2-5 ハイエナ、牙を剥く

「なるほど。つまりあんたらは、遭難者に逃げられた、ってことやな」


 いきなり俺たちの前に現れた冒険者たちは、弓使いレンジャーレンジと行商人マーチャントマチェッタと名乗った。そのうち、マチェッタは俺達の話を聞いて、大げさに相槌を打つ。


「ほな、ウチらも協力したるで。ちょうどウチのレンジが索敵スキルを持っとるし」

「おう。お安い御用だぜ」


 2人は気軽にそんな提案をしてくる。あまりに気前が良すぎるくらいだ。だが、俺とウィズは気まずく顔を見合わせた。


「せっかくの提案だが、断らざるを得ないんだ。依頼人が謝礼金を払えないからな」

「えー。そのくらい、隻眼の兄ちゃんが立て替えたったらええやん」

「そうしたいところだが、赤字で活動が続けられなくなったら元も子もないからな」

「……」


 マチェッタはしばらく考え込んだかと思うと、少し離れたところでレンジとひそひそ話を始める。何を話しているのかはわからないが……、戻ってきた彼女は満面の笑みだった。


「ええよええよ。ほな、お金はいらん!」

「えっ、いいのか?」

「もちろんや。助け合いは大事やからなぁ。その代わり、水と食料を分けて欲しいんや」


 この提案には驚いた。確かに、迷いの森では探索が長期化することが多いため、食料を欲しがる冒険者は多いだろう。しかし、索敵スキルを持つレンジと運搬スキルを持つマチェッタが食料に困っているとは思えない。

 

「……まあ、索敵スキルには代えられないか。残り少ないから、大切に食べてくれ」

「おおきに! 商談成立!」


 俺はマチェッタの本心がわからないまま、彼女の提案を承諾した。今は遭難者の安否を分ける緊急事態だ。一刻も早く行動をしなければならない。


 さて、俺たちが話している間に、ウィズとレンジの方でもやり取りがあったようだ。


「君可愛いね。名前は?」

「……」

「ウィズちゃんでしょ。どこ住み?」

「……」

「好きな人とかいるの?」

「……」

「なんだか俺様達、気が合うね〜」

「………………………………ハァ???????」

「か、カップル不成立……」


 ウィズが不快を露わに睨みつけると、それまで軽薄な態度だったレンジが後退りする。外野から観ている俺ですら、縮み上がってしまうくらいの迫力だ。


「あ、あんなウィズは初めて見た……」

「ウチのバカレンジなんて、あの対応で十分や」


 確かに、ちょっかいを掛けていたのはレンジの方だったから、ある意味当然の報いだろう。それにしても、ウィズがあんなに嫌がるなんて、そんなに嫌な話題だったのだろうか?


「とにかく、善は急げ、や。レンジ、索敵スキルで遭難者の痕跡を探すんや!」

「まかせな! いいとこ見せてやるぜー!」


 なんとも心強い増援だ。しかしなぜだろう、俺の心にはなんとなく引っかかるものがあった。しかし、この時はモブリットを探すのに夢中で、違和感の正体に気づかなかったのだった。



 *



「索敵スキルって、具体的にどう使ってるんだ?」

「しっしっ、野郎は離れてな。……まあ、少しくらい見せてやるか」


 レンジの索敵スキルのおかげで、俺達は迷いの森を快適なスピードで進んでいく。彼の道案内に従えば、モンスターに遭遇することもない。現に、彼が背中に背負った弓はこれまで一度も使われることがなかった。そんなことであまりにもやることがないので、彼の仕事に興味がわいたのだ。


「索敵スキルはダンジョンの特性やモンスターの動きを察知するスキルだ。地図スキルと違って、現在位置が分かるわけじゃない」

「それがどうして遭難防止に役立つんだ?」

「索敵情報から周りの様子を予測するんだよ。例えば、獣道があれば水場が近い、ってな」

「なるほど、擬似的なマッピングってわけか」

「物分かりがいいな。ただし、予測範囲は狭いから、連発必須ってわけだ」


 すると、レンジがしゃがんで地面の様子を確認する。丁寧に草をかき分けると、人間の足跡らしきものが現れた。特殊な技術がなければ見逃してしまうほどの薄い痕跡だ。


「ビンゴ! 遭難者はここで右に曲がったようだぜ。……とまぁ、本来はこうやって使うスキルなわけだが」

「すごいな。全く気づかなかった」


 レンジの案内通り右に曲がる。するとそこには、傷ついて行倒れたモブリットの姿があった。


「ヒイロ様、いました! ……声をかけても逃げられないでしょうか?」

「多分大丈夫だろう。それより、彼の容態が気になる」


 俺はすぐに倒れているモブリットに駆け寄った。明かりを持ったウィズがすぐ後ろをついてくる。2人で覗き込んでみると、彼の体には小動物ほどの大きさの芋虫が纏わりついていた。


「きゃっ! む、虫っ!」

「フォレストワームだ。弱いモンスターだが、毒攻撃をしてくる」

「……小火球……」


 ウィズが腰を引かせながら、虫を炎で炙る。すると、虫はたちまち全身から泡を吹き出しながら縮んで消えてしまった。


 さて、ここからは俺の仕事だ。戦闘ダメージや状態異常の回復は、俺の得意分野だ。洞窟での相談とは違って、迷いの森ではほとんどMPを消費していない。

 

中回復ミドルヒール……小浄化クリア……」

 

 俺の手が触れると、聖なる光に包まれたモブリットの傷は一瞬で完治する。毒のせいで全身から滝のように流れていた汗が、すっと引いていくのが分かる。


「よし、回復魔法が効いたみたいだ」

「でも、なんだかまだ苦しそうですよ……?」


 確かに、モブリットはまだ目を回している。だが、この症状は単なる脱水症状だ。おそらく、毒による大量の発汗が原因だろう。さっきと同じように根気よく水を飲ませればいいのだ。


「もう一度、水を飲ませよう。ウィズ、最後にとっておいた水をとってきてくれ」

「はい! ……って、あれ?」


 威勢よく返事をしたウィズだったが、何やら困っているようだ。どうしたのだろう。確か、遭難者用の水はまだ残っていたはずなのだが。


「水が……食料が全く無いです!」

「な、なんだって?!」


 俺はウィズのもとに駆け寄り、一緒にアイテム袋の中を確認した。彼女の言うことは本当だった。袋の中から水と食料がすっかり抜き取られてたのである。


「最後に確認したのは、焚き火で休んでいた時か。その後は、俺もウィズも食料に触れていないぞ」

「……いいえ、ヒイロ様。私達の他に食料に触れた者達がいます」


 ウィズが少し考えた後、ハッと気づいて俺にそう言う。そこで俺もようやく気づいた。俺達の他に食料に触れたのは……。


「んん? 急にウチらを見て、どないしたん?」

「そうだぜ。まるで盗人扱いじゃねぇか」


 そう、レンジとマチェッタだ。

 

「言うたやろ、索敵スキルを提供する代わりに、食料と水をちょーーーっとだけ分けてもらうって」

「だからって、遭難者用の水にまで手を付けるなんて!」

「うるさい小娘やなぁ。知らずに貰ってしもたわぁ。……せやから、お詫びに商売させてや」


 マチェッタはあろうことか、舌を出しながら俺たちに新たな提案をする。そこで俺は、救助者が……彼らのような冒険者がハイエナと軽蔑される所以を知ることになる。


「ここにアンタらの……今はウチらの水がたっぷりある。コップ1杯につき……銀貨1枚や」



 *



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