3-8 エピローグ

 俺とウィズ、そしてシンは、街に戻った。ダンジョンを抜ける頃には、ウィズの魔力酔いはほぼ治っていた。あとは、メイメイが転移門ゲートを直してくれれば元通りだ。


「どうだろう、シン。俺が本気で救助活動をしていることは、分かってくれたか?」

「ふん。まあ、及第点だな」


 相変わらず態度が悪いシンだが、冒険に出る前よりは柔らかくなっている。どうやら、彼なりに俺達のことをわかって貰えたようだ。


「少なくとも、今のお前が勇者パーティーに接触してくる可能性が低いことはわかった」

「酷いじゃないですか。襲撃レイドの直後はあんなにヒイロ様のことを評価していたのに」

「……うるさい」


 ウィズとシンが歯ぎしりしながら睨み合う。2人が出会ってからまだ1日も経っていないのに、一体何回目の喧嘩だろうか。まったく、仲が良いのか悪いのか。


「まあまあ。シンの言う通り、俺はもう勇者パーティーにはなんの未練もないんだ。必要なら、ブレイブにもそう伝えてくれ」

「いや、そのつもりはない。もちろんメイメイにも口止めはしてある」

「え? どういうことだ?」


 シンの以外な言葉に、俺は思わず聞き返した。シンが俺の生死を調べていたのは、てっきりブレイブに報告するためだと思っていたからだ。なのに、彼には黙っているのだという。


「ブレイブはお前の生死には興味が無いらしい。俺が調べていたのは、フィリスに頼まれたからだ」

「フィリスに……!」


 その名前を聞いて、俺は一瞬で胸がいっぱいになった。俺が追放された時、フィリスが最後の回復薬を譲ってくれた時のことを思い出す。だが、まさかそこまで俺を心配してくれているとは思っていなかった。


「ヒイロ様、フィリスというのは誰ですか?」

「ああ、勇者パーティーの1人だよ。まさに大聖女って感じで、すごく優しいんだ。彼女も無事でよかったよ。心配かけて、悪い事をしたなぁ」

「……何か、急に饒舌じゃないですか?」


 相変わらず、勇者パーティーと聞くといい顔をしないウィズ。何なら、シンやメイメイとを紹介した時よりも不機嫌だ。フィリスとは出会ってもいないのに、どうしてこんなにむくれているのだろうか?


「ヒイロ、お前の無事はフィリスには伝える。メイメイはもう知っている。パラディナには、まあ、隠す理由はないだろう。だが、ブレイブには言う必要は無い。……むしろ隠すべきだろうな……」

「どうしてだ?」


 最後にボソボソと付け足すシン。その言い方は、俺達に伝えるためではなく、まるで独り言のようだった。意図が掴めず、俺は理由を問う。すると、シンは慌てて態度を取り繕った。


「べ、別になんでもない! とにかく、ブレイブにお前のことを伝えるつもりは無いし、お前から関わる気もないならそれでいい!」

「ムムム、怪しいですね……」


 ウィズがジト目で見ると、シンはあからさまに目を逸らした。もしかして、何か俺達に察されたくない思惑でもあるのだろうか。ウィズほどでは無いが、俺もそれが何なのか気になる。


「シンが俺を探していたのは、フィリスに頼まれたからだよな。だから、わざわざブレイブに報告する必要が無いのは分かる。でも、隠すのは何故だ?」

「……」


 シンが居づらそうに黙った。彼から答えを聞き出すことは出来なさそうだ。ならば逆の発想だ。俺の生存がブレイブに伝わると、どうなる?


 ……もし俺がブレイブと積極的に対立すれば、アイツはどんな報復をするかわからない。あるいは、俺を無理やりパーティー復帰させて、なかったことにするかもしれない。


「……もしかして、ブレイブから俺を庇ってくれているのか?」

「……そう思いたいなら勝手にしろ!」


 俺が言うとすぐに、シンは捨て台詞のようにそれだけ言って、姿を消してしまった。隠密スキルを使った彼は、どこかに行ってしまったようだ。


「……もしかして、図星だったんでしょうか?」

「……ああ、そうらしいな」


 残された俺たちは、呆然としつつ、意地悪をしてしまった申し訳なさを感じていた。シンはクールだが仲間思いだ。しかし同時に、その善性を他人に指摘されるのに慣れていないのだ。


