2-3 ハイエナのレンジ&マチェッタ

 俺達が酒場を去ったあと、とある2人の冒険者が愚痴をこぼしていた。

 

「マチェッタ。さっきの依頼者、俺様達が門前払いしたやつじゃないか?」

「そう? 貧乏人の顔なんて忘れてしもたわ、レンジ」


 弓使いレンジャーレンジは、行商人マーチャントマチェッタにそう言われて頭をかく。彼女は金にならないことには全く興味かないのだ。しかし、彼は違った。


「隻眼の野郎はさておき……、あの女魔術師ちゃん、すげー美人じゃん!」

「えぇー、あの子絶対貧乏やで」

「関係ないね。俺様みたいなイケメンと釣り合う子なんて、そうそういないからな」

「どうでもいいけど。そういえば、隻眼くんの方は金持ってそうやったなぁ」


 レンジは少し考えた後、ある作戦を思いつく。


「おい、マチェッタ。これは提案だが……」

「……おっ、たまにはええこと言うやん、レンジ」


 レンジがマチェッタの耳元で何かを囁くと、彼女はとたんに目を輝かせる。2人はハイタッチをすると、同時に悪魔のような笑みを浮かべた。


「そうと決まれば作戦開始だぜ!」

「こってり搾り取ったるで!」


 俺達の知らないところで、トラブルの火種がくすぶり始めていた。



 *



 モブリット捜索開始から一日半が経った。迷いの森の中で2回目の夜を迎えた俺達は、焚き火を囲みながら簡単な食事をとっているところだった。


「俺達が森に入ったのが、昨日の昼か。ウィズ、疲れてないか?」

「大丈夫です。でも、避難者は見つかりませんね……」


 ウィズが干し肉を簡単に炙って、俺に渡してくれる。噛むと口の中で唾液が分泌され、乾いた喉をわずかに潤してくれた。荷物を減らすため、水も食料も節約しているので、とてもありがたい。


「残りはいらないから、ウィズにあげるよ。おなかすいてるだろ」

「だめですよ。そう言って、昼もあまり食べていなかったじゃないですか」

「……バレてたか」


 ウィズがこちらに近づいてきた。俺の隣にストンと腰を下ろすと、残りの干し肉を勢いよく俺の口元に近づける。逃げることができなくなった俺は、苦笑しながら肉に噛みついた。しばらく一緒に冒険して分かったことだが、彼女は意外に負けず嫌いで、他人の世話を焼きたがるところがある。今だって、俺が彼女を気遣うと、妙に大人ぶるのだ。


 俺の予想通り、迷いの森で俺達が苦戦することはなかった。敵のレベルは低く、聖職者ヒーラーの俺が素手で応戦できる程度のものだった。2次遭難についても、全く問題なさそうだ。何なら捜索中に間違って一度森から出てしまったほどだ。


 問題はやはり、人探しの方だ。

 

「やはり、索敵スキルがないのは堪えますね」

「ああ、さすが迷いの森と呼ばれるだけある。どの方向を見ても同じ景色、人どころかモンスターの気配も読めない」


 ウィズは残りの干し肉も俺の口に押し込みながら溜息をつく。何の成果も得られずひたすら森を歩き回るというのは、精神的にも堪えるものだ。そこに、遭難者が助けを待っている状況が加わればなおさら焦りを感じる。なんとしても、遭難者を救助しなければならない……というふうに。


「さっきの道、私が迂回しようなんて言わなければよかったんでしょうか……?」

「仕方ないさ。倒木が邪魔で通れなかったんだから」

「もし倒木がなかったら、今頃遭難者を発見できたかもしれません……」

「大丈夫だ。明日はきっと見つけられるさ」

 

 しかし、明日の昼まで探しても見つからなければ撤収し、夜を迎える前に森を出る手はずになっている。出来れば俺達で救助したいところだが、遭難期間が長引くほど生存可能性は下がっていく。遭難者のためにも、あらゆる方法で謝礼金を用意して、他の冒険者に救助を依頼して貰うほうがいいだろう。


「悩んでも仕方ない。明日に備えて、今日はもう休もう」

「そうですね。……おやすみなさい、ヒイロ様」


 俺とウィズはお互いを背もたれにして丸くなった。術師服は丈が長いので、こういうときに寝袋代わりになって便利だ。小柄なウィズはつま先まで服にくるまって暖を取っている。俺もそれに倣うが、どうしても手足がはみ出てしまう。


「ずっと歩き詰めて疲れただろ。見張りは俺がするから、先に寝ていいぞ」

「子ども扱いしないで下さい。どちらが長く起きていられるか競争です。勝つ自信しかありません」

「何だそりゃ……」

 

 しばらくすると、後ろからウィズの静かな寝息が聞こえてきた。ダンジョンの中だというのに、よほど安心しているらしく、微かに鼻がぷうぷうと鳴っている。服越しに感じる彼女の体温が、だんだん高くなっているのを感じる。おやすみ体温というやつだ。


「やっぱり疲れてたんじゃないか。どうして素直に言わないんだよ」


 意地を張って平気ぶるウィズや、不安を口にせずにはいられないウィズを思い出し、ついほほえましい気持ちになる。彼女は決して弱い冒険者ではないが、年相応に未熟で、周囲に後れを取らないように必死で頑張っている。俺は寄りかかるウィスを起こさないように、適当な枯れ枝で焚き火をかき回し、暇をつぶし始めた。


 カサ……、カサカサ……。


「……ん?」


 聞き間違いだろうか、火が爆ぜる音に混じって、何者かの足音が聞こえる。索敵スキルを持たない俺が気づくくらいだから、よほど不用心なモンスターなのだろうか。それにしても、第1層に火に近づいてくるモンスターなんていただろうか?


 ガサガサ……、バタン!


「ウィズ、起きろ!」

「……ふ、ふぁい!」


 大きな音がして何かが倒れた。俺はとっさにウィズをかばうように立ち上がり、音がした方向に火が点いた枝を投げる。威嚇のつもりだったのだが……、音の主は微動だにしない。


「……おかしいな。ちょっと俺が様子を見てくる」

「ふぁい……」


 ウィズの目が半開きなのが心配だが……、俺は慎重に草むらの中に入っていく。確かこの辺りに大きな影が見えたのだが、今はなにもない。まさか、気のせいということはないと思うのだが。すると、突然グニャッとした何かに足を取られて転びかけてしまう。


「おっと! なんだこれは……って、人だ!」

「ヒイロ様……、大丈夫でしゅか……」


 驚いた俺のもとに、ウィズが睡魔と戦いながら明かりを持ってきてくれる。その人物の顔を見た瞬間、ピンときた。


 弓使いレンジャーの装備、先日俺達をハイエナと罵った新米冒険者、1日半の遭難で疲労し気を失っているこの男。間違いない、俺達が捜索しているモブリットだった。




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