4-5 使用人イサミさん

 迫り来るモンスターの群れに、俺たちは立ち向かう。前線にイサミさん、10メートルほど離れたところに俺、ウィズ、マナが控える。俺が2人の前に立っているのは、遠距離攻撃から2人を庇うためだ。


「ウィズ、作戦通りに範囲魔法を敵の中心に放ってくれ」

「はいっ……中火球ファイヤーアロー!」


 ウィズが慣れた様子で範囲魔法を放つ。炎は狙い通り敵の中心に着弾し、その数を効率的に減らす。だが、予想通り、最前列のモンスター達が難を逃れて、こちらに向かってくる。


「イサミさん、3体撃ち漏らした! 止められるか?」

「お任せ下さい」


 イサミさんは穏やかな表情を変えずに剣を抜いた。彼は初めて戦闘に参加するから、その実力は不明だ。だが、彼が一体でも敵を仕留め損ねれば、俺とマナでは対応できない。戦いぶりを見て、必要なら補助魔法でサポートする必要がある。


「イサミさん、大丈夫かなぁ」

「イサミなら……何の心配もいりませんわ」

「ん? どういうことだ、マナ?」


 俺が緊張していると、傍でマナが呟いた。その理由は、彼女から聞くよりも、実際に見る方が早かった。


「……殺気キルオーラ


 イサミさんがスキルを使った。以前、襲撃レイドの時にシンが使った、足止めのスキルだ。


「キ、殺気キルオーラ?! ダメだ、イサミさん! 敵のレベルは30以上だから、イサミさんのレベルが60以上ないと、確実に足止めできない!」


 俺は慌ててサポートの体制に移った。どうしよう、壁役の俺に小障壁プロテクションをかけるか、イサミさんに小瞬足クイックをかけるか……。だが、俺の心配は杞憂に終わった。


「ヒイロ様、モンスターが3体とも止まりました……!」


 何と、イサミさんのスキルが成功したのだ。それも、一定確率で失敗するスキルを、補助魔法もなしに3体全てに対して成功させている。つまり、彼のレベルは低く見積っても60以上はあるということだ。俺と同等……勇者パーティーの元メンバーに匹敵する実力、ということになる。


「はっ! せいっ! とおっ!」


 イサミさんは足を止めたモンスターを一撃で確実に仕留める。長剣を片手で軽々扱い、敵を紙のように両断していく。その動きはまるで、暗殺者アサシンシンの素早さと聖騎士パラディンパラディナの力強さを合わせたようだ。


「す、すごい! これなら勝てるぞ!」

「そうですね! 私達も負けていられません!」

「……」


 イサミさんの意外なの強さに、俺とウィズは興奮しながら手を取りあった。だが、マナは相変わらず黙ってイサミさんを見守っている。まさか、彼女も彼の強さを知らなかったのだろうか。いや、それは考えづらい。


「よし、次の範囲魔法はもう少し後ろを狙おう。イサミさんはひとりで大丈夫そうだから、俺はウィズのサポートに専念するよ」

「わかりました。マナさん、MP回復薬の使用はお任せしますね!」

「……ええ、わかっていますわ」


 その後、大量のモンスター達は、あっという間に殲滅された。大半はウィズの範囲攻撃により倒されたが、その間イサミさんはどんな敵も一撃で仕留め、取り逃すことは1度もなかった。



 *



「凄いですね、イサミさん! あの剣さばき……一体、何レベルなんですか?!」

「大したことはありません。ウィズさんの魔法とは比べ物になりませんよ」


 戦闘が終わったあとも、ウィズは興奮した様子でイサミさんを質問攻めにしていた。それに対し、謙虚な態度で丁寧に対応するイサミさん。先程までモンスターを倒しまくっていた人と同一人物とは思えないくらいだ。


「……」

「どうしたんだ、マナ。君の活躍だって、充分すごかったじゃないか」


 俺とマナは、ウィズとイサミさんから少し離れたところにいた。正確には、2人から距離を取ろうとするマナに俺が付き添っているのだ。もどかしそうに唇を噛む彼女に、俺は出来るだけ優しく声をかけ、背中をさすってやる。


「そうじゃありませんわ。イサミの力を借りてしまったら、意味が無いのに……」

「どうしてだ? イサミさんは君の仲間だろう。仲間に頼るのは悪いことじゃないぞ」

「イサミなんて、仲間じゃありませんわ! どうせイサミは……」

「こ、こら! イサミさんになんてことを……!」


 何かがマナの機嫌を損ねたらしく、彼女はイサミさんに八つ当たりをする。いくら彼らに主従関係があるとはいえ、あんまりな言い方だ。


「お気になさらず、ヒイロさん。出過ぎた真似をした私が悪いのです」

「まあ、イサミさん本人がそう言うなら……」

「マナお嬢様がこのようにおっしゃるのは、心配事があるからなのです」

「心配事?」


 俺は不思議に思ってマナを見た。モンスターを倒し切り、ひとまずの窮地を脱することができた。なのに、まだ心配事があるというのだろうか。それにさっきマナが言ったが、イサミさんのからを借りては意味がない、とはどういうことなのだろうか。