「なんだ、意地悪なだけじゃなくて、ほんのちょっとだけ思いやりがある人だったんですね」

「おいおい、いい加減に勇者パーティーってだけでひとを悪くいうのはやめないか」

「それもありますけど! 私、やっぱり意地悪なシンさんのこと好きになれません!」


 怒りながら、同意を求めるように俺を見つめるウィズ。どうやら、シンに優しい所があることを分かった上で、意地悪な所の方が印象に残ったらしい。まあ、そんな目で見られても、俺はどちらに味方するつもりもないが。


「そういえば、メイメイにお礼を言いそびれたな。転移門ゲートの修理も全部任せてしまったしなぁ」

「メイメイさん……。確か、大魔法でモンスターを殲滅させた、すごい大魔導さんですよね」


 ウィズがあごに手を置いて、思い出すような仕草をする。そうか、彼女はメイメイの魔法で魔力酔いをしてしまったから、ほとんど会話もなかったのだ。


「私とは正反対のような人でしたね。口調がのんびりしているというか、攻撃が大雑把というか」

「そうだな。メイメイは魔法の達人だが、それ以外のことは徹底的に不真面目なんだ」

「天才肌というやつですね。私なんか足元にも及びません。その上、魔力酔いで迷惑をかけてしまいましたし……」

「何言ってるんだよ。ウィズだって、俺と一緒に襲撃レイドを食い止めてくれたじゃないか」


 だめだ。この話になると、またウィズが落ち込んでしまう。俺にとっては、ウィズも十分すごい魔法の使い手だ。メイメイと彼女自身を比べて変なコンプレックスを持って欲しくないのだが。


「人それぞれでいいじゃないか。何なら、メイメイの大雑把には何度も殺されかけたんだぞ。第4層で風の上位魔法を使ったせいで大雪崩に巻き込まれた時なんか、メイメイは大笑いしてたし」

「ええっ! そんな状況で、なんで笑ってるんですか……」

「シンだって、ああ見えて年相応なんだ。字が汚いし、野菜は残してばかりだし。歯医者が嫌いで虫歯を隠していたせいで、危うく歯が全滅するところだったんだ」

「年相応……? シンさんって、私より少し年下くらいですよね……?」


 2人の普段の姿を聞かされて、ウィズが眉をひそめている。しっかり者の彼女にとっては、2人のだらしなさが信じられないのだろう。2人の悪口を言っているようで気が引けたが、誰しも欠点があるものだとわかって貰えたようだ。

 

「ああ、話しているうちに心配になってきたなぁ。メイメイは、また魔道具に散財していないだろうか、捨て猫を使い魔に改造していないだろうか、自分の体で人体実験をしていないだろうか、心配だなぁ。シンは、また日記を書くのをサボっていないだろうか、ニンジンも残さず食べているだろうか、寝る前にきちんと歯磨きをしているだろうか、心配だなぁ。あぁ、心配だなぁ、大丈夫かなぁ、俺がサポートしてやらないと上手くいかないんじゃないかなぁ。パラディナも……フィリスも……なんならブレイブも……」

「……勇者パーティーの皆さんって、ちょっと変わってますよね」

「そうだよな! 常識人の俺は、困らされてばかりだったよ」

「……あの、どちらかと言うと、ヒイロ様も、その……」


 ウィズが言ってはいけないことのように、その続きをもにょもにょと濁した。きっと、俺以外の勇者パーティーのメンバーに引いてしまったものの、俺の前で態度に出すのを遠慮しているのだろう。気を遣わなくてもいいのに。


「まぁ、そんなところだ。勇者パーティーのメンバーも悪いやつばかりじゃないってわかっただろ」 

「そうかもしれませんね。ブレイブさん、フィリスさん、パラディナさんがどんな人かも気になります。でも、やっぱりヒイロ様をパーティーから追放したことに変わりはありませんし……」

「それは仕方なかったんだよ。でも、シンも言っていた通り、積極的に関わるのはやめた方がいいのかもな」


 フィリスやパラディナにも会いたいが、やはり気になるのはブレイブの存在だ。あいつが俺の暮らしを脅かすかもしれないと思うと、今はシンから彼女らに俺の無事を伝えてもらうのが精一杯だろう。


「よし、今日はもう帰ろうか。襲撃レイドのせいであまり救助活動ができなかったけど、第2層で活動できそうなことはわかったしな」

「はい。明日からは活動範囲を広げて頑張りましょう」



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