第20話 ナポリタン作ろうか

 ダンジョンの構造を理解するにあたって。

 適度な距離認知能力が必要になって来る。

 例えば、ダンジョン内に点在する光源の感覚などだ。

 菅原旭──というより、風見組の面々は、「距離認知能力」について取ってみても、言ってしまえば日本トップレベル。

 あるいは世界の中でもトップ中のトップだった。


「モンスターが多いな」

「磯臭いぜ~」

「水の湧き場ねェかい? そろそろ魔力が心許ないぜ」

「そういえばないな……」


 田中裕次郎は松田錠の言葉に頷いた。

 そういえば、湧き場が何処にもないことに気がついた。

 道端の水道を捻って見れば、ダンジョン化の影響か水は出なかった。


 ダンジョン内の水には魔力が含まれている。

 自分に適した魔力が含まれた水を飲めば、ある程度の回復が出来る。


「熱中症、脱水症も心配だしな」


 太陽は出ている。


 ●旭の水のめ!!

 ●魔力篭ってないぞバカタレ

 ●海水飲めば?

 ●脱水するゾ~それ


「海水って濾過しても魔力って残ってんのかな」

「二パーセント程に薄まるよー」


 高倉圭一郎の言葉に菅原旭が、すぐに返した。


「少なすぎるな」

「なんかねーの?」

「手っ取り早いのは飯食って寝ることだね」

「飯食って寝るか?」

「日が暮れるまでは動きたいもんだけどなぁ」


 菅原旭はそう言いながら、腕時計を見た。

 そうしてから、此方を見る。


「二人はどうする?」

「えっ。あっ、俺は……行けるところまで行った方がいいのかな、とは思うけど」

「僕はどっちでいーよ。旭についてく」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。結婚しよっか」

「イヤすぎる」


 ●貸切風呂兄貴雰囲気変わりすぎだゾ……

 ●へらへらしてるの気に食わない

 ●無理してる感がある


「まぁ冗談はさておき! 多数決で……」


 というところで、菅原旭が動きを止めた。

 風見組の他の面々も、よく見ればなにかを注視している。

 その先には小さな民家があり、どうやらカーテンが少し揺れたらしい。


「野生動物、あるいはモンスターか?」

「さぁ、な。……避難の遅れた住民かもしれない。……旭?」


 田中裕次郎の声で、菅原旭が歩き出している事に気がつく。

 バッジを外して、高倉圭一郎に投げている。

 高倉圭一郎はそれをキャッチして、「ここで待っていよう」と言った。


「あいつの勘は昔から良く当たるんだ」

「一体何が……」


 しばらくしていると、窓ガラスを割って、男が吹き飛んできた。

 ぎょっとしていると、【身体強化】を使った菅原旭が飛んできた。


「どうした?」

「そいつを逃がすなよ」


 男が立ち上がるとグンッと踏み込んで逃げ出した。

 松田錠が転移術で男の眼前まで出てくると、拳銃を取り出し、額に銃口を押し付けた。


「待ちなよ」

「う、うう……くそっ……」

「で? こいつなんなんだ?」

「死体を漁ってたんだ。……いまはそれしか言わないが、乱暴者だね。……察してくれるか」

「おうよ」


 高倉圭一郎が困った顔をしていた。


「錠、取り敢えずこいつをダンジョンの外まで連れていってくれないか」

「仕方ないな」


 松田錠が男の長い頭髪を掴む。


「触るなッ! 社会不適合者どもめッ! ダンジョンに潜ることでしか金を得られない、狭く浅ましき愚かなるきちがいどもめ! 俺に気安く触るなッ! 気持ちが悪いんだよ!」

「触らずにはいられないんだなぁ、仕方ないんだけどさ」


 高倉圭一郎が言う。


「口答えするな! はは、ははは! おい! お前、菅原旭だろ! 風見組の! 貸切風呂ってユーザーネームで活動した配信探索者だ! そうだろ! な! そうだよな! お前だよ! お前が一番いけないんだ! お前みたいな奴が一番嫌いなんだ! 自分一人が不幸みたいな面して! 唯一の家族がいなくなったら、海外旅行!? 金になる仕事がありゃ日本に帰ってきてカメラの前でいい子ちゃんぶってるな! 弟を殺したのはお前なのに! お前の母親も泣いてるだろうよ! 地獄で! な! 地獄できちがいゾンビみたいな鬼共のチンポれろれろナメながら! な! そうだよな!」


 こいつ……!


「母の侮辱はしてほしくなかったな。……そうだよ。俺は薄情だよ。何も言わないで消えたくせに何も言わないで帰ってきた、薄情者だ。それに俺は金に目がない醜いお化けだ。格好つけた言葉じゃ何も返られないのは知ってるよ。知ってるけどさ。どうしてあんたは、誰かを傷つけようとするんだ」


 菅原旭はそう言うと、松田錠に「連れていってくれないか」と静かに言った。松田錠と男が消えると、田中裕次郎は菅原旭の顔を覗き込んで、しばらく背中を撫でていた。


「みんな自分の為に生きたいんだよなぁ。でも、どうしてか誰かを傷付けないと誰の夢も叶わないんだなぁ。悔しいなぁ、頑張って乗り越えたつもりでも、きっかけがあればいつでも悲しくなっちゃうんだなぁ。悔しいなぁ、切ないなぁ」


 成長出来てないんだ。十八歳のあの頃から、ひとっつも。


「腹減ったなァ」


 見てられないな。

 お前の良いところなんて死ぬほどあるのに。

 お前はそれで満足なんかしないから、きっと悩むんだな。

 別にそれでも良いんだけどさ。


「飯食いてェ」

「………………」


 菅原旭と目が合って、ややあって、彼は言う。


「ナポリタン作ろうか……!」

「おー」


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