2-9 救助成功と種明かし
俺の言葉に、レンジの表情が凍りついた。いや、無表情を装ってはいるが、目の動きに動揺が見て取れる。
やはり思ったとおりだ。彼の本当の職は盗賊で、隠密スキルを使って俺達の救助を撹乱していたのだ。
「……焚き火に細工した第三者がいた可能性もある」
「つまり、君が俺達に職業を偽っていたのは認めるんだな」
「おっ……と、俺様としたことが」
レンジの苦し紛れの反論に、すかさず俺か切り返す。ここまで追い込まれても、はっきり肯定も否定もしないところはさすがだ。だが、図星を突かれれば嘘を突き通すのは難しいものだ。
「やっぱりそうだったのか。あの時君が余計なことさえしなければ、モブリットの救助はここまで難航しなかっただろう」
「それはどうかな。抵抗する遭難者を取り押さえながら、保護もしつつ、スキル無しで迷いの森を抜けられたか?」
さすがにそれは結果論だ。レンジ達が引っ掻き回したおかげで、モブリットが救助に協力的になった……なんて、感謝する気にはなれない。
「ヒイロ……だったか。これ以上は証拠もない水掛け論だ。やめにしてくれないか」
「……わかった。そのかわり、1つ教えてくれ」
レンジはまいったをするように両手を頭の上に上げた。俺の予想が正しいことを暗に認めたのだ。だが、彼の言う通り、証拠がないからには俺達も強引な手段はとれない。だから、俺は純粋な疑問を投げかけた。
「そこまで周到な君達が、どうして銅貨10枚で手を打ったんだ。マチェッタの失言があったとはいえ、水を持っている君達に価格決定権があったはずだ」
俺の疑問を聞いたレンジは、やれやれと頭を振った。そこにはもはや、腹の探り合いを続けようとする雰囲気はない。俺達が出会った時の軽薄なだけの男に戻っていた。
「男ってのは、女の子の前ではカッコよくなきゃいけないものなのさ」
「……君、まだウィズにちょっかいかけるつもりなのか?」
「あー、わかったぞ。こりゃ俺様が言っちゃいけないやつだ」
レンジはまたもや、嘘をつかずにはぐらかす。素直に考えれば、レンジがウィズの前で格好つけるために俺達を助けた、と考えるところだろう。しかし、どうやらそうではないらい。
「……様、ヒイロ様!」
少し離れて歩いていたウィズが俺を呼ぶ。俺達はずいぶん長く話し込んでいたようだ。レンジに詳しく話を聞きたいところだが、そんな雰囲気でもなくなってしまった。
「どうした、ウィズ?」
「森の出口を見つけました! 今回の救助は成功です!」
ウィズが俺の手を取り、先頭へと引っ張っていく。そこでは、モブリットが2日ぶりに見た外の景色と眩しい朝日に目を潤ませていた。
「ヒイロ様、レンジさんと何を話していたんですか?」
「ああ、それは……」
何気なく尋ねてくるウィズに、俺はありのままに話していいのか悩んだ。救助成功を喜んでいる彼女の気持ちに水を差したくはない。ここはレンジを見習い、真実を意図的にはぐらかす作戦、でいくか。
「いや、どうして銅貨10枚で手を打ってくれたのか聞いたんだ。そしたら、「男ってのは、女の子の前ではカッコよくなきゃいけないものなのさ」って言われてさ」
「……それって、私がヒイロ様を……」
「ん? 何だって?」
「い、いえ、何でもないです……」
レンジだけでなく、ウィズまで誤魔化そうとする。だが、途中ではっとしたウィズは言葉を飲み込んだ。マチェッタがこちらに向かって歩いてくるのが見えたからだ。
「……ジ、レンジ!」
マチェッタは俺達の横をすりぬけ、さらに後ろのレンジの方へ歩いていく。
「どうした、マチェッタ?」
「出口についてしもた! 今回の商売は大失敗や!」
マチェッタがレンジの手を取り、出口の方に引っ張ってくる。先を歩くマチェッタは、頬を膨らませながら文句ばかり言っていた。後ろを歩くレンジは……そんな彼女の後ろ姿を穏やかな笑顔で見つめていた。
