第16話 卓也が

 装置が完成すると、それを広げた。

 見た目は大きな鉄板だが、これに記される魔法陣は特別製。


「乗って、二人とも」

「よしきた」

「信じていいんだよね?」

「任せて。俺はずっとこれの研究をしてきたんだ」

「これの研究?」

「はい。母の死後からずっと、眠化したダンジョンがもし今後現れたら、誰も何も失わないように。眠化したダンジョンから誰でも抜け出せるように」


 ●言動の矛盾だ

 ●さっきのカスのムーヴはなんだったんだテメェ!

 ●さっきのカスムーヴが許される訳無くて草


「いまは俺向けの少し変なやり方だけど、いつかは皆も簡単にできるやり方を発見して、それで」


 誰も死なない様に。

 小さな子供が、孤独な夜を過ごさないように。

 ただそれだけを願った。


「だから、いまだから言うけど、眠化ダンジョンに遭遇できたのは、俺からしてみれば好都合だった。トマトさんや寒河江さんはたまったもんじゃ無かったろうけど。それでも、俺はありがたかった。実はね」

「別になんとなくそんな気はしてたからいいや」

「うまいこと行ったときめちゃくちゃ楽しそうな顔してたぜ、お前」

「本当ですか」


 あとは出てから酒場でゆっくり話そうぜ、と言うことになる。

 魔法陣が起動して、空間が揺らぐ。揺らいで、フと視界は暗転する。気がつけば、そこは見慣れた階層。


「二層だ」

「まだダンジョン!?」

「ああそうさ。でも、トマトさん、 眠化したのは三層より下だ!」


 二層から三層に続く階段に向かう。

 俺達の頭が見える。それを認めると、とうとうトマトさんが「よかった~!」と泣き崩れた。

 俺達が攻略を完了した影響か、魔法陣の座標を書き換えた影響か、盛岡ダンジョンも眠化を終えたらしい。


「お前の才能さまさまだな」


 寒河江さんが言う。


「いや……二人のおかげだ」

「そうかい?」

「俺一人なら、諦めてたから」


 俺達は一層に続く階段を駆け登る。

 すると、もう既に多くの記者達がカメラを持ってやって来ていた。


「やば」

「僕たちの顔が全世界に晒されちゃうよ」

「トマトさんはモグッターで晒してるじゃないですか。コメント欄で教えてもらいましたよ」

「自分で晒すのと晒されるのとじゃ訳が違うでしょうが……!」

「そういうものですかね」


 ざわざわ、としている。本当に脱出不可能の眠化ダンジョンを攻略して、脱出してきた奴がいる。

 そういう物は、やはりとても金を稼げる記事になる。

 俺が持つ知識はいまや全世界でも稀に起こる眠化に対する対応という観点でも価値は高い。俺はもちろんこの脱出法を一般的に改良したものを公開するつもりだ。こんなもので金は取らない。金を取ったら不誠実だ。

 いや、金は信用の証とも言うか。

 タダより怖い物はない、とも言うし。

 じゃあせめて五百円くらいだ。

 誰かの命を金で買えるようになったら俺はもうどうしてもモヤモヤしたものが心の中に遺ってしまう。これが遺恨という奴だろうか。ちょっと違うか。


 そんな考え事をしていると、声があった。


「兄ちゃん!!」


 記者たちがざわつきを止めて、声のする方を見た。


「卓也」


 弟だ。卓也だ。本物か? 本物さ! 見間違う訳がない。卓也だよ、本物の卓也だ。


「卓也!!」

「兄ちゃん!」


 生きててくれた。向かい側の歩道にいる。ああ、生きててくれた。来てくれた。待っててくれた。居てくれた。よかった、よかった。また会えた。ずっと会えなかった。兄貴なのに、ずっと会えなかった。よかった、本当によかった。兄貴なのにずっとお前をひとりにしてしまった。謝りたかった。謝って、許してくれなくてもいいから、元気なところを、教えてもらうのではなく、自分の目で確かめたかった。いじめは受けてないかい? 好き嫌いはしてないかい? 楽しい事は見つけたかい? 好きな本は? 休みの日には何をするの? お前の口から聞きたかった。よかった。生きててよかった。諦めなくてよかった。今、とても幸せだ。


「卓也! 今そっち向かうから」


 脚ががくがく震えて力が抜けた。

 膝から崩れ落ちて、卓也が笑った。


「僕がそっちに行くよ!」

「危ないから、横断歩道を渡って来なさい」

「わかってるって」


 すぐ横の横断歩道の信号機が青色を示すと、卓也はそこに足を踏み入れた。



〝大事なことを忘れてないか〟



 悪意の様な声がした。

 振り向くと、どこかで見たような男がいた。俺はこいつを知っている。


「俺を忘れちゃいないか」


 トマトさんを襲っていた男。

 眠化が解けたから、出てきたのだ。


「お前を警察に──」

「お前の幸せの絶頂に!!」


 男が叫んだ。聞いたおぼえのある言葉。たしか続きは。

 後ろで何かが潰れる音がした。急ブレーキを踏む音と、記者の悲鳴とざわめきが。もう一度、卓也の方を向いてみる。


「お前の幸せの絶頂に……お前の愛する宝を殺す呪いをかけた!!」


 卓也が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る