2-7 ハイエナからの意外な提案

「おーっと、そこまでそこまで」


 ウィズが地面に手をつこうとした瞬間、意外な人物がそれを止めた。今まで黙っていたレンジだった。


「れ、レンジさん……?」

「な、なんで止めるんや、レンジ!」


 ウィズだけでなく、マチェッタも同時に驚きの声を上げる。ということは、レンジの独断行動というわけか。


「隻眼野郎のせいで状況かややこしくなってるみたいだから、ここは俺様が仕切らせてもらうぜ」


 レンジは頭の後ろで組んでいた手を解き、やれやれとため息をついた。彼は言い争うウィズとマチェッタの間に割り込む。いったい何をする気だろうか。警戒する俺と反対に、彼に武器を構えるそぶりは全くない。


「まずは、ウィズちゃん。そんな格好じゃ美人が台無しだ。水なら俺様が銅貨10枚でいくらでも譲ってあげるぜ。ちょうど依頼料の半分だ」

「ど、銅貨10枚?」

「そ。俺様達は協力して救助をしただろ。依頼料を山分け、ってわけ」


 ウィズは俺の顔を見る。銀貨1枚に比べれば銅貨10枚は格安だ。それも、水代ではなく救助費の山分けと考えれば妥当な額だろう。当然、俺たちの取り分は少なくなるが、依頼者の負担がなくて済むという点では、俺の要望も汲んでもらったことになる。

 

「マチェッタ、よく考えろ。このままだと水代はタダ、俺たちはタダ働きだ。だったら、半額料金だけでも受け取ったほうがお得だぜ」

「そ、そうやけどぉ……」

「隻眼野郎の話を聞いて、心が揺らいだだろ、お前。商売も恋愛も、惚れたほうが負けなんだ」


 マチェッタがオロオロしながら、指折り勘定を始める。おそらく、銅貨10枚で彼らの経費が賄えるかを計算しているのだろう。涙目で悩んでいた彼女だが、最後にはがっくりと肩を落とした。


「あぁ……ウチの銀貨ちゃん……さよなら……」

「はい決まり! 俺様ってば天才!」


 レンジはそう言うと、マチェッタの手から水筒を取り上げて俺の方に投げた。慌てて頭を上げて、両手でキャッチする。中には確かに水がたっぷり入っていた。俺はいまだに彼らを疑う気持ちが晴れず、狐につままれたような気分だった。


「ほ、本当に銅貨10枚でいいのか?」

「しつこい野郎だな。まあ、依頼者に追加で払わせるか、あんたらの取り分から切り崩すかは任せるぜ」


 レンジはそう言ってウィズが立ち上がるのに手を貸したが、見事に振られていた。俺は水筒の栓を開け、モブリットに手渡す。


「ほら、飲むんだ」

「……ありがとう」


 モブリットは少しの間水筒を見つめていたが、やがて水を飲み始めた。それを見て安心した俺とウィズは、先程まで敵対していたハイエナの2人に向き直る。


「俺からも礼を言うよ、レンジ。それにマチェッタにも」

「私からも……一応」

「おう」

「……」


 ウィズはなんとなく気が収まらない様子だ。それに対して、レンジはさっぱり、マチェッタは歯切れ悪く返事をする。


 しばらく休んでいるうちに、モブリットの体調は十分に回復した。今回の彼は、途中で逃げ出すようなことはせず、最後まで俺達の看病を受けてくれた。



 *


 

 夜を明かした俺とウィズは、モブリットを連れて、レンジとマチェッタといっしょに森を出ることになった。

 

「それにしても、どうして仲裁に入ってくれたんだ?」

「しっしっ、野郎は離れてな。……まあ、少しくらい教えてやるか」


 帰り道の途中、レンジと話す機会があったので、探りを入れてみた。本当に彼は、善意で俺たちを助けてくれたのだろうか。レンジが話を続ける。


「今回の救助の相場は、3日間で銅貨30枚。つまり、1日あたり銅貨10枚だ」

「……君達が救助活動を行ったのは、索敵スキルを使ったほんの数時間。十分相場以上の時給を得ているわけか」

「マチェッタが値段を吊り上げて、俺様が損切りする。アンタ達は見事ハイエナの策にはまったってことだ」


 もっともらしい理由を説明するレンジ。やはり、彼らにもメリットがあったからこそ和解が成立したのだ。


 ……と、丸め込まれるのは簡単だ。


「いや、いくつか腑に落ちない点がある」

「俺様が嘘をついているって?」


 俺がそう続けると、レンジは試すように俺の方を見る。これは嘘をついていないもの特有の自信だ。ならば、意図的に真実を隠しているのではないか?

 

「まず、君たちはなぜ今回の救助費を知っていたんだ? 銅貨30枚が相場のはずなのに、君は確かに、銅貨10枚が依頼料の半分であることを知っていた」

「そ、そうだったか?」

「恐らく、君達は俺たちが救助活動をしていることを知っていて、近づいてきた。違うか?」

「さ、さあな。でも、それがどうした?」


 俺が話すと、レンジは居心地悪そうに誤魔化す。だが、まだかろうじて自信のある態度を保ったままだ。核心に近づいているものの、あと一歩及ばない、ということか。


 ……ここからは俺の直感だ。だから、カマをかけて相手の反応を見ることにした。

 

「ずっと引っかかってるんだ。どうしてあのとき焚き火の明かりが消えたのかって。偶然鍋がすっぽり炎を覆うなんて、ありえるのか、って」

「俺様達が現れた時だな。そして、モブリットに逃げられた時でもある」

「あの時、俺は見たんだ。……焚き火に鍋をかぶせて逃げ去る謎の人影を」

「……でもよ」


 レンジが一瞬黙り、そして反論しようとする。そこに、先程までの自信は感じられない。もちろん、俺は謎の人影なんて見ていない。だが、もしかして、俺の予想は当たっているのか……? 俺の胸のざわつきをよそに、レンジか続ける。


「それが誰かは知らねぇが……いくら迷いの森でも、姿を見られず焚き火に細工するなんて無理じゃねえのか?」

「盗賊職の隠密スキルがあればできる。俺の知り合いにそういうやつがいるんだ」


 かつて俺が所属していた勇者パーティーには暗殺者アサシンシンがいた。暗殺者は盗賊シーフの上位職で、彼が隠密スキルで身を隠し、モンスターはおろか味方にすら気配を察知されずに行動するのを見たことがある。下位職である盗賊の隠密スキルは精度で劣るかもしれないが、迷いの森の地形効果があれば完全に気配を消すことも可能かもしれない。


 俺の発言に、レンジは肩をすくめて笑った。彼は自分の肩に担いだ弓を指さす。

 

「じゃあ俺様達は容疑者から外れるな。俺様は弓使い、アンタらも索敵スキルを見ただろ。マチェッタは行商人、本人に聞けばわかる」


 レンジが大げさに頷く。一見、自分たちの無実が証明されて自信を取り戻したかのようだ。しかし、嘘を強引に突き通そうとしているようでもある。彼の態度を見て、俺は自分の仮説が正しいことを確信した。


「索敵スキルが使えるのは、弓使いだけじゃない。盗賊もだ。……レンジ、もし君が盗賊だとしたら……?」




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