2-2 ヒイロ、救助計画を立てる
「あのさ、このあいだは助けてくれてありがとな。隻眼の
ハイエナの件があった数日後、酒場で準備をしている俺たちに話しかけてきたのは、あの時の冒険者だった。
「あっ、君は森で救助した……あれ、今日は1人なのか?」
「ああ、まあな……」
確か、彼らは2人組のパーティーだったはずだ。しかし、今日は1人いない。姿が見えないのは、俺たちをハイエナと罵ったやつだ。俺が人数ついて話題にすると、冒険者は気まずそうな顔をしてこう続けた。
「実は、アンタたちに救助を依頼したいんだ」
「救助依頼? 君はダンジョンの外にいるじゃないか。どういうことだ?」
「いや、俺じゃなくて……。モブリットが森に取り残されちまったんだ」
俺とウィズは顔を見合わせた。察するに、モブリットとはこの場にいない彼の仲間……俺達をハイエナと罵ったやつのことだろう。ウィスは怪訝そうな顔で依頼者を見た。
「取り残されたとは、どういうことですか? まさか、彼を囮にして……」
「ち、違う違う! 俺はそんな薄情じゃない! だからこそ、モブリットの救助を依頼してるんじないか!」
ウィズの一睨みで依頼者はたじろぐ。俺もはじめは、彼がモブリットを置き去りにしたのかと思った。しかし、そうではないのは今の彼の態度を見れば明らかだった。
「私ったら、すみませんでした……」
「うちのウィズがすまない。俺達は昔、仲間に置き去りにされて死にかけたんだ。つい失礼なことを言ってしまった」
「そ、そんなひどいやつがいるのか……。そりゃ、誰もあんたらを責めないよ」
話の分かる相手でよかった。俺は詳しく話を聞くため、依頼者に椅子を勧めた。彼は小さく礼を言った後、静かに腰を下ろして話し始めた。
「あの後街に戻った俺達は、すぐに森に戻ったんだ。モブリットは苛立ってた。無駄にした銅貨2枚を取り戻すんだって。だから俺たちは、【迷いの森】に入ったんだ」
「迷いの森。ああ、あそこか」
俺は自分が駆け出しの頃を思い出す。迷いの森は、第1層にあるエリアの1つであり、モンスターはさほど強くない。しかし他のエリアと違って、マッピングに関するスキルや道具が使用できなくなるのが特徴だ。主な対策は、索敵スキルを連発して強引に進路決定するか、運搬スキルと大量のアイテムで長期探索するかの2つだ。
「モブリットは
順当な結果だと思った。確かに、迷いの森は第1層の探索エリアだが、彼らのような新米冒険者向けではない。幸運にも索敵スキルを習得済みだったようだが、まだ最大MPが少ないから、スキル必須の特殊エリアは立ち往生の危険があるのだ。
「パニックになった俺たちは、がむしゃらに走った。気づけば俺は森の外にいた。でも、モブリットの姿はなかった……」
そこまで話すと、依頼者は頭を抱えて黙ってしまった。彼が森から逃れられたのは本当に偶然だったのだろう。しかし、成り行きとはいえ、仲間を置き去りにしてしまった後悔からは逃れられなかったのだ。
「俺じゃ相棒を助けに行けねぇ。索敵スキルも、運搬スキルもねぇからな。だから、あんたたちに頼むしかないんだ」
「ちょっと待て。俺達だってそんなスキルは持ってないぞ」
索敵スキルは弓使い職か盗賊職、運搬スキルは行商人職でないと習得できない。俺達がそのどれでもないことは、装備を見ればすぐに分かるはずだ。
「でも、他に当てがないんだ。さっきも断られたばかりさ。ここにある……銅貨10枚が、俺の全財産なんだよ!」
依頼者は唇をかみしめながら、テーブルに拳を叩きつけた。その手に握っていた銅貨が、テーブルにこぼれ落ちる。どれも端が欠けた粗悪な硬貨だった。この金額では、他の冒険者に救助を依頼するなんて到底できない。
「……ヒイロ様、私はこの依頼を引き受けるのは反対です。料金の問題もありますが、明らかに私たち向けの仕事内容ではないからです」
「そんな……!」
