1-6 エピローグ
急遽俺の家に居候することになったウィズの住所を記入して、書類をギルドの受付に提出する。たった2人の新パーティー設立は、すぐに審査が終わり受理された。もし、メンバーが既に他のパーティーに登録されていた場合、この段階で設立拒否されるはずだ。つまり、ブレイブは本当に俺をパーティーから追放したのだ。
「……どうしたんですか、ヒイロ様?」
「いや、実は俺もあの時パーティーから追放されてたんだ。今確認したら、仲間にパーティー登録を消されてた」
「そうだったんですね……、ひどい……」
ウィズは一瞬驚いた後、悲しい表情になった。そうか、俺が勇者パーティーから追放されたことを話すのは、これがはじめてだった。ダンジョンではウィズの事情を聞くので精一杯だったし、帰還後はすぐに別れたからだ。
「俺は仲間の無事を考えて、自分から追放を受け入れたんだ。でも、アイツは……俺のことなんて考えてもくれなかった」
こんな形で仲間たちの生還を知ることになるとは、皮肉なものだ。彼らの無事を喜びながら、俺の心にはモヤッとした気持ちが広がる。やはり、他の仲間は許せても、俺を平気な顔で見捨てたブレイブだけは許せない。
俺はすごく迷ったが、ウィズに本当のことを話すことにした。
「……実は、救助隊を始めるのは、ウィズのためだけじゃない。俺の復讐のためでもあるんだ」
「もしかして、今の話と関係があるんですか?」
「ああ。アイツは弱いから自分のことで手一杯。でも俺には人を助ける力がある。だから、俺はアイツより強い。……そうやって、心のなかで復讐したいんだ」
俺はつい本音をこぼしてしまう。ウィズは俺の愚痴を静かに聞き、同意するようにゆっくり相槌を打ってくれた。まるで彼女自身の気持ちを重ねているかのようだった。
「暗い話でゴメンな」
「いえ。私も似た境遇ですから。それにしても、人助けが復讐だなんて、優しいヒイロ様らしいです」
「そうかな?」
俺が自信なさげにそういうと、何故かウィズの方がふんぞり返って自慢げに続ける。
「そうです。ヒイロ様のような人を追放するなんて、その冒険者の顔を見てみたいものですね」
「ブレイブの顔かぁ……。強いて言うなら、クールで知的な感じだなぁ」
「もう、そういう意味じゃなくて……って、ブ、ブレイブ?!」
俺がブレイブの名前を口にすると、ウィズは話の途中で素っ頓狂な声を上げた。そういえば、彼女の前でブレイブの名前を口にするのも初めてだが、それがどうかしたのだろうか。
「まさか、第4勇者ブレイブのパーティーメンバーだったんですか?! つまりあなたは……あの有名な聖職者ヒイロ?!」
「俺が有名?! 一体どんな風に言われてるんだ……?」
「代表的なエピソードは……特にありませんが」
「な、無いのか……」
戦闘の花形と呼ばれる前衛職と違い、どんなに優秀でも地味なのが後方支援職の悲しい運命だ。
「でも! 勇者をずっと支えてきた初期メンバーとして、高い評判でしたよ!」
確かに、ダンジョンの第4層を踏破し、第5層を解放した俺達の功績は大きい。ゆえに、そのパーティーリーダーであるブレイブが、第4勇者の称号を得たわけだ。だが、ただの聖職者である俺がそんな話題のネタになってるなんて知りもしなかった。
「それよりヒイロ様、冒険者たちの憧れの的である勇者ブレイブが、仲間であるヒイロ様を見捨てたなんて、とんでもない事件ですよ!」
「そ、そういうものなのか?」
「そうです! どうして野次馬たちは声をかけてこないんでしょう?」
「さぁ……」
たしかに、酒場でウィズを待っていたときや、ギルドで書類を書いているときに、そんな噂は聞こえてこなかった。
「あ、もしかして」
「なにか心当たりがあるんですか?」
「俺、活躍が地味過ぎて、あんまり顔バレしてない?」
「……そんなことない、と言いたいところですか……たしかに私も、勇者ブレイブの話を聞くまで気づきませんでした」
べつに気にしてない俺と、ものすごく落ち込むウィズ。どうやら、自分の命の恩人である俺が周囲から評価されていないことを歯がゆく思ってくれているらしい。どうも彼女は俺のことを過大評価するクセがあるようだ。
「それならそれでいいさ。でも、俺が元勇者パーティーのヒイロだってことは、騒ぎ立てないでくれ」
「どうしてですか?」
「おそらく世間では、俺は追放されたのではなく死亡したことになってるんだろう。なのに、実は生きていた、なんてバレたら、絶対揉め事になるだろ?」
「ヒイロ様がそう言うなら……。でもいいんですか? あなたの生存を知らしめれば、世論は勇者ブレイブを非難するでしょう。簡単に復讐できるんですよ?」
正直、その復讐方法は俺も考えた。だが、思いとどまった。そして、その理由をウィズに言うつもりはない。なぜなら、ウィズのために思いとどまったからだ。
「はは、また今度考えておくよ。まあ、さすがにこそこそ隠れる必要はないだろうけどさ」
もし俺がブレイブと積極的に対立すれば、アイツはどんな報復をするかわからない。あるいは、俺を無理やりパーティー復帰させて、なかったことにするかもしれない。どちらにせよ、ウィズとのパーティーは解消せざるを得なくなるだろう。そうなれば、彼女は再び路頭に迷う。それは避けたい。
……そうか、今の俺には復讐より重要な事があるのか。もし彼女がいなければ、俺は復讐の鬼になっていたのだろうか。だとすれば、俺は出会いの縁に感謝しなければならない。
「とはいえ、勇者パーティーも追放されちゃったし、今の俺はただのヒイロなんだよなぁ。だから、憧れとかそういうのはナシで接して欲しい」
「それはもちろん……。むしろ、私が……は、ただのヒイロ様ですから」
「ん?」
ウィズは幸せを噛みしめるように小さく呟いた。あまりに小声だったので良く聞こえなかったが、何と言ったのだろうか。俺が聞き返すと、彼女は慌てた様子で取り繕った。
「いえっ、いまのはそのっ、感謝って言ったんです! 私が感謝しているのは、って言ったんです!」
「そっか。……なんか微妙に違う気がするけど、まあ何でもいいや」
「……」
良かれと思って深く聞かない俺を、ウィズが虚無のような顔で見つめていた。幸せになったり、虚無になったり、本当に良く分からないが、俺が悪いのはなんとなく分かった。
「それじゃあ、早速ダンジョンに行こう。昨日の俺たちみたいに、救助を求めている冒険者がきっといるはずだ」
「はい、ヒイロ様!」
こうして俺達は、昨日死にかけたダンジョンに今日も潜る。助けを求めることすらできなかった辛さを、他の誰かに負わせることがなくなるよう願って。
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