3-2 ヒイロとウィズ、シンについて話す
第2層夜の草原は、文字通り常夜のエリアである。見渡す限りなだらかな平野が広がり、その全てが膝くらいの高さの草に覆われている。にも関わらず、ここには直射日光が一切降り注がないのだ。
「今日は月が大きい。見通しはマシな方だな」
「はい。でも、遮蔽物がないとはいえ、暗くて辺りが見づらいですね」
夜間戦闘では、命中、回避などの様々な能力が低下する。各ペナルティは大したことはないが、総合的な戦いづらさは迷いの森よりも高いだろう。
「ウィズ、明かりをつけてくれ。冒険者が俺達を見つけやすいようにするんだ」
「はい。……
ウィズの明かりは小さく、周囲を見渡すにはまだ暗すぎる。だが、夜だからこそ、星のような輝きはよく目立つ目印になるはずだ。
「いいぞ、ウィズ! じゃあ、活動開始だ」
「はい! ……って、あれ?」
意気揚々と歩き出すウィズだが、途中で何かを思い出したように立ち止まった。そのまま辺りを見回すが、目当てのものが見つからないらしくオロオロしている。
「どうしたんだ、ウィズ?」
「あの、シンさんがいないのですが……。帰ってしまったんでしょうか?」
「ああ、シンなら多分そばにいるぞ」
「え?」
なるほど、シンの姿が見えないから戸惑っていたのか。たしかに、草原には俺達以外に人影はない……ように見える。
「隠密スキルだよ。盗賊職なら誰でも持っている基礎スキルだ」
「で、でも、全く姿が見えませんよ? こんな開けた場所で、しかも基本スキルだけで、完全に気配を消すなんて、可能なんですか?」
「シンの職は暗殺者……盗賊の上位職だ。こんな事が出来るのは彼だけだよ」
そういう俺にも、シンがどこにいるのか全くわからない。彼が本気を出せば、並のモンスターは自分が攻撃されたことにも気づかないまま倒されてしまうだろう。
「……本当に近くにいるんですか?」
「そう言われても、確認のしようがないからなぁ」
シンはつれないやつだから、きっと呼んでも姿を現さないだろう。俺は完全に諦めていたが、ウィズはどうしても気になるらしい。しばらく考えていたが、突然何かひらめいたようで、小さくこう呟いた。
「……チビ」
「……」
「痛っ! 誰ですか、私の頭を叩いたのは?!」
もちろん俺じゃない。つまり、シンがこの場にいることが確かめられたわけだ。というか、シン、身長が小さいことを気にしていたのか……。育ち盛りだから、今はなんの問題もないと思うがと思うが。
「こら! 今のはウィズが悪いぞ!」
「いいんです! 酒場での仕返しです!」
シンに身の程知らずと言われたことを、まだ根に持っているらしい。初対面では、俺を追放した勇者パーティのメンバーとしてシンを嫌っていたが、今は私怨のほうが強いようだ。
「それにしても、シンさんが上位職だなんて信じられません。だって、明らかに私より年下じゃないですか」
上位職とは、2つの職を持つ冒険者だけがなれる強力な職だ。普通の冒険者は1つの職しか持てない。だが、その職を極めることができた一部の冒険者は2つ目の職を獲得することができるのだ。
「シンは幼い頃から冒険者をしていたからな。暗殺者は、盗賊職が弓使い職を獲得するとなれる職だ」
「……なんか、すごすぎて悔しいです」
「はは。確かに、上位職になれる冒険者はほんの一握りだからな」
にも関わらず、勇者パーティーのメンバーは全員が上位職だった。
「……それに比べて、俺は最後まで上位職にはなれなかったなぁ」
「あ、ごめんなさい……。そんな気持ちにさせるつもりじゃなかったのですが……」
「いや、独り言さ。俺の方こそごめんな」
上位職になるには、1つ目の職でレベル75以上になるのが条件だ。戦闘能力が低い聖職者は、単独でのレベル上げが難しい上、集団戦闘でもボーナス経験値を獲得しにくい。これを聞けば、いかにフィリスが優秀な聖職者か分かるだろう。
「さあ、暗い話はここまでだ。まずは歩き回って、救助が必要な冒険者を探そう。……シンもちゃんとついてきてくれ」
*
「ありがとよ、隻眼の兄ちゃん」
「気にするな。気をつけて帰るんだぞ」
第2層では第1層よりも多くの冒険者が助けを求めていた。その多くは、第1層で自信過剰になった者達が、第2層で深入りしすぎた結果だった。
「やはり、第2層に来て正解でしたね。こんなにたくさんの人が救助を求めているなんて思いませんでした」
「ああ。ここでも第1層と同じ流れを作れるといいんだがな」
「流れ? 何のことですか?」
ウィズが俺の言葉を聞いてキョトンとする。そういえば、この辺のアイデアはまだウィズには話していなかった。ちょうど手が空いたので、歩きながら話すことにする。
「これまで俺達は、第1層で多くの冒険者を救助してきた。彼らには最低限の処置のみを施し、自力で帰還させた」
「はい。被救助者の費用負担をできるだけ無くすため、ですよね」
「それだけじゃない。自力での帰還を経験した被救助者には、救助に頼らず自力で解決する能力が身につく」
「たしかに、そのほうが彼らの長期的な負担も少なくなりますね」
「さらに、彼らのノウハウが蓄積すれば、これから第1層に挑む初心者も救助を受けなくて済む」
「なるほど、私達の救助がなくても冒険ができるようになるわけですね……って、だめじゃないですか!」
「え?」
それまで感心して頷いていたウィズが、急にガバっと顔を上げて俺の方を見た。俺にしては頭の良いことを言ったつもりなのだが、何がだめなのだろう。
「だって、救助を必要とする人がいなくなったら、私達、店じまいですよ!」
「あ、ほんとだ」
「もう、ヒイロ様ったら!」
ウィズが俺の腕を掴んで、押したり引っ張ったりする。大した力でもないのでされるがままに任せた。そうだ、俺のアイデアが上手くいけば、救助隊は存在意義を無くし、解散しなければならなくなる。
「……でも、俺達のポリシーって、あの時の自分達と同じ目に合う人を無くしたい、ってことだろ。だったら、救助隊が必要なくなるくらい頑張ったほうがいいと思うんだ」
「……まあ……それもそうですね」
ウィズが迷いながらも同意する。気持ちは彼女も同じはずだ。だが、これまでやりがいを持って取り組んできた救助活動が必要なくなると聞いて、複雑な気持ちになったのだろう。
「頑張りたいです……でも、救助隊がなくなったら困りますし……でも……でも……」
「……まあ、救助隊が要らなくなるにしてもずっと先のことだろうし、深く考えなくてもいいんじないか?」
「うーん……」
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