第37話 がんばろうぜ
そうしていると、カランカラン、と来店を告げた。
「お客さん来たから篠原さん一言も喋んないでくださいね。口開いたら熱した鉄ぶち込みますよ」
「熱々の鉄よりあつあつのちんちんナメたいわあ」
「俺らこいつのことシメてくるから」
「さすがに笑えねぇからよ。俺達の前でだけならまだしも余所様の前で下品な話すんのさすがに笑えねぇからよ」
「頼みます」
お客さんが席に座ったところで、せっせこコップに水を入れておしぼりと一緒に持っていくと、それは何処かで見た顔。
「お嬢さんじゃねぇかい」
「ここにいるって聞いたから……」
それは寒河江イツツちゃんとそのお母さんだった。
「久しぶり。元気だった?」
あれから2ヶ月は経っていたから、久しぶりの気分だった。世間じゃもう冬が目前まで来ているってのに現れるモンスターに怒りを隠せないでいた。
「う、うん……」
「どうかしたかい?」
「えっ、あっ……」
ややあって寒河江イツツちゃんは「何でもないです」と小さく言った。小さい子はまだ図体のでかいハーフには慣れないらしい。
「……話、しにきたんだ。あんた、前に私が『なんで逃げないの』って聞いたとき『お前と同じ』って言ったじゃん」
「言ったねえ」
「多分、違う。……あの時、私は逃げなかったんじゃないの。……逃げられなかったの。怖かったの。あの大きい化け物を前にして、逃げられなくなってた。逃げたかったのに逃げられなかった」
「そうかい、ふふふ」
「なにが面白いの……」
寒河江イツツちゃんはジトッと此方を睨みつけた。
「お嬢さん、あんたかっこいいね」
「かっこよくない!」
「かっこいいのさ。自分の弱さを認めるなんてなかなか出来ることじゃない。現に俺はまだ認めてない。俺もね、あんな力貰ったのが自分じゃなかったらって今でも思ってるよ。でも、仮面を貰ったんだ。顔を隠せる黒い仮面だよ。仮面があったから、自分の弱さを隠せたんだ。隠しておけば認めないで済むからね」
「…………」
「そうやっていつまでも生きてきたから、責任感もなく、悠々と生きてきたわけだ。当然、背負う重力も軽いもんだから、背丈ばかり伸びていく。口が裂けてもかっこいいとは言えない生き様に、俺の背中を、この魂を、逃げなかった君の眼に焼き付けてみたくなったのさ」
「…………」
「んー……ま! そうだね、また怖くなったらいくらでも踏み付けてみな。でっかい音を発てて驚かせてやるよ。驚いたあとは、笑いなさいな。君はどうやらその方が可愛らしいや」
寒河江イツツちゃんの頭を撫でる。
「さて……なんか食っていきますかい? ナポリタン美味しいよ」
「あ、じゃあ……お願いします……」
「任せな。うちのナポリタンは美味しいよ。ちょっと作って来るから待ってな」
ナポリタンは人を笑顔にする。
どんなに辛くともナポリタンがあれば生きていける。どんなに悲しくともナポリタンがあれば生きていける。ナポリタンのおかげで俺はいままで生きてこられたんだ。いままで、何かおかしな喪失感があった。家族に囲まれていても、友人達に囲まれていても、何かが足りないような気がしてならなかった。変わらずありつづけるのはナポリタンだった。まるで戦友の肩でも抱いてるような、そんな気分だった。母いわく俺の第一声は「ナポリタン」だったらしい。そんな訳ないが。
「ナポリタンを食えば全部元通り」
店の扉が開いて、ボッコボコにされた篠原さんがスマートフォンを握ったまま叫んだ。
「菅原君、盛岡でドラゴンが出たで! 喧嘩しに行こう!」
「はぁ!? ドラゴン!?」
説明しようっ! ドラゴンとは!?
いままでに討伐事例が存在せず、細胞を凍結させることでなんとか凌いでいた最強のモンスターである!!
「無理に決まってんだろうがボケッ!」
さて、これは迷宮の世界のひとりの男に焦点を当てた前日譚であり、これは所謂余興である。
後にこの菅原旭という男は政府が設立した討伐者育成学校「滝見学校」の教師になり、またひとりの最強を育むことになる。
以後、お見知りおきを。
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