのは、意外な事に使用人イサミさんだった。
「ここはひとつ、状況整理をしましょう。第3層、乾きの砂漠での遭難は、第1層や2層とは気をつけるポイントが大きく異なります。そこを整理しなければならないのでは?」
「確かに……!」
その言葉を聞いて、俺とマナは我に返った。今は説教なんてしている場合じゃない。彼女もそれに気づいたようで、涙目をこすって立ち直った。
ウィズは戦闘にかかりきりなので、俺、マナ、イサミさんの3人で円陣を組むように向き合った。これからどうすればいいのか、俺なりに考えて意見を言う。
「すぐに対処しなければならないのは、俺達を追いかけてくるモンスター達だ。第3層のモンスターはどれも強いから、手際よく片付けないとな」
「でもこの調子なら、ウィズが範囲魔法で倒してくれますわ」
「そうだな。聖職者である俺には有効な攻撃手段がない。レベルが低いマナもだ。となると、ウィズに任せるしかない」
幸い、先日の襲撃の経験を活かして、ウィズは的確にモンスターを牽制しつつ数を減らしている。前回は焦りのせいでピンチを招いてしまったが、今回はその反省が最大に生かされた冷静な動きが出来ている。
「次に、第3層……乾きの砂漠をどう抜けるかだ」
「ウィズの範囲魔法があれば、モンスターなんて怖くありませんわ」
「いや、魔法が使える回数……つまり、回復薬には限度がある」
そう、これが魔術師職の最大の弱点だ。MPが尽きてしまえば、どんなに強力な魔術師でも無力化してしまう。例えメイメイのような大魔導でも、第5層でMP切れになった時は棒立ちのような状態だったのだ。
「範囲魔法はあとどのくらい使えますの?」
「回復薬の残量は半分以下だ。つまり、残り半分の道のりでは、ウィズ以外のメンバーでも敵を減らす方法を考えなきゃならない」
その具体的な方法について、俺は知恵を絞る。まずはやはりエンカウント回避だ。次に、俺の補助魔法が有効だが、これもMP消費を考えて使わなければならない。出来ればマナ達にも活躍して欲しいが、期待はできないだろう。
「それから……、砂漠を抜けるためには、他にも気をつけなければいけないことがある」
「モンスター以外に? 一体なんですの?」
「地形効果だ。乾きの砂漠の地形効果を知っているか?」
地形効果は、これまでの層にも存在していた。例えば、第1層には迷いの森と呼ばれる特殊地形が点在し、そこでは地図スキルが使用できなくなる。第2層は全体が夜の草原と呼ばれ、命中、回避などの様々な能力が低下する夜間戦闘を強いられる。だが、第3層以上の地形効果は下位層とは桁違いに厄介になるのだ。ここ乾きの砂漠では、昼は高温、夜は低温により、HPが徐々に減らされるのだ。
「第3層では、暑さでHPが徐々に減らされるのが厄介ですわ。でも、心配ありませんわね。だって、もうすぐ夜ですもの」
「甘いぞ、マナ。夜の砂漠の気温ははおよそマイナス20℃まで下がる。寒さでもHPが徐々に減らされるんだ」
「マ、マイナス?! 今なんて40℃を超えていますのよ?!」
確か、砂漠には温度変化を和らげる水や植物が無いため、日が登れば暑く、日が沈めば寒くなるのだったか。理屈はともかく、進軍が滞ればひたすらHPが減り続けるという訳だ。
「あなた、聖職者でしょう? 回復魔法で暑さをなくせませんの?!」
「む、無茶言うなよ。状態異常ならまだしも、地形効果を相殺出来る回復魔法なんて存在しないって!」
せいぜい、減ったHPをこまめに回復する、くらいが現実的だろう。ダメージを受ける苦痛は消すことが出来ないが、みんなには我慢してもらうしかない。
「方針を整理しますと……、戦闘は避けつつモンスターには的確に対応し、なおかつ進軍速度は遅らせない、ということですわね」
「その通りなんだが……問題はどんな方法で方針を実現するか、だよなぁ」
やはり、重要になるのは、いかに戦闘を避けられるか、モンスターに的確に対応出来るか、の2点だろう。これらが解決すれば、結果として進軍速度は維持されることになる。
「戦闘の回避はどうしようもない。今の俺達に索敵や隠密のスキルが使える人がいないからな。……そういえば、イサミさんは何系の職なんだ?」
