第17話 迷宮旋風児

 あれから一年程が経つ。

 二〇一七年。今年の夏は前より少し乗せて暑い。


 あの後、菅原旭の弟・菅原卓也の葬儀が執り行われた。俺やトマト──本名は浅丘林檎というらしい──もその葬儀に参列した。ひどく小規模な葬式で、旭はその間、まるで何も言えなくなっていた。


 呪われていたらしい。

 よくある脅し文句で、油断していたらしい。必死に死のうとする旭を大人数十人で取り押さえながら、聞いた話。

 眠化の邪気に隠れてしまっていたのを感じ取ることが出来なかったのだそうだ。

「卓也のところへいく」と聞いて止まない旭は、俺たちの知る〈貸切風呂〉という愉快で不愉快な男とは打って変わって、まるで赤ん坊の様だった。


 呪いをかけた探索者は、逮捕された。

 名は神崎かんざき利夫としお。神崎が住む山中の家に行くと、そこには想像を絶する景色があったのだそうだ。

 女子供はまるでテメェの性欲を満たすための玩具みたいで、腐った死体が転がっている。

 奥の部屋には首を吊った若い男がいた。性的暴行を受けていたらしい。

 神崎利夫が眠化ダンジョンに閉じ込められているのをいい隙に、自殺した。遺書には「貴方のもとへ行きたいけれど、汚れてしまいました」とあったのだそうだ。恋人がいたらしい。


 菅原旭は最初の三ヶ月は墓の前から動かなくて、衰弱しているのがわかって、見ているのが辛かった。

 なんでもいいから食べて貰おうと浅丘林檎と一緒にナポリタンを持っていくけれど、何かを呟いていて、まるで此方を見向きもしない。

 仕方のない話だと思う。俺も神崎利夫が許せなかった。

 菅原旭は世界の歴史に名を刻むべき偉人だ。眠化ダンジョンから脱出してみせて、そして、なにより、その方法を伝授するという。


 ある日、雨が降っている中、いつもの様に墓地へ行くと、赤いマフラーが畳んで置いてあった。それには「菅原旭」と刺繍がされている。金貨が五枚置いてある。メモを見つける。


〝金貨五枚だけ使わせて〟


 菅原旭が通っている魔決学園の学生寮に入れることになった。

 入ってみると、まるで学生らしい私物というのがなく、部屋の隅に枕がひとつあるだけ。壁や天井には小難しい事が書かれたA4用紙が何枚も何枚も貼付けてある。ダンジョン研究をしていたと言っていた。これはきっとそれの跡形。


 本棚もほとんどがダンジョン研究の物で、ちらほらと「激ウマ! ナポリタンレシピ100選」という様なナポリタンの本がある。そして、押し入れの中には「友達をつくるには」「相手の感情を読み取るポイント」「君は友人になれる」「孤独解消」という様な本がぎっちりと詰め込まれていた。友人が欲しい、というような事を言っていたのを思い出した。


 同級生達に話を聞いてみると、案外菅原旭はみんなに好かれていた。隠れファンクラブの様な女子連中もいて、クラスの陽キャは「遊びに誘うと頑張ってノリを理解してくれようとする」と高評価。ただ、みんな一様に「アキラは一人が好きなのかと思っていた」と言っていた。だから無理に遊びにも誘わず、三年間誰も友にはなろうとしなかった。菅原旭は自分から声をかけるのが出来ない奴だから、こういう状況なら、そりゃあ友達なんて作れないか。


 その日より、世界各地の眠化ダンジョンがたったの一日で攻略され通常のダンジョンに再構築されるという現象が相次いで報告される。


 海外の掲示板では「謎のアジア人が助けてくれた」という報告が相次いでいて、神出鬼没のそのアジア人は〝旋風〟という異名がつけられたのだそうだ。


 菅原旭は、どれだけくじけてもまた立ち上がろうとする。自分が辛いときは誰かを助けて幸せを運ぼうとする。どんなに辛くても、一度立とうと決めれば、あいつは何処までも立とうとする。


 再会は更に一年後になる。

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