1-1 聖職者ヒイロ、追放される
「ふむ。合理的に考えて、君を置いていくのが最善策のようだ」
俺、
「そんな……。頼む、俺を見捨てないでくれ!」
「ダメだ。このパーティーのリーダーは僕だよ。メンバーはリーダーの指示に従うのがルールだ」
俺の頼みに対し、同い年くらいの青年、勇者ブレイブは他の4人のメンバーを順番に見た。
「そんな……。ブレイブ、考え直して下さい!」
フィリスは、俺をかばうようにブレイブに懇願した。美しく伸ばされた金髪は土埃にまみれ、青い瞳には涙を浮かべている。しかし、彼は考えを改める素振りすら見せず、むしろ突き放すような口調で言い放った。
「わがままはいけないよ、フィリス。この洞窟はモンスターの巣窟だ。今の僕達が生還するには、誰かを囮にするのがもっとも効率的だと思わないかい?」
ブレイブがあたりを見回した。俺達がいるのはダンジョンと呼ばれる特殊な空間である。未知の財宝により富がもたらされると同時に、モンスターにより容赦なく命を奪われる、そんな恐ろしい場所だ。
この洞窟には、俺たち以外の冒険者はいない。ブレイブが持つ松明とフィリスの魔法の光によって、壁に俺達の影が不気味に揺らめいているだけだ。普段俺達が寝起きしている場所とはまるで別世界である。そうでもなければ、彼の非現実的な提案などすぐに却下されていたに違いない。
「ならば、わたくしが囮になります。ですから、どうかヒイロを……」
「ナンセンスだ。大聖女である君は聖職者の上位互換だ。そもそも、君がパーティーに加入した時点で、ヒイロはさっさと追い出すつもりだったんだ」
「そんな、わたくしのせいで……」
ブレイブに反論され、フィリスは自責の念でよろめく。しかし、本来そんな必要はないのだ。確かに、フィリスの加入は俺の解雇のきっかけになったかもしれない。だが、囮として俺が置き去りにされることについては、彼女に一切の非はないはずだ。
「ふむ。なぜフィリスが責任を感じているんだ? 理解できないな」
「やめろ! お前の言い方が、優しい彼女を追い詰めているんだぞ!」
あまりの無神経さに、俺は自分が追放されていることも忘れて、フィリスをかばった。なんと、ブレイブは本当にフィリスの気持ちを理解していないようだ。そんなやつとの会話がかみ合うはずもなく、どれだけ諭しても論点をずらした返事しか返ってこない。
「僕の考え方は間違っていないよ」
「違う、お前が今考えるべきなのは、フィリスの気持ちだ!」
「違わないよ。僕が考えるべきなのは、帰還のための最善手だけだ」
「ならお前は、そのためにフィリスや俺の気持ちを踏みにじってもいいというのか?!」
「なら君は、自分が助かるためにパーティーが全滅してもいいのかい?」
「そ、それは……」
ブレイブの容赦ない指摘に、とうとう俺は言葉をつまらせた。彼の考え方は非人道的だ。しかし、間違ってはいない。だからこそ、相手の弱点に深く切り込むことができる。
「俺が犠牲になれば、皆は助かるのか……?」
そうだ。
俺は想像した。もし、俺が『
俺はブレイブではなく、傷ついた仲間達を見た。彼らの表情は暗い。それは瀕死の負傷のせいではない。俺という仲間を見捨てることへの罪悪感のせいだ。見捨てられる俺ですら、彼らの気持ちを感じとれるくらいだ。よほど強い気持ちなのだろう。だが、この危機的状況が彼らから正義を奪う。
俺と仲間たちの間に、重い沈黙が流れた。それを破ったのはブレイブだった。
「さあ、行こう。ヒイロの犠牲を無駄にしてはいけない。全員で生きて帰ろう」
そう言って、ブレイブはさっさと歩き始めた。しばらくためらっていた仲間達も、俺から逃げるようにブレイブの影を追う。彼らは、自分達も限界まで追い詰められているにもかかわらず、俺を見て心から心配そうな表情をしてくれた。だが、ブレイブだけは、一度も振り返らず普段通りの調子で歩いていく。
全員で生きて帰ろう、か。
まるで俺なんて仲間じゃなかったかのような扱いじゃないか。
「……ごめんなさい、ヒイロ」
最後まで留まっていたフィリスだけが、僕に別れを告げにやって来た。彼女は、俺を見捨てることに耐えきれない、といった顔をしている。不憫に思った俺が彼女の肩に手を置くと、彼女はほんの少しだけ表情を和らげて俺をまっすぐ見つめた。
「いいんだ、フィリス。君が俺を大事にしてくれるように、俺も仲間のことが大事だから」
「そんな……。やはり、わたくしもヒイロと一緒に残ります!」
「だめだ。ブレイブ達が無事に帰るには、君のような優秀な回復役が必要だからな」
「……でも、こんなのって!」
「君は優しいから、彼らを見捨てることなんてできないだろ。俺のいうことを聞くんだ」
「……わかりました。でしたら、これをお受け取り下さい」
苦渋の決断とともに、フィリスは小瓶を俺に渡した。魔力回復薬だ。中の液体には魔力が込められており、飲んだ者の魔力を回復できるのだ。安価な道具だが、魔力を消費して攻撃・回復魔法を使う者の必需品である。今の彼女らにとっては命と等しい価値を持つと言っても過言ではない。
「こんな貴重なものを俺に? ブレイブにバレたらどうするんだ!」
「いいのです。貴方はわたくしの仲間ですから」
思わず回復薬を返そうとした俺の手を、フィリスの両手が柔らかく包みこんだ。驚いたことに、彼女の手は震えていた。俺はそこで察した。きっとこれが最後の回復薬なのだ。俺を助けるために、自分の命を危険にさらすなんて。
「……分かった。これは大事に使うよ」
「はい。必ず、生きてまた会いましょう」
「ああ。約束だ」
俺とフィリスは、お互いの生還を祈って別れた。彼女は、仲間達に合流した後も何度も振り返る。そのたびに目が合うので、俺は彼女を安心させようと必死で笑って見せた。
やがて、彼らの影は洞窟の闇の中に消えていった。
「あいつら、無事に帰れるといいなぁ」
独りになってから、俺は呟いた。人は、極限まで追い詰められると本音が漏れる、と聞いたことがある。それにしても、自分の状況を棚に上げて他人の心配とは、我ながらお人好しすぎないか、俺。
「俺が死んだら、フィリスは悲しむかな?」
思考がそのまま言葉になって出てくる。ふと見ると、俺の手にはフィリスがくれた小瓶が握られていた。ずっと彼女の懐に入っていたため、かすかに温かい。これが、最後に感じる人のぬくもりになるのか?
俺は後悔した。本当は置いていかれるなんて嫌だった。こんなことなら、フィリスの優しさに甘えておけばよかった。でも、彼女を犠牲に助かるなんて絶対に嫌だ。でも、でも。
「『
どうやら、人は極限まで追い詰められると本音が漏れる、というのは本当のようだった。
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