3章 夜からの救助
3-1 暗殺者シンとの再会
「ヒイロ様、今日は思い切って第2層に行ってみませんか?」
いつものように酒場で出発の準備をしていると、ウィズがそんな事を言いだした。このごろのウィズは、謝礼金の返済がうまくいっているようだ。出会った頃の悲壮な印象からは考えられないほど笑顔と行動力が増えた。
「第2層、つまり夜の草原か。救助活動にも慣れてきたし、そろそろいいかもしれないな」
活動を始めてから半月が経ち、ウィズと2人での探索にも慣れ、救助も板についてきた。もともと第1層は簡単なダンジョンだったため、物足りなさを感じていたところだ。このあたりで仕事の難易度を上げてもいいかもしれない。
「よし、試しに第2層に行ってみよう」
「ありがとうございます! 夜の草原なんて、久々です」
「俺もだよ。懐かしいなぁ」
俺のレベルはおよそ60、ウィズのレベルはおよそ40だ。対して第2層の適正レベルは20以上とされている。救助という仕事をこなしながらでも十分安全に活動できるだろう。
「それじゃあ、今日も張り切って……」
俺とウィズがえいえいおーの構えをとる。だがここで、意外な人物によって出発を止められることになった。
「……まさか、本当に生きていたとはな、ヒイロ」
突然俺の背後から声がした。朝の酒場は冒険者でごった返しているが、はっきりと俺の名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。しかも、その声を俺は知っている。
「……あっ! シンじゃないか!」
「……ふん」
*
シンは勇者パーティーのメンバーであり、俺のかつての仲間でもある。最年少で最も小柄な彼だが、目にも止まらぬ素早さと、そこから繰り出される必殺の一撃は他のメンバーから一目置かれていた。
さらに、その隠密スキルは見破れるものはいないと言われるほど強力で、いきなり姿を現したシンに、酒場の冒険者が一気にざわつく。
「おい、あれってシンじゃないか……?」
「あれが暗殺者の装備か。初めて見た……」
「本物か? 滅多に姿を現さないらしいが……」
「なんでただの聖職者と話してるんだ……?」
だが、本人は周囲の反応など全く気にしていないかのように無視している。彼の関心は俺にのみ向けられているようだ。
「……ヒイロ様、知り合いですか?」
ウィズがこっそり俺に聞いてくる。そういえば、シンや他の仲間についてウィズに話したことは一度もない。
「ああ。シンは勇者パーティーの一員なんだ」
「えっ、ヒイロ様を追放した、あの?」
勇者パーティーと聞いて、ウィズの顔が険しくなる。彼女は、俺にひどい仕打ちをした彼らにいい印象を持っていない。そしてそれは実際に対面しても変わらないようだ。
だが、俺は決してシンを恨んではいなかった。フィリス、パラディナ、メイメイもだ。俺が恨んでいるのは、ブレイブただ一人なのだから。
「久しぶりだな、シン。少し痩せたか?」
「……」
「ちゃんと食べてるのか? もしかして……」
「……余計なことは言うな。それに無駄話は嫌いだ」
俺の言葉をピシャリと遮る。久々の再会に世間話でもと思ったが、シンはそんなつもりはないらしい。相変わらずクールなやつだ。
「単刀直入に言う。二度と勇者パーティーの前に姿を現すな」
「なっ、なんてことを言うんですか?!」
シンがそう言い放つと、俺が反応するよりも早く、ウィズが椅子を倒して立ち上がった。無表情のシンとは対照的に、ウィズは空いた口を閉じるのも忘れている。
「……ヒイロ、なんだこの女は」
「あ、紹介するよ。彼女は
「……」
それを聞いたシンは、やっとウィズを見た。それまで無表情だった彼が少し目を細める。微妙な変化だが、笑ったというより睨んだように俺には感じられた。
「ヒイロ、その女魔術師に伝えておけ。身の程知らず、とな」
「身の程知らずはあなたです! ヒイロ様のような人を追放するなんて!」
容赦のない言葉に、負けじと言い返すウィズ。だが、相変わらずシンは相手にもせず、そっぽを向いてしまった。その態度がますますウィズを怒らせてしまう。
「ふ、ふたりともやめるんだ!」
「やめさせるなら、この女魔術師に言え」
「何でですか、ヒイロ様? 私、悪くないですもん!」
「あぁ〜、もぉ〜……」
間に挟まれた俺は、大きくため息をついた。初対面だと言うのに、ウィズとシンの相性は最悪だ。そもそもの原因はシンの失礼な言動だが、それに対するウィズの反応もやり過ぎだと思う。
「とりあえず、シン。俺は勇者パーティーに戻りたいとも、ましてや仕返ししたいとも思っていない。君が姿を現すなと言うならそうしよう」
「まさか、ハイそうですか、と引き下がるとでも?」
シンは腕を組んで、俺を見定めるように見つめる。まさか、報復を恐れたブレイブが、俺を消すよう彼に言いつけたのだろうか。いや、シンの反応から察するに、ブレイブはまだ俺の生存に気づいていないはずだ。
「本当だ。その証拠に、俺は新しい居場所……つまり、救助隊で本気で活動している。仕返ししている暇もないくらいに、だ」
「救助隊か。俺も噂は聞いている。人助けに夢中で自分の右目を治すのを忘れた、間抜けなやつがいるとな」
「そ、それは……」
「シン。その話はやめるんだ」
俺はきっぱりと否定の意思表示をした。別に傷や俺の性格をからかわれるのは気にならない。でも、傷の話を聞いたウィズが動揺したのが見えた。彼女は未だに、自分のせいで俺が隻眼になったことを後悔しているのだ。
「……ふん。と、とにかく、お前の言葉が本当かどうかは、俺が判断することだ」
俺が怒ったのが珍しかったのか、シンが動揺する。隠そうとしているのだが、少し早口になっているのでバレバレだ。本当はウィズに謝ってほしいが、強がりな性格の彼にはこれが精一杯だろう。
「判断? どうやって?」
「しばらくお前達を見張らせてもらう。要は、お前が救助隊とやらに夢中になっている限りは、ブレイブ達に関わることはない、ということだろう」
「それは構わないが……」
急な提案に面食らう俺とウィズ。別にやましいことはないので、シンの納得が得られるならいくらでも見張ってくれて構わない。だが、そこまでして俺を勇者パーティーから引き離そうとするのは、本当に報復を恐れてのことだけだろうか?
「そ、それじゃあ、今日も張り切っていこう……」
「え、えいえいおー……」
「……」
予想外のメンバーを迎えつつ、俺達の第2層デビューが始まったのだった。
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