章間 勇者ブレイブ、生還する

【視点主変更 注意】

この章間は勇者ブレイブの視点で書かれています。主人公ヒイロが追放された直後の話です。ややこしいですが、よろしくお願いします!



 *



 僕は勇者ブレイブ。人類で初めてダンジョンの第4層を踏破し、第5層を解放するという偉業を成し遂げた冒険者だ。しかし、当然そんなことは、今襲いかかってきたモンスターにとっては関係ない。


「ふむ、ケイブワームか」


 僕達はヒイロと別れた後、転移門を目指して来た道をひたすら逆行していた。大魔導メイジメイメイの地図魔法で近道や迂回路を探知するのは簡単だ。しかし、ダンジョンというのは実際に歩いてみないとわからない情報が多い。だから、あえてルート変更をしなかったのだ。


 その結果、僕達の退却を阻むのは見たことがあるモンスターのみ。消耗しているとはいえ、対策を知っていれば僕達の敵ではなかった。恐れるべきは、後方……つまり、未踏破エリアから湧き出る初見のモンスターのみだ。


 だからこそ、囮を配置したのだ。

 

 そして予想通り、僕達は今後方から襲ってきた初見のモンスターに苦戦している。囮は最大の効果を発揮したにもかかわらず、なんの役にも立たずに死んだ、そういうことだろうか?

 

「前線にはパラディナ。シンは後方でトラップ設置。退路確保はメイメイ。フィリスは……僕のそばで待機」


 他の冒険者から聞いた話では、ケイブワームは肉食で、巨大の鈍足さを補うために触手で素早く襲い掛かってくるという。確かに、その巨体は高さ3メートルはあろう洞窟の通路を埋め尽くすほどだ。一方、無数の触手は風を切りながら回避困難な攻撃を仕掛けてくる。


 この速度差なら、振り切って逃げられるか。いや、ここは一本道だから、挟み撃ちを避けるためには今のうちに対処しなければ。僕が最適解を考えていると、聖騎士パラディンパラディナが助けを求めてきた。

 

「盾の耐久値が少ない……! 前線が押されるぞ!」

「ふむ、敵を押し止めるのは聖騎士パラディンの得意分野だろう」

「HPが少ないことも前もって伝えただろう。ブレイブも前線に出てくれ……!」

「それはありえないよ。僕はパーティーのリーダーだ。指揮官が危険にさらされるわけにはいかない」

「くっ、確かにそうなのだが……」


 僕が正論を言うと、パラディナは納得したようで、苦痛に顔を歪めながらも前線に戻っていった。


 続いて、偵察から戻ってきたメイメイが、息を切らして報告する。


「ふ〜。前方に敵無し〜。多分」

「ふむ、偵察結果は多分じゃ困るんだけど」

「あたし偵察スキルなんて持ってないのよ~。シンにやってもらったほうが確実じゃない〜?」

「それはありえないよ。MPが切れた君は、マッピング以外に役に立たないだろう?」

「う〜、確かにそうなんだけど~……」


 僕が正論をいうと、メイメイは納得したようで、渋々偵察のやりなおしに戻っていった。


 さて、暗殺者アサシンシンはどうだろうか。彼はメイメイと入れ替わるように進行方向から突然現れた。最年少で小柄な彼は、隠密スキルで身を隠しながら行動できる。


「ブレイブ、仕事が終わった」

「ふむ、じゃあ次だ」

「……」


 シンは特に文句も言わず、僕の指示をこなしている。パラディナやメイメイと違って優秀なメンバーだ。僕が思うに、パーティーの中で最も僕の気持ちを理解しているのは彼だろう。


「俺の扱いはどうでもいい。だが、あんな扱いを受けているフィリスのことは何とも思わないのか?」

 

 シンは表情を変えずにそう言った後、大聖女プリーストフィリスの方を見た。いや、正確には彼女の姿から目を逸らしながら、体だけで彼女の方を向いた。


 今の彼女は、ほとんど服を着ていないような状態だった。


「シン、ブレイブの提案を受け入れたのは、わたくしの判断です。これも皆さんが無事に帰還するためですから」

「……チッ。この調子じゃ、アンタもいつブレイブに使い捨てられるか分からないな」

「心配してくれるのですね、シン。わたくしと、そしてヒイロのことを……」


 ヒイロ、と呟いた自分の言葉にハッとして落ち込むフィリス。そんな彼女に、シンが自身のマフラーを外して手渡した。彼が長い間使い続けている装備だ。素早さがわずかに上がるだけで、大した性能ではなかったはずだ。


