1-1 聖職者ヒイロ、追放される
「ふむ。合理的に考えて、君を置いていくのが最善策のようだ」
俺、
「そんな……。頼む、俺を見捨てないでくれ!」
「ダメだ。このパーティーのリーダーは僕だよ。メンバーはリーダーの指示に従うのがルールだ」
俺がそう言うと、同い年くらいの青年……勇者ブレイブはそう言って他の4人のメンバーを順番に見た。
「そんな……。ブレイブ、考え直して下さい!」
フィリスは、俺をかばうようにブレイブに懇願した。美しく伸ばされた金髪は土埃にまみれ、青い瞳には涙を浮かべている。しかし、彼は考えを改める素振りすら見せずに、突き放すような口調で言い放つ。
「この洞窟はモンスターの巣窟だ。今の僕らが生還するには、誰かを囮にするしかない」
「ならば、わたくしが囮になります。ですから、どうかヒイロを……」
「それはありえないよ。大聖女である君は聖職者の上位互換だからね。そもそも、君がパーティー加入した時点で、ヒイロは追い出すつもりだったんだ」
「そんな……、わたくしのせいで……」
フィリスは自責の念でよろめく。しかし、本来はそんな必要はないのだ。確かに、フィリスの加入は俺の解雇のきっかけになったかもしれない。しかし、囮として俺が置き去りにされることについては、彼女に一切の非はないはずだ。心優しい彼女は、ブレイブの非道に胸を痛めながら、自分がその原因だと思って自分を責めているのだ。
「ふむ。なぜフィリスが責任を感じているんだ? 理解できないな」
「やめろ! お前の言い方が彼女を追い詰めているんだぞ!」
なんと、ブレイブは本当にフィリスの気持ちを理解していないらしい。あまりの無神経な言い方に、俺は自分が追放されかかっていることも忘れて、ついフィリスをかばう。しかし、会話がかみ合わないブレイブからは、論点をずらしたような返事しか返ってこない。
「いや、僕の考え方は間違っていないよ。それとも君は、自分だけが助かるためにパーティーが全滅してもいいのか?」
「そ、それは……」
ブレイブの容赦ない指摘に、俺は言葉をつまらせた。俺が囮役を拒否したせいで、他の仲間たちが脱落してしまうかもしれない……、そう思うと、【助けて】という願いが自分勝手に思えてきたのだ。
「俺が犠牲になれば、皆は助かるのか……?」
俺は傷ついた仲間たちを見た。彼らの表情は暗い。それは負傷のせいではなく、仲間を見捨てることに対する罪悪感のせいだ。見捨てられる俺ですら彼らの気持ちを感じとれるなんて、よほど強い気持ちなのだろう。だが、この危機的状況が彼らに正しい行動を許さない。
「さあ、行こう。ヒイロの犠牲を無駄にしてはいけない。全員で生きて帰ろう」
重い沈黙を破り、ブレイブがそう言って歩き始めた。しばらくはためらっていた仲間たちも、俺から逃げるようにブレイブについていく。彼らは、自分たちも限界まで追い詰められているにもかかわらず、追放される俺を見て心から心配そうな表情をしていた。だが、ブレイブだけは、一度も振り返ることなくいつも通りの歩調で歩いていく。
全員で生きて帰ろう……か。
まるで俺なんて仲間じゃなかったかのような扱いじゃないか。
「……ごめんなさい、ヒイロ」
最後まで留まっていたフィリスが、僕に別れを告げにやって来る。彼女は、俺を見捨てることに耐えきれない、といった顔をしていた。俺が彼女の肩にそっと手を置くと、彼女はほんの少しだけ表情を和らげて俺のほうをまっすぐ見つめる。
「いいんだ、フィリス。君が俺を大事にしてくれるのと同じように、俺も仲間のことが大事だから」
「そんな……。やはり、わたくしもヒイロと一緒に残ります!」
「だめだよ。ブレイブたちが無事に帰るには、君のような優秀な回復役が必要だ」
「……でも……こんなのって……」
「君は優しいから、彼らを見捨てることなんてできないだろ。俺のいうことを聞くんだ」
「……わかりました。でしたら、これをお受け取り下さい」
苦渋の決断とともに、フィリスは小瓶を俺に渡した。中には魔力が込められた液体が入っている。MP回復薬だ。安価な低級アイテムだが、今の彼女らにとっては命と等しい価値を持つと言っても過言ではない。
「こんな貴重なものを俺に……! ブレイブにバレたらどうするんだ!」
「いいのです。貴方はわたくしの仲間ですから……」
回復薬を返そうとした俺の手を、フィリスの両手が柔らかく包みこんだ。驚いたことに、彼女の手は震えていた。俺はそこで察した。きっとこれが最後の回復薬なのだ。俺を助けるために、自分の命を危険にさらすなんて……。
「分かった。これは大事に使うよ」
「はい。必ず、生きてまた会いましょう」
「「神のご加護を」」
俺とフィリスは、お互いの生還を祈って別れた。彼女は、先に歩きかけていた仲間達に合流した後も何度も振り返る。そのたびに目が合うので、俺は彼女を安心させようと必死で笑って見せた。しかし、その姿はやがて洞窟の闇の中に消えていった。
「あいつら、無事に帰れるといいなぁ……」
独りになってから、俺は呟いた。人は、極限まで追い詰められると本音が漏れる、と聞いたことがある。それにしても、自分の状況を棚に上げて他人の心配とは、我ながらお人好しすぎないか、俺。
「俺が死んだら、フィリスは悲しむかな……?」
思考がそのまま言葉として出てくる。ふと見ると、俺の手にはフィリスがくれた小瓶が握られていた。ずっと彼女の懐に入っていたため、かすかに温かい。これが、最後に感じる人のぬくもりになるのか……?
俺は後悔した。本当は置いていかれるなんて嫌だった。こんなことなら、フィリスの優しさに甘えておけばよかった。でも、彼女を犠牲に助かるなんて絶対に嫌だ。でも、でも……。
「【助けて】……誰か、【助けて】……」
人は、極限まで追い詰められると本音が漏れる、というのは本当らしかった。
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