2章 森からの救助

2-1 救助隊、ハイエナと罵られる

「大丈夫か? すぐに回復魔法をかけてやるからな」


 ここは、ダンジョンの第1層始まりの森。出現モンスターのレベルも低く、駆け出しの冒険者が腕試しをするにはうってつけの場所だ。しかし、その分ドロップアイテムのレア度は低く、俺やウィズのような中堅冒険者には少々物足りない狩り場だ。


「ヒイロ様、私の魔法で敵を足止めします。その間に彼らの回復と離脱をお願いします」

「そっちは任せたぞ、ウィズ」


 的確に役割分担をする俺達。さて、俺は彼らの治療に取り掛からなければ。俺は見ず知らずの冒険者達に駆け寄った。装備から、彼らがまだ新米の冒険者だということがわかる。


「い、痛ぇ……。腕が動かねぇ」

「俺は足をやられた……」


 二人はそれぞれ異なる怪我をしていた。俺は素早く状況を把握し、足を怪我した2人目の男に駆け寄った。


小回復ヒール!」

「す、すまねぇ。……よし、リベンジだ!」


 傷は大したこともなかったらしく、一度の回復で完治した。怪我が治った男は、再び剣を取り戦闘を継続しようとする。


「おいやめろ! お前の仲間は戦えないんだぞ!」


 俺が制止するが、男は言うことを聞かない。どころか、調子に乗ってこんなことまで言い出す始末だ。


「じゃあ、残りもパパっと治してくれよ!」

「そうは言うが、お前は2人分の救護費を払うことができるのか?」

「……ゲッ、金取るのかよ」


 俺が現実的な話をすると、男は途端に見下した目つきで俺を見るようになった。その反応が少し頭にきたが、こんなところで喧嘩をしても仕方がない。俺はできるだけ丁寧に説明をする。


「俺達に頼るより、一度街に戻って回復したほうが安上がりだぞ。それに、引き際を見極めることで救護の回数を減らすことができるだろ」

「……偉そうに言いやがって」

「さあ、銅貨3枚を払ってもらおうか」


 男は舌打ちをして、俺の手に救助費を叩きつけた。銅貨の枚数は2枚だ。消費MP分の元は取れたが、相場が銅貨5枚のところ、ずいぶん舐められている。


「……ハイエナが」


 男は謎の言葉を残し、仲間を引き連れて街の方に去っていった。どちらも、街に帰るくらいなら問題ない状態だ。彼らはとりあえず全滅の危機から脱したというわけだ。


「ヒイロ様、敵は逃げていきました。……あれ、さっきの人たちは、どこへ?」

「ああ、無事帰っていったよ。救助費は……ケチられたけど」


 ウィズは俺が差し出した銅貨2枚を見ると、頬を膨らまして怒り出した。


「ヒイロ様がいたから、彼らは逃げることができたのに……これが2人分の救助費なんて、安すぎます!」

「まあ、赤字は出てないんだからいいさ。それに、俺が助けたのは足を怪我した1人だけだ」

「どうしてもう一人の冒険者は助けなかったのですか?」

「彼らの怪我は、治さなくても逃げられただろ。世話を焼きすぎると、自分で解決する力が身につかない。それに、高額な料金は彼らの負担になるからな」


 ウィズは俺の説明を聞いてハッと気づいた後、優しくため息を付いた。

 

「もう、ヒイロ様ったら……。私だったら、あんな態度の冒険者を思いやる、なんてことはしません」

「そう言うなよ。それに、今は仕事が多すぎて手が回っていないくらいだ。自力で解決させることは、俺達の負担軽減にもなる」


 事実、救助隊の活動はこれ以上ないくらい順調だった。俺達のような聖職者ヒーラー魔術師ウィザードのパーティーでは、戦闘が激しい第2層以上での活動は難しい。だが、それがむしろ好都合だった。初心者が多い第1層に救助範囲を絞ったため、低料金の仕事を大量にこなすことが出来たのだ。


 活動による収入もそれなりに多く、勇者パーティーにいたときよりは節約を強いられるが、普通の冒険者よりは儲かっているくらいだ。ウィズが滞納している謝礼金を支払うには十分だった。救助費を値切られても喧嘩しなくていいのは、それだけ懐に余裕があるおかげだ。


「そういえば、さっきあいつらに変なことを言われたんだよな」

「変なこと?」


 ふと気になったので、俺はウィズに聞いてみることにした。確か、銅貨を受け取った後、別れる間際に言われた言葉だ。


「ハイエナ……って言われたんだけど、何だ?」

「……サバンナに生息する、肉食の獣ですね」

「さ、さすがにそれは知ってるって!」


 真面目なウィズにしては珍しく話題を逸らそうとする。もしかして、良くない言葉なのだろうか。確かに、ハイエナと言えば死肉を狙う悪いやつの印象が強いが……。どうしても気になる俺を見て、ウィズが言いにくそうに本当のことを教えてくれる。


「ハイエナとは……、謝礼金を目的にダンジョンを徘徊する冒険者の蔑称です」

「そうだったのか。……って、俺たちのことじゃないか?!」

「そ、そんな事ありません! ハイエナ行為が侮蔑されるのは、規定限界の高額謝礼金を要求してくるからです! この点においては、私達はハイエナとは区別されるべきです!」


 ウィズが必死になってフォローしてくれる。だが、俺が聞いた時はぐらかしたのは、やはり思うところがあったからだろう。


「もしかして、ウィズはそれを知ったうえで、俺と救助隊を始めてくれたのか?」

「……すみません。ヒイロ様の真剣な顔を見ていると、言い出しにくくて……」

「そうか。だからあの時、君は迷っていたのか」


 思い出すのは、俺達が第5層から生還したときのことだ。俺がウィズを救助隊に誘ったとき、彼女は即答しなかった。結果として彼女は俺のところに戻ってきてくれたわけだが、もしかしたら救助隊がハイエナと誤解されかねないことに気づいており、俺を止めるか迷っていたのかもしれない。

 

 だが、ウィズが言うように、俺達は被救助者から恨まれるような金の取り方はしていないはずだ。感謝を強要するつもりはないが、ハイエナ呼ばわりには腹を立ててもいいだろう。

 

「自信を持ってください、ヒイロ様。これまで救助した冒険者の多くは、あなたに感謝していました。もちろん私も、救助隊は役に立つ仕事だと思います」

「ウィズ……。そうだよな。ハイエナのレッテルなんて、俺達の活躍で帳消しにしてしまえばいいんだ」


 そう、ウィズの言う通り、ほとんどの冒険者は笑顔で救助費を支払ってくれた。中には、低料金では申し訳ないと、相場通りの高値を支払う者もいたほどだ。そういう人たちのために頑張るのが、俺達のやるべきことだと思う。

 

 だが、先ほどのような態度の悪い者も一定数いた。それだけハイエナたちに食い荒らされる冒険者が多いということだ。信じられない話だが、現にウィズがその被害にあっていたのだから真実なのだろう。俺達の活動が誤解されないよう、気をつける必要はありそうだ。


「今日はもう少し仕事をしよう。ウィズ、まだMPはあるか?」

「はい。行きましょう、ヒイロ様」


 小休憩を終え、俺たちは再び森の探索を始めた。



 *




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