3-7 ヒイロ、パーティーに戻るよう誘われる

「よし、襲撃レイドはこれで凌いだようだな」


 俺は服の裾を払いながら、一応確認のためにそう言った。俺とウィズだけではモンスターを食い止めるのが精一杯だった。だが、勇者パーティーのメンバーが2人も加われば、この程度の敵なんてものの数では無い。勝利ははじめから約束されていたようなものだったのだ。

 

「……あのさ〜、見捨てたあたしが言うのも筋違いだけど〜、ヒイロは勇者パーティーに戻ってくる気はないの〜?」


 しばらく様子を見ていたメイメイが、言いにくそうに俺に言った。恐らく、彼女も昔一緒に戦っていたときのことを思い出していたのだろう。思えば、先ほどのように、俺の補助魔法を受けてのびのびと戦っている彼女を見るのは久しぶりだった。


「パラディナも言ってたよ〜。ヒイロはあたし達に必要なメンバーだって」

「それは買いかぶりすぎだよ。そもそも、俺だけ上位職じゃないしさ」

「そうじゃなくてさ〜。シンなら分かるでしょ〜? ヒイロにはブレイブとは違ったカリスマがあるって言うかさ〜?」


 無意識に返した言葉は、我ながらひねくれていたと思う。俺が謝る前に、メイメイがもどかしそうにシンに助けを求めた。すると、無口な彼にしては珍しく、よどみのない口調で助太刀してきた。


「ヒイロ、お前の魅力はレベルじゃない。今みたいに、俺達がやりたいことをわかってくれて、1番欲しいサポートをくれるところだ……と、パラディナが言っていたぞ」

「と、シンも思ってるぞ〜! キャハハ!」

「違う! 今のはパラディナが言っていたことだ!」


 シンが吠えると、メイメイは満足そうに頷いた。これだけの実力者2人にそんなふうに思って貰えるなんて、冒険者冥利に尽きるというものだ。何より、俺のやり方が憎きブレイブと違うことを、仲間がきちんと評価してくれていたことが素直に嬉しい。


 しかし、俺は勇者パーティーに戻る気はなかった。以前ウィズにも似たようなことを聞かれたが、俺はもう勇者パーティーのヒイロじゃない。救助隊のヒイロなのだ。


「すまない。今の俺にはやりたいことがあるから」

「……そっか〜。じゃあ仕方ないか〜」


 俺は迷わなかった。しかし、せっかくの誘いを断ることには申し訳なさを感じた。メイメイは俺の返事を聞いて、カラカラと笑った。それを聞いていたシンは、静かに腕を組んで目を閉じた。


「じゃ〜、チャチャッと転移門ゲートを直しちゃいますか〜!」

「えっ、直せるのか?! 確か、転移門って高位の魔術師しか直せないんじゃないのか?」

「俺も信じられんが、コイツが高位の魔術師の1人らしい」


 確かに、メイメイほどの魔術師はギルド中を探しても数える程しかいないだろう。これには俺も驚いた。シンも連れてくるまで知らなかったらしく、なぜこいつのような変人が、という表情をしている。


「それじゃあまたね〜。あ、ウィズちゃんの魔力酔いも何とかしてあげてね。敏感なのね〜、その子」


 そう言って、やはり楽しげなメイメイは、スキップしながら転移門の方に行ってしまった。俺は彼女に言われてウィズのことを思い出した。そういえば、ウィズはメイメイが魔法を唱え始めてからずっと静かだ。


「ウィズ、大丈夫だったか? ……ん?」


 俺は何気なくウィズに話しかけた。しかし、そこで気づいたのだ。ウィズは顎から滴るほど汗を流しながら、肩を抱きしめて震えていたのだ。


「だ、大丈夫か、ウィズ?! まさか、さっきの殺気が防ぎきれなかったとか……?」

「ち、違います……。こんな魔力、まるで災害レベル……」


 ウィズが正気を失ったように独り言を繰り返す。メイメイの攻撃魔法がどうかしたのだろうか。俺には、炎が発する熱気以外は何も感じらなかったが、もしかして……。


「魔力酔いか?」


 ウィズは青い顔で小さく頷いた。メイメイも言っていたが、どうやらウィズは魔力酔いをしてしまったらしい。


 魔力酔いとは、生まれつき魔力に敏感な人間が、大量の魔力を感じとった時に起こす体調不良の一種だ。強い光の点滅や大きな音が続くと、五感が狂って気分が悪くなるのと同じようなものらしい。本来、魔力に敏感であることは魔法を使う上で有利な才能だが、時に本人にとって大きな負担となるのだ。


