第2章 侵食ダンジョン

第18話 2020年──夏

 太陽が出ている。ものすごく出ている。

 二〇二〇年。今年の夏はとても暑く、水分補給は必至。

 夏の岩手というのは、どうやらとても暑いらしい。この二年で新しく得られた知識。


 そういえば、たまに浅丘林檎と会って酒を飲んだりする。酔うと浅丘林檎は、「あいつがいたら急性アルコール中毒で死ぬくらい飲ます」といつも言う。死なせちゃダメだろ、と思う。俺はあまり酔えるような体質ではないらしく、馬鹿みたいに飲んでいても、いつも最後まで正気のままでいる。


 今日もまた。


 昼間から馬鹿みたいに酔った浅丘林檎を米俵のように抱えながら街を歩いていると、ふと何か騒がしい。銀行に強盗が現れたのだという。人質を取って、近付いたら殺すと吐かしている。


「ンキィーッ! 卑怯者めッ!! テメェ、人質とらねーとまともに人と会話もできねーのかボケッ!」

「やめとけバカ!」


 浅丘林檎は酔うと気持ちの悪い絡みをするカスの酒飲み。しかもそれだけならまだしも脱ごうとするから厄介で、突如脱ごうともがく浅丘林檎に強盗は「怪しい動きをするな!」と喚き散らかしている。


「やめな、お嬢さん」


 という声があった。大きな男が浅丘林檎の頭に手を置くと、浅丘林檎は「ホォ?」とおかしな声を出した。どうやら酔いが抜けたらしい。


「僕ァ、男だぜこの! この!」

「そうかい」


 白いコートに、「風見組」という刺繍。


「そこの強盗」

「な、なんだテメェ!」

「旧知の友に会えたので俺は今少々興奮している。少し手荒に行くぞ」

「アァ!?」


 稲妻が波になって強盗を貫いた。強盗は倒れると、白いコートの男は人質にされていたサラリーマンに手を貸して立ち上がらせると、椅子に座らせた。強盗を取り押さえる警官の一人が「貴方は一体!?」と尋ねる。


「哀しいね。有名人だと思ってた」


 声色が記憶にある。


「それじゃあ、今から憶えてくれるかい? お嬢さん方」


 瞳は茶色。髪は茶色交じりの黒。 


「アッと驚く! 菅原旭ちゃんだ」



 ◆



 その近くの喫茶店にて。


「旭だ! 旭だ! 旭だ! 生きてて良かった~! やば! いままで何処に行ってたんだテメェ! 死なすぞ!」

「情緒不安定かな? 君達が元気そうでよかった! 俺ァ、トマトちゃん辺りは鬱になってそうだと思ってたから安心したよ」


 にぱっ、と笑う菅原旭の腕にはタトゥーがある。


「それにしても日本の夏って暑いね~! 熱中症には気をつけなよ! 寒河江ちゃんもね」


 ………………?


「なんか雰囲気かわったな……」

「そうかな。そうだといいね。モテモテになれちまうかもしんねぇ。風見組のモテ男やから」


 そういえば、ヤンキーみたいな方が素だったっけ。もうヤンキーとかじゃなくチャラ男みたいな雰囲気だ。と、思い直してみても、どうしても人格破綻者のイメージが強すぎて違和感がある。


「どうして今更になって帰ってきたの?」

「気になっちゃう? 気になっちゃうよね、仕方ないね。なんて言えばいいのかね。つーかこれ言っていいのかな? 言っていいよな! なんかね! なんかダンジョンが地上を侵食する異常事態が発生してるらしいんだ。おわかりかな?」

「地上を侵食……?」


 不穏な言葉に眉をひそめる。


「そう。通常ダンジョンってのは下に進んでくだろ? 二層は地下一階、みたいな。それに対して、新しく確認されたダンジョンは地上に重なっていくんだ。それだけにとどまらず、ダンジョンの周辺の半径十三キロメートルの領域がダンジョンと同じようになっちまった。つまり、その領域内ではモンスターが発生するんだ。だから、つけられた名はそのまんま侵食ダンジョン」

「えっ、お前そこ潜んの?」

「潜るっつーか、登るっつーか。まぁ頼まれたからね、仕方ないね」

「頼まれたって? 誰に」

「国。『旧風見組の皆さま方で侵食ダンジョンを攻略していただきたい!』って禿頭のおっさんに言われちまってさ。来る?」

「行っていいの?」

「来てくれるとうれしいね。俺もう魔法使えないから」

「そっかー」


 じゃあ行こうかな。


 ん?


 待て。


 待て!


「使えない!? 魔法を!?」

「そ! なんか魔法陣無しで魔法使えるようになったら神様に『やり過ぎだお前!』って言われちゃって。七年間の魔法禁止令を発令されちゃっ……ったァ!」


 ばか笑い。なんか普通にめちゃくちゃ明るい奴になってて逆に恐すぎる。こいつ頭が……。


「行く行く行く行く行く! 基本行く!」

「例外があるんだねぇ。寒河江ちゃんはどうする?」

「生きてェけど……悪いけど『ちゃん』だけはやめてくれ」

「えー。どう思います? ちゃん呼びが嫌らしいっすよ」

「とても──傲慢だ」

「それお前じゃね!?」

「死なすぞ!! クソガキ!」

「もうハタチなので大人ですゥ! 残念! また明日! お嬢さん!」

「あー! 死ね! 普通に!」

「ニャハハハ」


 でも取りあえずは元気そうでなにより。それに限る。

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