第32話 朝食のナポリタンを食っていたら

 6分ほどで、その変身は解除された。

 板を持つ手に力を込めると、また変身して、6分すると解除。

 何度かそれを確かめて、夢ではないことを確かめた。夢ではなかった。キンタマを蹴ったがめちゃくちゃ痛かった。


「本当になに……?」

「秘めたるパワーが覚醒したんだ!」


 シンさんは嬉しそうに言った。彼はどうやら非日常が嬉しくて嬉しくて仕方がないようだった。子供っぽいけどそういうところもカッコイイと思うぜ。こういう大人になりたいなあ。


「スーパーヒーローだぜ、旭くん。名前考えておいたら?」

「名前?」

「ヒーローのさ!」

「えーっ。なんであんたハシャいでるんですか……嫌ですよ。俺なんかそういうの要らないっす」

「えええ! えええ! えええ!」

「名前ない方がカッコイイし……」


 その後もてんやわんやとあり、両親の帰宅により名付け論争はそこで終わった。彼が帰る際、「一旦預かっておいてください」と無理矢理押し付けて、その日は終わりにしてもらった。


 というかもう出来ることならあれには触れたくない。なんかもうあれに触れては行けない気がする。あれに触れつづければ、俺のこの日常が崩れてしまう気がする。完全な直感だが、ありゃいけねぇ。言うつもりのなかった「第六段階【天之御中主神】」って言葉を無意識のうちに言っていた。一瞬だけあの板に言動の主導権を奪われてた。そういう代物だ。あいつはそう……きっと……こわいやつだ! おばけだ! オカルトだ! ホラーだ! ヒェー!!



 ◆◆◆◆◆◆



 翌日、ニュースを見ながら朝食のナポリタンを食っていたら、「緊急速報」として驚きのニュースが流れてきた。どうやら一昨日の晩に迷宮に門が現れていたのだという。そして、その門が出現した直後に謎の熱波が放射されたのだとか。


「サイレント増築か」

「アクティブバン●シーね。祖国を思い出すわ」

「お前の故郷では路上アートが流行っていたのかい?」

「酔っ払いのゲロやジジイの小便が壁にかかってたわ」


 父と母は頷きあっていた。受け入れるのが早すぎる。弟の卓也を見てみる。


「人体で言うところの肛門かなあ」

「……本当にそうか?」


 日常、という前言を撤回したい。我が家は変人一家だ。みんな感性がどこかおかしく、父母どちらもマイペース。俺は反面教師に出来たが、弟はまっすぐ影響を受けてしまった。


「なにもなきゃいいなあ……」


 ──なにかある所の話ではなかった。迷宮に門が現れ、外部とのつながりができたおかげか、あちこちでおかしな生物が現れはじめた。それは迷宮の性質上、「内部に存在していた生態系」による固有の進化を遂げた全く新しい生命体であるとされ、なにやら長ったらしい英名を省略して「M.O.N.S.T.E.R.」と名付けられた。俺達はそれを「モンスター」と呼んでいる。


 それはともかくとして、問題なのはここからだった。世界全体が迷宮と同じ性質に変化していたのだ。つまり、モンスターが発生するようになってしまったのだ。みんな閉じこもる生活を続けているが、いつどこでモンスターが現れるかわからない。みんな恐れていた。


「いつまでこんな生活が続くのやら」


 シンさんはナポリタンを啜りながら言っていた。


「学校がないのは嬉しいです」

「卓也くんは正直だなあ」

「よく言われます」

「シンさんはこんな堂々と外出して大丈夫なんすか?」

「ここら辺はまだモンスター出てねーしなあ。さすがに漁には出れなかったけど、まあ、ここ以外飯食える場所ないし」


 彼は「開いててよかったぜ」と微笑んだ。

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