2-4 遭難者、救助隊から逃げる

「大丈夫か?! しっかりしろ!」

「う……う……」


 倒れている男の顔を覗き込む。朦朧としているのか、返事はうめき声しか返ってこない。ひとまず生きているようだが、かなり衰弱しているようだ。


「ヒイロ様、間違いありません! この人、私達が捜索しているモブリットさんです!」

「ああ。俺もコイツには見覚えがある。間違いない」


 俺はウィズに頼んで、モブリットの様子を明かりで照らしてもらう。まずはダメージや状態異常の有無を確認して、適切な回復魔法をかけないといけないからだ。しかし……。


「どうしたんですか? 早く、回復魔法をかけないと……」

「待て、彼には……、ダメージがない。状態異常もない」

「えっ? ではなぜ倒れているんですか?」

「多分、脱水症状や低血糖……遭難中にろくに食事が取れなかったせいだろう」


 3日なら大丈夫だと考えていたのが甘かった。モブリットは森の中で出口を求めて、あるいはモンスターから逃げるために走り回ったに違いない。その分早く体力が尽きるのは当然のことだった。


「とりあえず、俺が彼を焚き火の近くまで運ぶ。ウィズは水と食べ物の用意をしてくれ」

「はい。遭難者用の非常食のことですね」


 こんなこともあろうかと、一部の食料は手を付けずに温存しておいたのだ。おかげで荷物の量を増やすことになったが、結果的に正しい判断だった。


「あ……あんたら……は……?」

「俺達は君を助けに来たんだ。君は助かったんだ」


 一瞬だけ意識を取り戻したモブリットは、俺の言葉を聞くと安心したように再び気を失った。俺は彼の体をなんと担ぎ上げ、休憩地点まで戻っていった。



 *



 森の中では最低限の応急処置しかできなかったが、十分な食事を摂ることができたモブリットは自力で立ち上がれるまでに回復した。


「あんたらのことは覚えてるよ。まさか、またハイエナに助けられるなんてな」


 モブリットは救助を受ける立場にも関わらず、相変わらず失礼な言い方で俺たちを罵った。あんまりな態度だが、疲労が十分に回復していない相手と喧嘩をする気にはなれなかった。


「依頼者は君のことを心配していたぞ。どんな方法でも、無事に帰れたらそれでいいじゃないか」

「……依頼?」

「ああ。君の相棒が、銅貨20枚で救助を要請したんだ。彼にとって、君にはそれ以上の価値があるということだ」


 俺はモブリットを心配する依頼者の顔を思い出していた。彼がどれほど仲間を大切にしているか、俺は良く知っている。だからこそ、こんなモブリットでも無事につれて帰りたいと思うのだ。


 しかし、彼の気に障ったのは別の部分だった。

 

「依頼、だと? まさか、あいつから金を取ったのか?」


 モブリットは急に立ち上がると、食べかけの食事を投げ捨てた。食べやすいように、ウィズがビスケットをふやかしてくれたものだ。貴重な食料が地面にぶちまけられる。

 

「それも、銅貨20枚も……。あいつが頑張って貯めた金を……!」

「お、落ち着け! 君はまだ万全の状態じゃないんだ。急に動くと体に良くない」

「うるせぇ! 誰もアンタ達に助けてなんて言ってねえだろうが!」

「きゃぁっ!」


 ウィズが悲鳴を上げる。俺が落ち着かせようとしたのが逆効果だったのか、モブリットはさらに激しく暴れ出した。それどころか、ふらつきながら荷物をまとめて、ここから立ち去ろうとすらしている。


「ま、待て! そんな状態でどこに行く気だ?!」

「俺は1人で脱出する! ハイエナに払う金はねぇ!」

「そんな……、無茶だ!」


 俺の制止を振り切って、モブリットは再び森の中に入っていく。さすがにこれはまずい。彼の意志に反してでも、力ずくで止めなければ!


「ウィズ、モブリットを止めるぞ! 二人がかりで抑え込むんだ!」

「はい! とりあえず明かりを……えっ?!」


 先行してモブリットを追いかける俺。しかし、後方で俺に続こうとしたウィズが、何かに気づいたかのような悲鳴を上げた。次の瞬間。


「く、暗い!」「焚き火が!」「あばよ!」


 その場にいた3人が様々な反応をする。突然、辺りが真っ暗になったのだ。俺たちが起こした焚き火は、辺りの状況を把握するには十分な光源だったはずだ。しかも、混乱に乗じてモブリットは森の奥に走り去っていくではないか。


「ウィズ、無事か?!」


 こんな状況で俺が最優先にしたのは、ウィズの安否だ。一番焚き火の近くにいたのが彼女だからだ。それに、とっさのことだったので、深く考える暇がなかったのだ。


「はい、私は大丈夫です! ……小光球ライト!」


 ウィズが魔法を唱えると、暗闇に小さな光の玉が現れた。暗闇を探索するため、杖の先端を光らせる魔法だ。焚き火よりも小さな光だが、お互いの位置を把握するには十分だった。


「一体何が起こったんだ?」

「見てください、ヒイロ様。焚き火に鍋が被せられています」


 ウィズが明かりを使って焚き火を調べてくれたらしい。たしかに、俺達が調理に使っていた鍋が、すっぽりと炎を覆っていた。彼女が恐る恐る鍋をどけると、中で燃えていた焚き火が再びあたりを照らす。


「それよりも、モブリットさんはどうなりましたか? 彼を引き止めなくては!」

「しまった! もう姿が見えない……」


 俺は急いでモブリットが走っていった先に目を凝らした。しかし、迷いの森の夜闇は、簡単に彼の姿を隠してしまった。


「追いかけますか? 今すぐ動けば、追いつけるかもしれません!」

「……いや、やめておこう。下手に移動すれば、この場所に戻ってこれはなくなる。かといって、荷物をまとめている時間もない」


 俺は苦渋の決断をした。物資がなければ、消耗した遭難者の救助だけでなく、自分たちの安全確保もできなくなってしまう。だが、俺の判断は本当に正しかったのか? こんな風に後悔している間にも、モブリットは俺たちから離れていくんだぞ……?


「クソっ、どうしてこんなことにっ!」

「ヒ、ヒイロ様……」


 思わず言葉を荒げると、ウィズが小さく体をビクつかせる。いけない、苛立ったところで状況が良くなるわけでもないのだ。俺はゆっくり深呼吸をして頭を冷やした。


「……ごめんな、ウィズ。怖がらせたよな」

「いえ、少し驚いただけです。ヒイロ様があんなふうに取り乱すなんて、はじめてだったので」


 確かにそうだ。こんな風に、たった一つの判断で他人の生き死にを決めるようなことは、これまで一度もなかった。……救助隊として活動するには、覚悟が必要なのだ。その覚悟が欠けていたからこそ、こんな風に追い詰められるし、簡単に冷静さを失ってしまう。


 遭難者探しは、振り出しに戻ってしまった。もしかしたら、モブリットの無事が確認できた分プラスかもしれない。いや、食料と体力を消費した分マイナスのほうが大きいだろうか。確実に分かるのは、遭難者本人が非協力的、という大きなハンデがあるということだ。

 

 だがそんな時、俺達に救いの手が差し伸べられた。

 

「偶然やなぁ。もしかして、困っとる?」

「これも何かの縁だ。俺様が力になってやろうか?」


 森の中から2人の冒険者が姿をあらわした。片方は行商人の女、もう片方は弓使いの男だった。



 *



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