第26話 その日は寒い日だった

 その日は寒い日だった。

 白コートの内側で手をすり合わせて、その手が乾燥しているのを確かめて、一番後ろでみんなを見ていた。

 みんなは俺と同じような顔で先頭を見ていた。


 俺達は仲が悪かった。でも集まった。配信中に喧嘩をしていると、元来の風見組を知らない視聴者に不自然だと言われることがあった。

 風見深夜。

 俺達はみんな彼に惚れた男たちだった。

 俺が馬鹿の一つ覚えみたいに唱えていた「気合いと根性」に「度胸と不屈」を付け加えてくれた人。


 その日は寒い日だった。

 白コートの内側で手をすり合わせて、その手が乾燥しているのを確かめてから、彼から缶のココアを受けとった。


「すがちゃんはさ、やりたいこととかある?」

「やりたいことですか」

「そ! 例えば世界一周とか。日本縦断とか。そんなアクティブでなくとも、髪を染めたり、コスプレイベントに出たり。すがちゃん体格とか顔が良いから結構コスプレとかキマると思うんだよな」

「ないです。特には」

「そお? んーまあ、まだ高校生だろ? やりたいことはこれから見つかったり見つかんなかったりね。自分のペースで行こうや」

「はい。シンさんは何かありますか。やりたいこと」

「俺?」


 俺がたずねると、彼は首を傾げて間をあけてから、「特にねーな!」と笑った。


「そもそも俺、夢とか追える立場じゃねーんだよな。ほら、もう大人だろ? 俺」

「大人は夢を追えないんですか」

「いや? そうじゃねぇよ。圭一郎とか裕次郎とかは大学生だし、錠も和菓子職人だろ? あいつらもう大人だ。でも俺と違って、夢を追っても良いんだわ。なんでかわかる?」

「皆目見当も付きません」


 彼は「即答だな」と苦笑いをした。

 ココアはすこし甘かった。


「俺、高校出てねーんだなあ。中学出てからは家に引きこもったり、たまに外出てボートだったり馬だったり。父ちゃんの怒声とか、母ちゃんの嗚咽とか。そういう声ばっか聞いててな」

「…………」

「気まぐれに鑑定してもらったら探索者の才能があることがわかって、そこでやっと職に着くみたいな真似事をできるようになって、裕次郎と出会って、配信してみたら圭一郎がやってきて風見組ができて、錠と言い争いをしてるお前らふたりを招き入れて、ようやく人並みの自尊心に戻れたんだな」

「つまり、これ以上は高望みだと?」

「正解」


 彼はそう言ってはいるけれど、本心ではなさそうだった。


「ダメなんだよ。夢なんて追っちゃ。俺は、姉ちゃん護れなかった癖に生きてるばけものだから、ダメなんだよ」

「ナポリタン食いたいです」

「んっ? えっナポリタン?」

「喫茶行きましょう」


 シンさんの背中を押して、喫茶店に押し込んだ。暖房が効いていて、頬がしんしんとあったまって行くような気配があって、心地好かった。


「お前は気分屋だなあ」

「俺、気分で生きてるんです。……きっと、これから先も気分で生きます。どこまでもその場その場の感情だけが原動力で、きっと後悔もするんだろうなっていうのはなんとなくわかるし、わかるから、焦燥感にかられます」


 ナポリタンをもぐもぐと食べながら、言ってみる。


「そういう点では、俺もばけものです。というか、多分俺はシンさんと違って護れたものなんてひとつもないので、醜いおばけです。俺達『ばけ友』ですね」

「なんだそりゃ」

「ばけ友からのちょっとしたアドバイスなんですけど」


 その日は寒い日だった。


「おばけも、夢追っていいと思いますよ」

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