「……どうしたんだ、ウィズ? 途中で黙ったりなんかして」
「……いえ、これは私が言ってしまうのは野暮なことです」
「ええぇ?」
訳が分からない俺と、何か気づいたウィズ。結局ウィズはその内容を俺に話してくれることはなかった。
それにしても不思議なものだ。一時は敵対していたハイエナに対して……特に、ウィズに土下座まで要求してきたマチェッタに対して、それほど悪い印象はないのだ。おそらく、モブリットもそこまで彼女を恨んではいないだろう。もし救助が失敗していたり、無茶な救助費を支払わされえる羽目になっていたら、きっと全員が彼女のことを恨んでいただろう。
そんなことにならなかった偶然に、俺達やマチェッタは感謝しなければならないのかもしれない。
*
「相棒を……モブリットを救助してくれて、ありがとな」
「俺なんかを助けてくれて、本当にありがとう」
ダンジョンの外で待っていた依頼者と合流し、俺達の救助活動は終了した。トラブルがあったことを加味しても、今回の救助は大成功と言えるだろう。
マチェッタとレンジは、俺から銅貨10枚を受け取ると、さっさと帰ってしまった。
「今回だけは初回サービスやからな!」
「いつでも連絡してくれよ、ウィズちゃん!」
さて、今回の経緯を話すと、依頼者は慌てて追加費用を支払おうとしてきた。さっき俺がハイエナの2人に払った銅貨10枚だ。
「ただでさえ相場以下で無茶な救助を依頼してたんだ。そこまで甘えられねぇよ」
「本当は救助の安売りはしたくない。でも、今の君達には払えないだろ。だから、払わなくていいってば」
俺と依頼者が頭を悩ませていると、モブリットが無言で割り込んできた。彼は俺の手を取ると、何かを握らせてきた。
「これは……銅貨1枚ですか?」
俺が手を開くと、ウィズが横から覗き込んでくる。確かに銅貨だった。
「……最初に会ったとき、払い損ねた分だ」
「ああ! 君が足を怪我した時か」
すっかり忘れていた。あの時、俺が救助費として銅貨3枚を求めたところ、モブリットは銅貨2枚しか支払わずに去ったのだ。あの時は投げつけるように渡されたが、今は俺の目をしっかり見ながら渡してきた。
「約束の銅貨20枚は今払う。追加の10枚もちゃんと払うから、待ってほしい」
モブリットはそう言うと、俺とウィズに頭を下げた。出会った時の彼からは考えられないほど丁寧な態度だ。彼の改心を見て、俺達は彼の約束を信じることにした。
「分かった。待ってるよ」
「くれぐれも無茶な冒険はしないでくださいね」
俺達の見送りを受けながら、依頼者達も帰っていった。結果的に彼らに追加費用を負担させることになってしまった。しかし、俺達に対して誠意で応えようとする彼らの気持ちなら、受け取りたいと思う。もちろん、待った結果払われなくてもいいと思っているのは、ウィズには内緒だ。
「じゃあ、俺達も帰ろうか。野宿のせいで、体中が痛いよ」
「はい。帰りましょうか」
最後に残った俺達も家に向かう。
「それにしても、全員生還できてよかったよ。土下座までした甲斐があったなぁ」
「もう……。急にあんなことをするなんて、びっくりしちゃいましたよ」
「でも、嬉しいお知らせだ。俺の土下座にはおよそ銀貨1枚分の価値があるらしい」
「二度としないでくださいね???」
「……怖いよ、ウィズ」
真昼の街は、真夜中の森よりずっと賑やかだ。しかし今回、ハイエナは森ではなく街に潜んでいることを痛感させられた。だが俺達が遭難者を救助できたのは、そのハイエナとの奇妙な縁のおかげでもあるのだった。
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