「……お嬢様、ヒイロさん達にお話してみてはいかがですか?」

「嫌っ! ですわっ!」


 イサミさんが、一層穏やかな声色でマナを諭す。しかし、彼女は頑として同意しない。そこまで言うのなら、俺とウィズも強引に聞き出すことはできない。

 

「もう! 青い海のバカヤロー! ですわ!」

「あっ、こら! また勝手に走り出すな!」


 重い空気に耐えかねたマナは、たまらず俺達から走って逃げ出した。先程までさんざんモンスターに追いかけ回されていたのに、彼女はまた無計画に突っ走っていく。当然、俺はその後を追う羽目になる。


「ま、待ってください、ふたりとも!」

「おや、確かこの先には……」


 少し離れて、ウィズとイサミさんが追いかけてくる。ウィズが砂に足を取られながら走る横で、イサミさんが何かに気づいたような素振りを見せた。だが、俺はマナを追いかけるのに必死で、聞き返す余裕もない。


「わたくしのことなんて……きゃっ?!」


 突然、俺の前を走っていたマナが、砂に足を取られて前のめりに転んだ。当然だ。こんな砂漠をドレス姿で、長斧を担いで走っているのだから。


「全く、今追いつくから……って、うわぁ?!」


 しかし次の瞬間、俺もマナと同じように転んでしまった。何というか、急に地面が柔らかくなったような感じがしたのだ。どういうことだ、俺達は今、砂丘の上を走っているんじゃないのか?


「あれ? どうして2人ともコケちゃったんですか?」

「ウィズさん、止まってください。……流砂です」


 かろうじて聞こえたイサミさんの声に、俺は固まった。自分の足元を見ると、すでに足首まで砂の中に沈んでいるではないか。


「足が、ぬ、抜けない!」

「ヒイロ様ーっ! マナさんの様子がーっ!」

「マナが? ……って、あれはまずいぞ!」


 ウィズの叫び声を聞きマナの方を見ると、彼女は顔面から流砂に倒れ込んでもがいていた。転び方かまずかったのだろう。息がうまくできないのか、声も聞こえない。


「俺が救助に行くーっ! ウィズ達は長くて掴まれるものを用意してくれーっ!」


 俺は覚悟を決めて流砂の中を進んだ。足の裏に硬い砂の感触を感じながら、流砂に絡め取られないように踏ん張る。砂の深さはところどころ浅くなっては、確実に深くなっていく。


「よし、もうすぐ届きそうだ……うわっ!」


 マナのいる地点までたどり着いた瞬間、流砂が一気に深くなる。成人男性である俺が、膝まで沈むくらいの深さだ。おそらく、足場が階段状になっていたのだろう。まるで沼のようで、足なかなか進まない。

 

「マナ、俺に掴まれ!」

「……!」


 俺が手を伸ばすと、それに気づいたマナが必死に握り返しててきた。彼女の体を引き寄せ、砂の中から頭を引っ張り出す。


「ぷはっ!」

「よかった、無事だったか!」


 マナはぐったりしながらも荒い呼吸を繰り返す。俺は彼女の無事を身振りでウィズ達に伝えた。あちら側でもホッとした雰囲気が流れる。


「か、勝手に走ってごめんなさい……わ、わたくし、こ、こんなことになるなんて……」

「気にするな。流砂があるなんて、俺も知らなかったからな」


 叱られると思ったらしく、俺が指摘する前にマナの方から謝ってきた。相当怖い思いをしたのか、俺の胴体にピッタリくっついてきた。彼女の体は歯が噛み合わないほど震えている。そんな様子だから、俺はつい甘い言葉をかけてしまった。

 

「は、早くイサミ達のところに戻りましょう」

「いや、向こうが掴まるものを寄越すまで待とう。多分、君の筋力では砂の中を歩けない」

「そんな……でも、わかりましたわ。今度こそは指示に従いますわ……」


 マナは歯を食いしばりながらそういった。本当はついさっき死にかけた場所なんて、一刻も早く逃げてしまいたいに違いない。もし彼女が屈強な冒険者だったとしても、この苦痛は耐え難いはずだ。


「見ろ、マナ。イサミさん達が服や縄を結んで、命綱を作ってくれているぞ」

「本当ですわね。あれが完成すれば助かる……」

「そうだ、もう少しの辛抱だぞ」


 俺はマナが頑張れるように声をかけ続けた。その甲斐あってか、彼女は少しづつ冷静さを取り戻していった。


「ヒイロ様、もう少しで命綱が完成します! そちらは大丈夫ですか?」

「ああ! 時間がかかってもいいから、丈夫なやつを頼む!」


 ウィズの報告に、俺はようやく助かるのだと安堵する。マナも表情が明るくなった。あとは、命綱の先に重りを付け、こちらに投げて、引っ張り上げてもらえばいい。


「よかった……。わたくし達は助かりますのね」


 マナがほっと一息ついた。流砂に足を踏み入れてから、ずっと同じ姿勢で立ちっぱなしだが、これが意外に堪えるのだ。だが、もうすぐ座って休めるとなれば、もうひと頑張りできるものだ。


 だが、このあと俺たちの救助は失敗することになる。



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