「ヒイロからもらったものだ。昔、なかなかパーティーに馴染めなかった俺に譲ってくれたんだ」

「ヒイロのマフラー……」


 フィリスはしみじみとマフラーを見つめた後、それを受け取って羽織った。そんなことをしなくても、最低限体を隠せるだけの服は残してやったはずだ。僕には彼らの行動が無駄にしか思えなかった。

 

 さて、シンの手には一本の糸が握られていた。これは、フィリスの術師服をほぐして作ったものだ。シンに連れられて向かった使った先では、洞窟の壁に糸が張り巡らされ、膜のように通路を塞いでいた。


「ふむ、及第点だ。シン、パラディナに退却を伝えてくれ。フィリスは糸の端を持って、俺の指示通り動くんだ」


 シンは糸の端をフィリスに渡した後、素早くパラディナを連れ帰ってくる。ほとんど意識がない彼女は、シンに担がれていた。だが、彼女を回復するよりも、もっと効率的な解決法がある。


「全員、膜をくぐって出口側に来るんだ。フィリス、今だ」

「はい。……大障壁グレートプロテクション!」


 フィリスが最後のMPを振り絞って回復魔法を発動する。通常、大障壁グレートプロテクションは味方の防具の性能を大幅に上げる魔法だ。だが、今回対象とするのは、パーティーメンバーの誰でもない。


 そう、糸になったフィリスの術師服を強化するのだ。


「これでいいのでしょうか……?」

「他に確実な方法があるなら言ってごらんよ」

「いえ、私には思いつきません……すみません」


 間もなく、ケイブウォームが追いついてきた。僕達の姿を認識すると、無数の触手で串刺しにしようとしてくる。しかし、その攻撃は見えない壁に阻まれた。


「やはり僕の思ったとおりだ。フィリスが糸を握っていれば、糸になった術師服は装備扱いなんだ。つまり、大障壁グレートプロテクションの対象になる」


 遅れてやってきたケイブワームの本体が、術師服の壁に激突する。しかし、壁はびくともしない。さすが、大聖女プリーストの術師服は回復魔法と相性がいい。


「……ん? 何だあれは」


 ふと、ケイブワームの口に何かが引っかかっているのが見えた。今まで触手にばかり気を取られて気づかなかったが、赤黒い肉のようなものが見える。


「まさか……ヒイロ、なのですか……?」


 フィリスも気づいたらしい。ほとんど原型を残していないので断定はできない。だが、こんなダンジョンの最奥を探索する冒険者が他にいるだろうか。あれはヒイロの成れの果てだと考えるのが妥当だろう。


「ヒイロ、私はなんてことを……ああっ……」


 フィリスは膝から崩れ落ちた。地面に身を投げ出す姿は懺悔のようだ。大聖女プリーストであるはずの彼女が、まるで無力な少女のように許しを請う。


 だが、そんなことをしても無駄なのだ。役立たずの聖職者ヒーラーが、僕の知らないところで死んだだけだ。それより僕には、最小のコストで最大のリターンを得るという、パーティーリーダーの使命がある。

 

「フィリスは糸の端を持ったまま移動。移動距離の分、壁がほつれていくが……転移門までの距離から計算したところ、問題ない」

「……はい」


 念の為、フィリスはパーティーの最後尾に配置する。もし糸の長さか足りない場合は、彼女を途中で置いていかなければならなかった。まあ、そうならないように、パラディナを使って前線位置を調整したわけだが。

 

「ただいま~。前方に絶対敵無し〜。って、何その壁〜?」

「メイメイか。先に進むから、マップを返してくれ」

「ど〜ぞ。てか、あたしの魔法で作った地図なんだけど〜……」


 僕はメイメイから地図を受け取ると、再び来た道を戻り始めた。大聖女プリースト大障壁グレートプロテクションといえど、無制限に強化されるわけではないのだ。ならば、時間は無駄にするべきではない。

 

「みんな、行こう。この戦いでの犠牲を無駄にするわけにはいかない。全員で生きて帰るんだ」




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