「私は剣使い職です。申し訳ございませんが、そういったスキルは使えません」
ふと気になったので聞くと、イサミさんは腰から吊るした長剣を見せながらそういった。そういうことなら、戦闘回避のスキルを持っていなくても仕方ない。剣使い職はむしろ、積極的に戦闘に参加するスキルが多いのだ。
……ん? だったら、もしかして。
「イサミさんに積極的に前線に出てもらえば、ウィズのMPを節約しつつ、モンスターに対応できるんじゃ……?」
「そ、それはそうですわ。でも……」
俺が思いついたことを口に出すと、返事はイサミさんではなくマナから帰ってきた。しかも、雰囲気から察するに、あまりイサミさんを前線に出したくないようだ。
「もしかして、イサミさんもあまりレベルが高くないのか?」
「いえ、そうでは無いのですが……」
マナの言い方は、何かを躊躇っているかのようだ。だが、彼女がその理由を言わないので、話は一向に進まない。それを見かねたのか、ついにイサミさんが助け舟を出した。
「ヒイロさん、私のレベルは30以上ですので、第3層の適正レベルを超えています。お嬢様の許可さえあれば、皆様のお役に立てるでしょう」
「そうなのか? それは助かる!」
どうやら、マナが困っているのはレベル不足などの戦闘面での問題ではないようだ。まあ、マナのようにあとからとんともない問題が浮上する可能性は否定できないが、少なくともレベルは十分だ。
「マナ、理由は分からないが、イサミさんに協力を頼んでも構わないか? 今は彼の力が必要なんだ」
「……わかりましたわ。背に腹は代えられませんものね」
俺の頼みに、マナは渋々といった様子で首を縦にふった。結局彼女が嫌がった理由は聞けなかったが、言いにくいことを無理に聞く必要も無いだろう。俺は深く詮索しないことにした。
「ヒ、ヒイロ様……MPが……ふにゃ……」
「ウィズ、ご苦労さま。ちょうどいいから、ここからはイサミさんに手伝ってもらおう」
「え? イサミさんって戦えるんですか?」
「はい。よろしくお願いします、ウィズさん」
「は、はい……」
戻ってきたウィズは、俺にMP回復薬を飲まされながらキョトンとしている。確かに、使用人の格好をしているイサミさんが、まさか剣使い職だなんて予想もつかないだろう。
「全員、俺の指示に従ってくれ。ウィズは敵の前線に放っていた範囲魔法を敵の中心に。間違いなく撃ち漏らしが出るが、気にするな。効率重視だ」
「分かりました。撃ち漏らしはどうするんですか?」
「イサミさんに任せる。俺の回復魔法が届く範囲で、接近する敵を個別撃破してくれ」
「はい」
それから、もうひとつ頼まなければいけないことがある。
「マナ!」
「は、はひ!」
俺は、イサミさんの影でいじけていたマナを呼んだ。彼女はまさか自分が話しかけられるとは思っていなかったようで、俺の声に飛び上がる。その背中をイサミさんが優しく押すと、彼女はおずおずと前に出てきた。
「マナはアイテム係だ。合図をしたら、ウィズと俺にMP回復薬を使ってくれ」
「わ、わたくしにも出来ることがありますの……?」
「もちろんだ。ただし、合図をするまでは温存すること。それと、絶対俺より前に出るなよ」
「合図……前に出ない……わかりましたわ!」
先程まで落ち込んでいたマナは、役割を与えられた途端に目を輝かせた。彼女の有り余るやる気は、さっきまでは悪い方向に働いてしまったから遭難の原因になってしまったのだ。ならば、今からは、良い方向に働かせればいい。
「俺はウィズとイサミさんのサポートをしながら、バランス調整をする。マナへの合図も俺が出す。細かいことは俺に任せて、みんなは自分の仕事に集中してくれ」
「はいっ!」
「わかりましたわ!」
「承知しました」
状況は悪いままだが、方針が決まったおかげで士気が高まった。おかげで、俺もなんだかやる気が出てきた。こんな状況ではむしろ、できると信じる心が結果に繋がるのだ。
「みんな、持ち場についてくれ! 戦闘再開だ!」
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