「ふん、情けないやつだな。今までの生意気な威勢はどうした?」

「……」

「……お、おい」


 シンの嫌味に応える気力もないらしい。俺が肩を支えてやると、ウィズは具合が悪そうに俺に体重を預けてきた。どうやら平衡感覚がなくなり、一人で立つことができないようだ。


「おい、ヒイロ。早く何とかしてやれ」

「と言っても、魔力酔いはステータス異常じゃないから、俺の魔法で回復できないんだ」

「だ、だったらどうするんだ?」


 クールなシンが珍しく取り乱す。これまで口喧嘩をしていた相手が急に弱り出したのが意外だったからだろう。もしかしたら、言い返せない相手に悪口を言ってしまったことにうしろめたさを感じているのかもしれない。なんだかんだで根は善人なのだ、シンは。


「とりあえず、この場を離れよう。魔力酔いは、魔力の多いところにいると悪化するからな」


 俺はぐったりとするウィズをおんぶした。この場所は、ウィズが中級魔法を連発しただけでなく、メイメイが上級魔法を放ったせいで魔力溜りのようになっているはずだ。ウィズには辛いだろうが、無理にでも移動した方がいい。

 

「第1層への転移門まで戻ろう。シン、悪いが護衛を頼めるか?」

「……いちいち命令されるまでもない」


 そう言ったシンは、一瞬心配そうにウィズを見たあと、隠密スキルで姿を消してしまった。俺には全く気配が分からないが、近くにいてくれるはずだ。


「……ヒイロ様、すみません」

「いいんだ、ウィズ。もう襲撃は終わったから、休むといい」

「いえ、そうじゃありません。私、勝手な判断をして、またヒイロ様を危険な目に合わせてしまいました」

「今回はたまたまさ。それに、ウィズがいつも自分で考えて行動してくれるのは、すごく助かってるよ」


 ウィズは、歩きだした俺の背中で弱々しくしゃべり続ける。本当は大人しくしていた方が酔いの覚めが早いのだが、襲撃の足止めに失敗した時のことをどうしても話したいらしい。


「悔しいですが、シンさんとメイメイさんが助けてくれなければ、大変なことになっていました」

「そうだな。2人は本当に頼りになるやつらだ」

「ヒイロ様、一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん?」


 ウィズがおずおずと尋ねてくる。彼女の表情は見えないが、何かを言いにくそうにしているようだった。


「ヒイロ様は、本当に勇者パーティーに戻る気はないのですか?」


 俺の背中でウィズがもぞもぞ動く。どうやら俺の表情を覗き込もうとしているようだ。だが、こんな体勢ではどうやっても見えないだろう。


「もちろん、ないぞ」

「そうですか」


 俺はウィズに伝わるようにハッキリと意思表示した。彼女はそれを聞いて納得したのか、それとも諦めたのか、俺の背中で動くのをやめた。


「私、ヒイロ様と冒険がしたいです。だって、あなたに助けられた命だから……」


 どうやらウィズは、俺に命を救われたことに恩を感じているらしい。それがきっかけで彼女が自分を大切にできるようになったのだから、悪いことではないと思う。それに、彼女と俺の関係がそんな堅苦しいものだけではないということも知っていた。何がきっかけでも、冒険の中で俺達が培った信頼関係は確かなものだ。


「あなたと一緒にいたい。だって、私がなのは、勇者パーティーの一員でも、恩人でもない、ただのヒイロ様ですから……」

「ウィズ?」


 ウィズの声が少しずつ小さくなっていく。俺の耳元にとどく彼女のささやきは、もうほとんど息の音しかしておらず、うまく聞き取ることができない。まるで誰にともなくつぶやく寝言のようだ。

 

「だから、どうか……どう……か……復讐……考えな……で……」


 最後に独り言を呟いたウィズは、途中でそのまま眠ってしまった。彼女の穏やかな寝息が、俺のうなじにかかる。どうやら、魔法の連発と魔力酔いで疲れ切ってしまったらしい。


「お疲れ様、ウィズ」


 もうウィズには聞こえないことは分かっているが、労いの言葉をかける。俺は無理に続きを聞き出すなんてことはせずに、ウィズを静かに寝かせてやることにした。



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