ウィズが淡々というと、依頼者は真っ青な顔で彼女を見た。どうやら、銅貨10枚が全財産というのは本当らしい。もちろんウィスもそれに気づいたようだ。気まずそうに依頼者から目線を逸らしていた。
「それに、2次遭難の可能性もあります。この場合、結局ほかの冒険者に救助を依頼しなければなりません」
「な、なんとかならねぇのか……?」
依頼者が、すがるように俺を見る。普通に考えれば、この依頼はきっぱり断るべきなのだろう。しかし、一度関わってしまった相手を無下にできないのが人情だ。
「とりあえず、問題を整理しよう。まず、料金が安すぎること。今回の依頼内容だと……特殊エリアだし、巡回救助とは別だから……相場は銅貨30枚くらいだ」
「さ、30枚?!」
「今の君には払えない。じゃあ、後払いならどうだ?」
「……そうか、モブリットの手持ちが10枚ある。合わせて20枚なら払える!」
20枚か。相場よりは少ないが、十分だ。
「次に、適正スキルがないこと。実は、迷いの森はスキルがなくても高レベルでゴリ押しできるんだ。……君は、レベルではなく運でゴリ押ししたみたいだけど」
「ゴリ押し? 俺が?」
依頼者がキョトンとする。その隣で、ウィズが納得いったように頷いた。
「なるほど。マッピングができなくても、がむしゃらに進軍し続ければ、いずれは脱出できるということですね」
「その通りだ。おそらく、ウィズのレベルなら、単独探索でも遭難はしないだろう。俺のレベルなら、遭難者1人くらい連れて帰れる」
「……えっ? ヒイロ様って、一体レベルいくつなんですか?」
「最近鑑定してもらってないしなぁ。60くらいかな?」
「……私、レベル37なのに……」
「俺なんか、4だぜ……」
迷いの森は第1層のエリアなので、モンスターはそう強くない。足止めや撹乱さえ受けなければ、アイテムも減らすことができる。これで運搬スキルは不要になる。
「そして、スキルがないと困ることがもう一つ、人探しだ」
「確かに、迷いの森で遭難者を探し出すのは難しいですね。索敵スキルがなければ運頼みですから」
「何かいいアイデアはないものか……」
俺とウィズが同時に頭を抱える。それを見た依頼者が、それならばと提案をする。
「俺が道案内をするってのはどうだ?」
「駄目だ。適正スキルなし、さらに君の護衛なんて、
「それに、迷いの森は来た道を戻ることすら困難と聞きます。案内は難しいかと……」
「そうか……。力になれず、すまねぇ」
依頼者が力なくうなだれた。他に現状打破のアイデアはないようだ。
「仕方ない、捜索に期限を設けよう。モブリットが迷いの森に閉じ込められたのはいつだ?」
「えっと、昨日の昼だぜ」
「エンカウントを全回避しても、水がなければ3日が限度。つまり、残された時間は後2日だ」
「それでも見つからなければ、救助活動を打ち切るということてすね」
「……それでもいい。出来るだけのことをしてやってくれ」
依頼者にとっては苦渋の決断だろう。しかし、これが俺たちにできることの限界なのだ。それが分かっているからこそ、彼は条件を飲むしかない。
「どうだろう、ウィズ。さっき君は依頼を受けるのに反対したが、これなら俺たちにも出来るんじゃないか?」
「……わかりました。ヒイロ様がそこまで言うなら……。今回だけですからね、もうっ」
俺が頼むと、頬を膨らませてそう言うウィズ。しかし、それが形だけのものだということは、俺も依頼者もわかっていた。ついさっきまで、彼女が真剣に救助方法を相談している姿を見ていたからだ。
「それじゃあ、今日も張り切っていこう!」
「えいえいおー!」
「頼んだぜ、2人とも!」
何としても救助を成功させようと意気込む俺達と依頼者。しかし、それを遠くから見つめる怪しいふたり組がいることに、今の俺たちは気づかなかった……。
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